15 出会い
ローブを身に
「おい! てめぇ! 危ねぇじゃか!」
リヴァルは叫ぶように言った。その叫びに対し、バロンは怯む様子はない。
「黙れ盗人! ヘレネを攫うとは何という恐れ知らずだな! 天使を誘拐するなど何度殺されても許されない!」
「話を聞いてください! 私達はこの子を助けたのです」
そう言ってマリサは袋から天使の子ヘレネを出した。ヘレネはどうやら寝ており、微かに寝息を立てていた。
「誰が信じるか!」
バロンは用心深い。杖を納める気はない様である。リヴァルも剣を納めない。
「なら、どうすれば信じる魔法使い? よく見てみろよ。女の子の格好を」
リヴァルの言う通りにバロンはマリサを見た。マリサの格好は神教の白い礼装である。東の大陸最大宗教である神教はバロンでも知っている。そしてその衣装が白を基本としている事も知っていた。
「神教信徒か?」
「はい。私の名はマリサと言います。そして――」
「俺はリヴァルだ。王国剣士の見習いだ」
自己紹介をされバロンは少し気を緩めた。そして杖を下げようとした時、寝ていたヘレネは起きた。そして瞬時に状況を理解して言った。
「バロン! この人達は泥棒じゃないよ! だから大丈夫!」
「ヘレネ! それは本当かい?」
バロンは杖を少し下げた。
「うん! この人達は違うよ。私に近づいてきたのは髭面の人だった」
そのヘレネの言葉を聞き、バロンは杖を下げた。
ヘレネは袋から飛び出て空を舞う。怪我もなく空を舞う姿にバロンは安堵の息を吐いた。
そしてリヴァルも剣を鞘に収めた。リヴァルとマリサはバロンにこれまでの事情を説明し、それを聞いたバロンは頭を下げた。
「すまない! 僕は勘違いをしていた」
「いいって事よ。天使ちゃんを助けようとしたんだろ? 立派だな魔法使い」
「勘違いは誰にもあるもの。そこまで頭を下げなくてもいいですよ」
「いや! 無実の二人を魔術で傷つける所だった! 頭は下げさせてくれ」
しばらく頭を下げるバロンに、リヴァルとマリサの二人は互いに見合い、バロンが悪い人間ではないと思った様だった。
「もう頭を上げろ。そんな事より自己紹介してくれよ」
「そうか。そうだよね」
そう言ってバロンは頭を上げた。
「僕の名はバロン。西の大陸ガロン王国からやってきた魔術師だ」
「西の大陸!? 随分と遠い場所から来たなお前。俺と同い年ぐらいなのに」
「今年で十五になる。君達は?」
「私達も今年で十五になります。奇遇ですね」
三人は同い年だった。そんな三人を横目に不服そうな天使の子が言った。
「もうお友達なの!? ねぇ! 私は?」
頬を膨らませて不満を主張するヘレネに咄嗟にマリサは跪く。
「申し訳ありません天使様・・・・・・さあ、リヴァルも跪いて」
天使族に対する人間の礼儀作法はこれが基本である。特に神教では著しい。
「えっ? ああ」
座学など寝ているリヴァルは礼儀作法などよく知らない。
「もう! バロンの時と一緒! お兄ちゃんお姉ちゃん。そんな事しなくていいよ」
思いがけない言葉に二人は驚いた。天使と言うのは人間に対し、威厳に満ちた言動で接すると教えられていたからだ。予想外の反応に二人は戸惑う。
「二人とも。ヘレネは子供だ。まだ、小難しい事は嫌いらしい。だから、自然に人間の子供と同じように接してくれないかな?」
バロンの言葉で二人は立ち上がった。
「バロンの言う通りだよ! 私は二人とも友達になりたいな」
ヘレネの万遍の笑顔にリヴァルもマリサも笑顔で答えた。
「しょうがねぇな! 天使様っ子のお望みならば今日からお友達だぜ!」
「こらリヴァル! いくら自然体で接してくれと言われても少しは
マリサは神教徒としてリヴァルを叱った。神教において天使族は崇拝の対象である。当然、そう教えられたマリサは礼儀を弁えるつもりである。
「いいよお姉ちゃん。私は気にしないから。堅苦しい感じは嫌いだし」
「ですが――天使様」
「おいマリサ。ヘレネちゃんはそう言ってんだ。だったらそうしてやるべきだろ?」
「リヴァルに言われたくありません」
「とりえあず、お兄ちゃん、お姉ちゃん 私を助けてくれてありがとう」
そう言ってヘレネは頭を下げた。その光景にマリサは驚いたが、リヴァルは笑顔で答えた。
「いいって事よ! ケガとかなくてよかったな」
「僕からも礼を言おう。二人ともヘレネを助けてくれてありがとう。そして誘拐犯と勘違いして本当にすまなかった」
バロンも頭を下げた。リヴァルとマリサは改めて礼を言われ、少し照れてしまった。
「何度も礼言われると照れるぜ」
「感謝されるのは光栄です。こちらこそありがとう」
マリサのその笑顔でバロンもヘレネも笑顔となった。
アルドア王国王都アヴァニアの湖アヴァ二湖の畔にあるとある小高い丘で四人は出会った。後に四人の出会いは多くの人々に知られ、語り継がれていく事になる。
「そんでバロン。何でアルドアまで来たんだ? まさか観光とじゃないだろ?」
「ああ。僕は亡くなった叔父の事を弟子の方に伝えに来たんだ。遺書も預かっている」
「わざわざ遺書まで携えて来たという事は優秀なお弟子さんなのですね?」
マリサが訪ねた。
「優秀とかは聞いてなかったけど、魔術の研究で協力していた聞いたよ。名前はクロエ。魔女クロエとしてこちらでは有名な魔法使いと聞いているけど」
そのバロンの言葉でリヴァルとマリサは見合った。
「あの変わり者がガラン王国と繫がりが合ったとはねぇ意外だぜ」
「いつも引きこもっているので知り合いが少ない印象ですからね」
その二人の会話でバロンは困惑した表情を見せた。
「まさかとんでんもない人なのか?」
「えーと? まあ、そこまで言う程ではないねぇけど、問題起こすのが得意っていうか」
苦笑いを見せながらリヴァルは語った。
「トラブルメーカーなのです。クロエさんは。昔ほどではないのですが、魔法実験で何度も爆発騒ぎを起こすのは定番でした」
マリサもぎこちない笑顔で語り、バロンは不安な表情となった。
「叔父の弟子と言うから理知的な人をイメージしていたけど、君達の話を聞いて不安になったよ」
「まあ、会うしかないよな。わざわざここまで来たんだ。家まで案内するぜ」
苦笑いでリヴァルは言った。
「いいのかい? わざわざそこまでしなくてもいいのに」
「リヴァル。祝賀会の事は忘れてはないでしょう? このままだとオデルク卿にさらに怒られると思いますよ」
「いいだろ。そんな事より遠い国の客人の案内だ。マリサもついて来いよ。なんか面白そうだろ?」
面白がるリヴァルにマリサは溜息をついた。
「バロンこっちだ。天使っ子様も来るよな?」
「うん!」
会話の蚊帳の外だったヘレネは万遍の笑顔で言った。
アヴァニア郊外の畔、人間が三人、天使一人の一行が問題魔女クロエ邸へと向かうのであった。
クロエ邸は王都でも二等地という比較的高い身分が住まう住宅街にあった。かつては一等地に住まっていたが、数々の問題を引き起こし、近隣住民から苦情殺到の末、引っ越しをさせられたのであった。
「ここがクロエの家だ」
リヴァル達ははとある薄汚い家屋の前で立ち止まった。そこは明らかに周囲の住宅より小汚く目立っており、悪い意味で目立っていた。
「ここがクロエさんの家か」
「汚い家だね」
天使だとバレない様にマントを羽織ったヘレネが笑顔で言った。悪気はない。
「それじゃあ訪ねてみるよ」
バロンは意を決してクロエ邸の玄関の扉を叩いた。だが、反応はない。
「まあ、そうだよな」
リヴァルが案の定な態度を見せた。
「どういう事だいリヴァル?」
「言ったろ? 引きこもりだって。毎度の事だがクロエは地下で実験してるか、書庫で寝てるかのどっちかだ」
「それでも生活できているのは、彼女の親が貴族で莫大な遺産を残していたからです」
リヴァルとマリサの説明にバロンは困惑した様な顔を見せた。
「どうやら、僕の姐弟子は一つ間違えれば穀潰しみたいだな」
「バロン。穀潰しって何?」
ヘレネが問う。
「まだ、意味は知らなくていいよヘレネ」
そう言ってバロンは家の玄関の扉を開けた。そして大きな声で言った。
「こんにちわ!」
だが、何も帰ってこない。玄関の扉を開けると、意外にも中はまだ綺麗だった。
「勝手に入っちまうか。どうせいつもの事だ」
「ダメですよリヴァル! 独身の女性の家に無断で入るなんて」
「じゃあ、お前が先に入れ。同性のお前ならいいだろ?」
「そういう問題じゃないですよ」
といいつつ結局マリサは一番先に入った。
「すまないマリサ」
バロンが言った。
「いいえ。いいですよ」
四人は玄関を通り、リビングに向かう。するとリビングは生活感溢れるほどに物が散らかっていた。
「やっぱ散らかってんな」
リヴァルが呆れた様子で言った。
「あなたの部屋といい勝負ですよリヴァル」
「まあな・・・・・・すげぇだろ! どっちが汚ぇかな?」
とリヴァルはドヤ顔で聞いた。
「何が凄いんですか――」
マリサは呆れた顔を見せる。
「ここにはいないみたいだ。さっき言ってた書庫とはどこだい?」
バロンが訪ねた。
「一番奥の部屋です」
マリサの指さす部屋が通路の一番奥。少々嫌な雰囲気が漂う箇所だった。
「なんか薄気味悪いよバロン」
不穏な感覚を感じたヘレネがバロンに抱きつく。
「大丈夫だ・・・・・・多分」
バロンも不穏な感覚に不安気味だ。
「安心しろ。クロエは魔女で、王国トップクラスの魔法使いだがアホだ!」
「リヴァル。それはいいすぎだと思います」
「そうよ! 私はアホじゃないわよ!」
その声に一同は立ち止まる。声は書庫の方から聞こえてきた。
「全く。人の家に勝手に入っておいてアホとか言われるとかショックなんだけど!」
扉の向こうから聞こえてくる声にリヴァルとマリサは呆れた声で返す。
「クロエ。お前の家は無防備過ぎんだよ」
「ちゃんと人として生活していれば、勝手に入ってきませんよクロエ」
「マリサまでそう言うの・・・・・・少しショックだわ・・・・・・まあ、いい。今、開けるわね」
そう言って書庫の扉が開くと大量の本と一緒に茶色のローブを着た女性が本の雪崩に巻き込まれながら部屋から出てきた。
黒い長髪だがボサボサで不衛生を思わせ、化粧もしてないその顔はどちからと言えば美形だが目の隈が目立つ。
彼女は魔女クロエ。貴族の娘に産まれながら変人奇人で有名なアルドア王国の女性魔法使い。つまり魔女である。
「こっこんにちわ」
あまりにもイメージとは違う彼女の登場にバロンは少し驚いていた。
「あーどーも。魔女クロエでーす。今年で28になります」
大量の本を踏みながら立ち上がりクロエは挨拶した。
書庫の本はクロエの魔術によって自動で積み重なっていく。
書庫に案内された四人はそれぞれ椅子に座っていた。
開けた途端、雪崩の如く出てきた大量の本はクロエの魔術によってそれぞれ浮遊し、本棚に帰ってたり、積まれていく。
「これは凄い。これだけの本を管理して操るなんて」
バロンは感心した表情で言った。
「別にたいした事ないわ。師匠に比べれば」
その師匠という言葉にバロンは顔を少し寂しげにする。
「そんな事より・・・・・・あなた。もしかして師匠の息子さん?」
笑みを浮かべながらクロエはバロンに聞いた。
「息子? いえ、叔父です。シュケテルは私の叔父になります」
「そっか~。甥っ子か! 顔が似てるから息子かと思ったよ。それで師匠は元気にしてる? 手紙、ここ最近帰ってきてないからさ」
「叔父・・・・・・ガテラム王国医師団長シュケテルは亡くなりました」
その言葉でクロエは一瞬固まった。
「そっか・・・・・・師匠死んじゃったんだ」
悲しげな顔をクロエは見せた。
「叔父から遺書を預かってます」
バロンはそう言うと、バックから手紙を取り出し彼女に渡した。
「・・・・・・医療魔術の発展を頼むか、こんな私にね」
クロエはまだ悲しげな表情を見せる。
「クロエさん。あなたはもう研究を・・・・・・?」
バロンが尋ねた。
「いいえ。魔術の研究はやってるわ。ただ、色んな魔術をやってて医療系もその中の一つってだけなの。師匠は医療の専門家だったけど、私は気が多くてね」
クロエはそう言うと、申し訳なさそうな顔をバロンに見せた。
「多様な魔術を研究しているとは尊敬します。後で資料もお渡しします。それが叔父が最後の願いです」
「気持ちはうれしいけど、最近は医療の研究はめっきりなの。まあ、資料は受け取っておくわ」
「ありがとうございます」
「礼なんていい。私はなんかが発展させるなんて無理な話だから」
「そんな事は・・・・・・」
「私よりあなただと思うけど。ガテラム王国の天才児君」
そのクロエの言葉でリヴァル達がざわつく。
「おい、バロン。お前って有名人なのか?」
「ガテラムには魔術が天才的な子がいると聞いていましたが--」
リヴァルとマリサが立て続けに言った。
「クロエさん。俺は天才児なんかじゃありません。過去の話であって今は並の魔術師ですよ」
「謙遜しちゃって。師匠はいつもあなたの自慢を手紙に書いていたわ。バロンが新たな魔術式考えてたとか、新たな治癒魔術を開発したとかね。あなたの噂はここでもあるのだから」
そのクロエの言葉でバロンは顔を赤くした。
「すごいねバロン。凄い魔法使いなんだね
ヘレネが興奮気味に言った。
「そもそも、ここにいるメンバー凄すぎじゃない。天才児二人に聖女候補。昔天才魔女っ子と謳われた私が霞むわね全く」
そのクロエの言葉で今度はバロンがざわつき、リヴァルとマリサを交互に見た。
「えっ? 天才児と聖女候補って? まさか--」
「おう! 次世代の最強を期待される剣術の超天才児リヴァル様とは俺の事よ!」
とドヤ顔でリヴァルは語った。
「何が超天才児ですかリヴァル。準優勝の癖に」
マリサが呆れ顔で言った。そんなマリサにリヴァルは睨む。
「二人とも王都に行く町々で話を聞いていたよ。王都には凄い剣士と聖女がいるって」
「ヘレネも聞いたよ」
「リヴァルは確かに凄いですけど。私は神教の一信者でしかありません。聖女とか呼ばれているのは私が積極的に奉仕活動をしているからですよ」
マリサはそう説明するが、彼女の日頃の行いから出た呼び名である、
「さて。そろそろいい時間だけど、どうする? 私の手料理食べていく」
そのクロエの提案にリヴァルとマリサは明らかに様子が変わった。
「おっ俺は遠慮しておくぜクロエ! 夜も鍛練あるからよ」
「私もお祈りのじっ時間があるので」
「私は食べ」
そのヘレネの口を塞いだのはバロンだった。
「僕達はまだ宿を決めてないので、今日はこれでお暇します」
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