16 予言
王都は夕暮れを迎え、夕日の色に染まっていた。クロエ邸を後にしたリヴァル達四人は大通りに出ていた。
「バロン。よくクロエの料理がヤバいと気づいたな」
歩きながらリヴァルが感心した様子で言った。
「まあ、二人の様子を見たらね」
「私はお腹すいて食べたかったよ」
ヘレネは不服そうである。
「ヘレネ。人には誰にも欠点というものがあります。クロエは優秀な魔女です。だけど、ダメな所はあります」
マリサがヘレネに先生の如く言い放つ。
「そうなの?」
「ええ。あなたにも私にも誰にだって得意、不得意があるものです」
その時だった。四人の前に神教の女官が現れた。四人は立ち止まる。
女官は白い修道服に身を包んでおり、マリサに似た格好である。
「ここにおられましたかマリサ。テム様がお呼びです」
「分かりました。今すぐ参ります」
「そうか。なら俺は宿舎に戻るぜ」
「僕達も宿を探すよ」
リヴァルとバロン達もここで別れるつもりのようだが、それを何故か女官は止める。
「あなた方もご一緒に。テム様はあなた方もお呼びになりました」
その言葉にリヴァル達は驚いた。
「おいおい俺どころか、他の国のこの二人もってどういうことだよ?」
「確かに。僕とヘレネにまでお呼びがかかるとはどういう事ですか?」
リヴァルとバロンの続けざまの問いに女官は冷静に答えた。
「テム様のご指示です。詳しい事は私は存じ上げておりません」
「しょうがねぇな。腹が減っているが、行くしかねぇみてーだ。俺はいいけど、バロン達はどうするんだ?」
リヴァルは王国の剣士見習い。国教である神教からの指示は従うのが基本である。しかし、バロンとヘレネは他国の人間。東の大陸最大宗教神教とはいえ従う義務はない。
「僕達は他国の人間です。あなたに従う義務はありませんが、ちょうどいい。僕達も行きます」
そう言うとバロンはヘレネを見た。
そんなヘレネはお腹を摩り、不満そうである。
「ええー。まだ、どこかに行くの? おなか減ったよ」
「ヘレネ。これから君の為の所に行く。おなかが減っているのは分かるけど我慢してくれ」
「はーい」
不満げながらも渋々ヘレネは返事をした。
「教会についたら私が何か食べ物を持ってきてあげますよ」
マリサが優しい笑顔でそう言った。
「ええ!? いいの?」
「おなかをすかせた子供を助けるのは神教として当然ですから」
「ありがとうマリサ」
「どうやら話はついた様ですね。では、参りましょう」
女官に連れられて四人は神教本部アルドア大聖堂へと向かうのであった。
神教本部アルドア大聖堂は王都アヴァニアのほぼ中心部に位置する神教の本山である。 かつてこの地に生誕した初代聖者が教えを始めた地に建てられた大聖堂で、白い美しい建築物である。
四人は正門から入り、女官に案内されて、大きな礼拝堂へと通されそこで待つようにと指示された。
「にしてもなんで俺達四人が呼ばてんだ? 悪さがバレたとか?」
「何を言っているのですかリヴァル。天使様を助けた事をテム様が存じているからでしょうね。きっとその功績を称えてくださるのではないでしょうか」
「まあ、そんな事だよな」
「さっきからそのテム様とはどんなお方なんだいマリサ?」
バロンがマリサに尋ねた。
「テム様は我が神教の教皇であり預言者です。予知夢預言者で見た予知夢は全て現実となっています」
「教皇!? これからそんなお方に会うのにこんな格好でいいのかい?」
バロンはそう言って薄汚れた自分の外套を見た。ヘレネも同じである。
「構いません。そのままでよろしい」
その声にリヴァル達は振り向く。すると、そこには初老の女性が立っていた。白い礼装に身を包んだその女性は教皇にして預言者のテム。現神教のトップである。
「テム様」
マリサがいち早くその場に跪いた。他の三人も同じく跪いた。
「小さな天使様。あなたは人間に跪く必要はありませんぬ。どうか、お顔をお上げください」
その言葉にバロンは驚嘆する。ヘレネの事は隠していたからだ。
「えっ? いいの?」
困惑するヘレネにテムは笑顔を見せる。
「我が人類のお導きくださる天使様に頭を下げさせるなど、言語道断です。頭を上げ、こちらに来てください」
ヘレネは困惑してバロンを見た。バロンはそれに対して頷いた。
ヘレネはそれを肯定と判断して、立ち上がって預言者テムに近づいた。
「まあ、なんと美しい天使の子でしょう。お会いできて光栄であります天使様」
そう言ってテムはヘレネの外套を脱がせ、幼く白い天使の翼を晒した。
「すごいねおばあちゃん! どうして私が天使だって分かったの?」
「神のお導きです天使様。そしてこれからあなた方四人には使命が下された様です」
その言葉を言い放った時のテムの表情は真剣だった。そしてその顔を見たマリサは悟った。
「マリサ。時が来ました。あなたが中心となりこの四人で旅に出なさい」
そのテムの言葉に一同は驚いた。
「おいテム様よ! いきなり呼び出して旅に出ろってどういう事だ?」
困惑するリヴァルが言い放った。
「こらリヴァル! 教皇様になんて口の利き方を!」
マリサが怒るが、それをテムが制止した。
「いきなりですまないねリヴァル。でも、あなた方四人が始まりなのです」
「始まり? よくわかんねぇけど俺達は運命とかそういう話か?」
「僕も意味が分かりません。旅に出ろって・・・・・・僕はガラン王国の人間ですが」
「それは重々承知していますよ魔術師バロン。あなたがこの天使の子を我が神教でどうにか出来ないか相談したい為にここに来た事は私は存じております」
名前どころかこれから話したい事まで言い当てられたバロンは唖然とするしか無かった。
「旅に出ろってそもそもどこにいけばいいんだよ。観光でもしてこいとかじゃあるまいな」
リヴァルの生意気な態度にマリサは怒りを感じ始めたのか、睨み拳を強く握る。
「観光? だったら私が行きたいぐらいですよリヴァル。私の見た夢はそんなものではありません」
「なら、どんな夢だよ?」
「あなた方が旅に出てそれが苦難の道という夢です」
その言葉で一同は唖然となった。
「待ってください。では、四人で旅をして不幸を味わえと言うのですか?」
バロンが言い放つ。
「そこまでは分かりません。ただ、あなた達の旅は苦行が待っているのは確かの様です」
「予言者様。苦しむと予言された旅に出るなんて、そんな愚か事を喜んでするとでもお思いですか?」
そのバロンの問いにテムは何も答えなかった。
「話にならねぇなテム様よ。バロンの言う通りだ。好き好んで苦しむ道は進むなんて物好きしかいねぇぜ」
「リヴァル! バロン! 口答えはそこまでにしてください」
マリサの合わした手の平からまぶしい光があふれ出す。その光をみたバロンは眩しく目を細めながらも驚嘆した。
「光!? まさか・・・・・・光の魔力!?」
バロンが驚くのも無理もない。人間には光魔力は宿らない操れないのが常識なのはガラン王国でも同じだ。それが今、否定されている。常識が覆されている。
「嘘だろマリサ!? 君は光の魔力を持っているのか!?」
「はい。私は神教で認められた聖女候補です。そして人類初の光の魔力を持つ人間でしょうね」
「なんて事だ。人間が光の魔力を持つなんて・・・・・・」
「凄いねマリサ! 私と同じ事出来るんだ!」
ヘレネが嬉しそうな顔で言った。
「テム様。あなたからの使命。謹んでお受けいたします! 私を含めたこの四人。旅に出ます」
「おい! マリサ、勝手に決めんな!」
リヴァルが不服そうな声で言った。
「ありがとうマリサ。頼みましたよ」
「お任せくださいテム様」
リヴァルを無視して話は進む。
「バロン! お前からもなんか言えよ!」
そのリヴァルの言葉にバロンは反応はない。マリサの光の魔力にとても驚き、固まっていた。
「バロン。お前、本当に俺達と旅に出るつもりか?」
「えっ? うん――」
リヴァルとバロンは二人だけ大聖堂の応接間に通され、そこで待機していた。二人ともソファーに座っている。
そしてすでに時間は夜。外は暗くなっていた。
「俺は正直乗り気じゃねぇな。来年の大会で優勝目指したいしな」
「そう・・・・・・なんだ」
上の空のバロンに対し、リヴァルは怪訝な顔を見せた。
「おいバロン。俺達は今日初めて会った仲だけどよ。何だよさっきからその態度は?」
「すっすまない。彼女の魔力に凄く驚いているんだ」
「そうか・・・・・・まあな、確かに。マリサの光の魔法はすげぇよ。照らすだけで擦り傷ぐらいは治っちまうからな」
「本当かいそれ!? 詳しく聞かせてくれ」
突然、話に食いついてきたバロンにリヴァルは戸惑う。
「魔術師にとって光の魔法を使えるのはそんなにすげぇ事なのか?」
「ああ。歴史的な事だ。僕はついさっき、その歴史的瞬間に立ち会えたと思うと興奮しているよ」
「ははっ! 歴史的瞬間か! まあ、ガキの頃からよく村の人のケガとか治している所見てる俺としては全然感動とかしないけどな」
「ガキの頃って・・・・・・二人は昔から友達なの?」
「いわゆる幼馴染って奴だよ。まあ、腐れ縁とも言うかな」
「へぇ・・・・・・だから仲が良いんだね」
「お前もそう言うのかよ。俺にとっちゃもう一人のお袋みてぇでうるさいんだぜ」
「いいじゃないか幼馴染。俺にはああいう人はいないから」
「そっか。でも、いてもいいもんじゃねぇよ」
「そういうものかな」
「そういうもんだ」
「お待たせしました」
そう言って応接間に入ってきたのは新しい衣服に着替えたマリサとヘレネだ。
マリサは神教の新たなる服で、活動しやすい白い服を着ていた。そしてヘレネも似た様な白い服に身を包んでいた。
「へぇ・・・・・・馬子にも衣装とか言うんだっけこのいうのは」
「はぁ・・・・・・リヴァルは本当一言多いですね」
マリサが呆れ顔で言う。
「似合っているよと思うよヘレネ」
「ありがとうバロン」
一方、まだバロンはお世辞がうまいようである。
「お前には女心も教えるべきだったかな」
その聞き慣れた声にリヴァルは感づいた。
「おい師匠。あんた、いつここに来たんだ?」
マリサ達二人とともに入ってきた男はガテナ・マークス。リヴァルの師匠にして王国剣士である。王国剣士が大聖堂にいる事は珍しく、特別な祭事でもないかぎり出入りはほとんどない
「ついさっきだバカ弟子よ。祝賀会さぼりやがって」
「それはあやまりますよ師匠。すーいません」
全然、反省している様には見えない返事だった。
「そのクソ生意気な態度も今日で見納めだと思うと感慨深いな」
「はぁ?」
「リヴァル。貴様は今日をもって見習いを卒業とし、明日から正式に剣士として任務についてもらう」
その師匠の言葉にリヴァルは驚く。
「えっ? 何を言ってんだ師匠!? 俺が見習い卒業? 明日から剣士って・・・・・・」
「前例のない特例だぞリヴァル。自慢できるな」
「おい。待ってくれよ師匠。俺はまだ見習い修行は終えてねぇ。なのにもう剣士って」
「お前は今大会で準優勝した。この実績だけでお前はもう王国剣士としてふさわしいと王国剣士上層部は判断したんだ」
「だからっていきなりじゃねぇかよ。心の準備があるってのに」
「ははっ! お前からそんな言葉が出るとはな! 師匠の俺でも想定外だぞ。お前はもっと喜ぶと思っていたが」
笑顔をみせるマークスにリヴァルはどこ不服そうな顔を見せる。
「なんかしっくりしねぇ・・・・・・」
「まあ、いくらお前でもこれは驚いて戸惑うよな。正直、俺も少し驚いている」
「師匠もかよ。まあ、さすが俺だぜ。卒業試験無しに王国剣士になっちまった」
「おめでとうございますリヴァル」
「リヴァルおめでとう」
「お兄ちゃんおめでとう」
マリサ、バロン、ヘレネからそれぞれ祝われたリヴァルは照れた。
「おう。ありがとうな」
「それでだリヴァル。王国剣士として早々に任務を言い渡すぞ」
「了解だぜ師匠。俺の記念すべき最初の任務はなんだよ」
「マリサとヘレネ様の旅に同行せよ。二人を護衛し無事天界にヘレネ様をお送りするのがお前に与えられた任務だ」
「ふん。なるほどな。任務にしちまえば、俺は強制的に旅に同行するしかないって事かよ」
どこかしらか納得しない様子のリヴァルだったが、溜息をついた後、口を開いた。
「しゃーねぇな! 了解だ。二人のお守りしてやりますよ」
渋々と言った感じではあったが、これでマリサ、ヘレネ、リヴァルは旅に出る事は確定となった。
「それで君・・・・・・バロン君だったか?」
マークスがバロンを見た。
「はい」
「教皇はヘレネ様の件について君に大変感謝している。幼い天使様をここまでお守りお連れした事は勲章にも値する事だと」
「恐れ多いです王国剣士様。彼女は今日、一度攫われてしまい、危険な目に会わせました。リヴァルとマリサがいなければ今頃彼女はこの場所にはいません。僕一人の力ではありませんよ」
「謙虚だな。だが、彼女を守りお連れしてきたのは事実だ。表彰されたまえ。それだけの事、君はしたぞ」
「はい。ありがとうございます」
「それとリヴァル達との旅の同行も感謝する。本来ならば帰国の途につくはずだったのだろう? 聞かせてくれないか? どうしてだね?」
「人類初の光の魔力をこの目に見せられて興味がない魔術師はいません。それとヘレネの事も乗りかかった船です。彼女を最後までお送りしたいのです」
「なるほど。素晴らしい少年だ。俺のとこのバカ弟子とは大違いだな」
「誰がバカ弟子だって?」
「おお。いたのかリヴァル!?」
「最初からいたわ! まあ、こういうのもこれで最後だぜ師匠。俺の声が聞けなくなるからって泣くんじゃねぇぞ!」
「泣くわけないだろ。むしろ大喜びだ」
そのマークスの言葉でリヴァル以外の三人は笑った。
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