14 大会と窃盗団 

 東の大陸、アルドア王国王都にある闘技場にて第一回アルドア剣技大会が執り行わていた。そしてその決勝戦、そこに立つのは剣の天才児として名を馳せ始めていた一五歳となったリヴァルとアルドア各地の魔物討伐有名な青年検剣士ジェロスである。黒髪で、薄汚れたアーマーのジェロスはいかにも田舎剣士と馬鹿にされてきたが、各地で最高と呼ばれる剣士である。


「やっぱりあんたが決勝の相手か。師匠の予想通りだな」


 リヴァルは笑みを浮かべながら言った。民衆から最高の剣士と呼ばれるジェロスは王都では無名であり、予選から注目される剣士ではなかった。だが、一回戦の剣技だけでマークスは見抜いたのだ。


「光栄だよ剣の天才少年。君の師匠はマークス卿だったね」


「師匠はそんなに尊敬しなくていいぜ。もう、俺より弱いもん」


「ハハ、聞いた話通りだ。生意気だね」


「それはどうも!」


「ハハ、褒めてないよ」


 そして二人は剣を構えた。審判が大きく片手を振り上げ、二人を見た。そして大きく振り下げ、叫ぶ。


「始め!」


 決勝が始まった。二人が近づき剣が重なった。剣のぶつかり合う音が闘技場に大きく鳴り響いた。


「すげぇ」

「これが天才と最高の戦いか!」


 観客が一瞬、静まりそしてすぐに歓声が轟(とどろ)いた。その歓声にかき消されない程、二人の剣の衝突音は大きく何度も続く。

様々な剣技を二人は繰り出す続ける。リアリヴァルはアルドア流剣術。一方、ジェロスは我流で、彼独自の剣術だ。


「さすがだ天才児君。気が抜けないな」


 数分間の衝突の後、先にジェロスが身を引いた。観客の歓声がさらに大きくなった。


「あんたもな最高剣士。俺の連続攻撃を受け止め続けて平気なのはもうオデルクのおっさんしかいないと思ってたぜ」


 そのリヴァルの言葉を聞き、ジェロスは唾を呑んだ。


「せっかくの決勝だけど、これで勝負をつけるぜ」


 リヴァルはそう言って剣を頭上に掲げた。


「名付けてリヴァルハイパーウルトラブレードだ!」


 その技名を聞いた観客の一人が「ださ」と言うのが聞こえてきた。

 ジェロスも笑った。


「もうちょっといい技名にしたらどうだい?」


「ふん! 笑っているのも今のうちだぜ!」


 リヴァルはそう言い、ジェロスから大きく後退した。リヴァルスーパーウルトラブレードはどうやら間合いが必要らしい。


(大きく離れた? どんな技だ)


 ジェロスは警戒する。


「行くぜ!」


 リヴァルは特異体質だ。それは魔力放出。全身又は特定の体の部位から魔力を推力として発射できる。この体質はマークスとの修行の日々で発見した。戦闘において優位といえる体質であるが、弱点も存在する。


(速い!)


 リヴァルは後頭部から足の内踝まで魔力を放出し、ジェロスに向かって突進した。その速度は早馬以上。ジェロスは避ける事が出来ず、振り下ろされた剣を何とか受け流すので精一杯だった。


「うおおおっ!!!!」


 観客達がざわめいた。見たことがない剣技に大勢が興奮している。


「まだまだ行くぜ!」


 リヴァルはそのまま避けられた後、あらゆる部位から魔力を放出し、凄まじい速度でジェロスの周囲を移動し、彼を攪乱する。


「大した魔力の放出だ。だが、それだけ出しているとすぐに底をつくのではないか?」

(くそ。もう、見抜かれた!?)


 ジェロスの指摘は正解だった。魔力放出は確かに高速移動や威力増大に効果を発揮するが、リヴァルの魔力総量は人並みだった。  故に、魔力放出は長時間使用は出来ない。短時間しか使用出来ず、必然的に短期決戦で勝負をつけるしかない。当然、魔力がゼロにならば魔力放出は使用できず、さらに魔力ゼロによる倦怠感で動きは一気に鈍る。これが今のリヴァルの魔力放出の弱点である。


「さすがだぜ! だが、勝負はこれでつけるぜ!」

 

 ジェロスの周囲を動きまくっていたリヴァルは攻撃を開始する。次々と斬撃を加え、ジェロスを追いつめる。


「リヴァルの奴。勝負を一気につけようと焦ったな」


 特別観客席から二人の戦いを眺めていたリヴァルの師ガデナ・マークスが言った。そしてその横の席に座るのはアルドア最強剣士ガオット・オデルクがその意見に頷いて言った。


「相手の全てを曝け出さずに必殺の技を出すのはあまりいい策ではないな。まあ、若さ故の手段かもしれん」


「オデルク卿。あいつは単なる馬鹿ですよ。特に深く考えず攻撃しまくる。それがあいつですよ」


「ガキの頃と何も変わらんな。まあ……それがあいつらしさかな」


「馬鹿は死んでも治らない。誰が言ってましたね」


 その時だった。ジェロスの口から「風よ!!」と叫ばれた。ジェロスの周囲が暴風が吹き荒れる。それにより、攻勢だったリヴァルは吹き飛ばされた。


「うわぁぁぁ!!!!」


「言わんこっちゃない」


 マークスは呆れて言った。


「私が使える数少ない魔法だ。君の魔力放出も見事だが、私も負けていないだろ」


 地に背中をつけさせられたリヴァルは立ち上がりながら言う。


「ハハッ! 面白れぇ! 決勝なんだ! 全力でやろうぜ」


 リヴァルのその時の顔は笑みであった。その笑みにジェロスは笑みで返した。


「そうこなくては!」


 二人の戦いはさらに加速する。次々と放たれる剣技は観客たちをどよめかした。











 王都アヴァニアを象徴する湖アヴァ二湖。王都アヴァニアの名前の由来にして、その湖畔に面する形で街が形成されているほど有名な湖である。

 その湖畔で見事優勝を逃した剣術の天才リヴァルは仰向けに寝転んで空を眺めながらため息をついていた。


「あーあ。もう、ちょっとだったのによ」


 決勝の勝敗を決めたのは剣技では無く、魔力の差であった。先に魔力がそこをついたのはリヴァルだった。あまりにいい勝負が続いた為、調子に乗って魔力を使い続け、隙が突かれて敗北した。


「ここにいましたか」


 その声にリヴァルは振り向く。そこに居たのは、マリサだった。

 神教に入信して五年。マリサは聖女候補として周囲の期待通りの少女になっていた。品行方正、温厚篤実、誰にでも敬語を話し、街の奉仕活動も進んで行うマリサは王都の市民達によく知られる少女となっていた。

 マリサは神教の白い礼装に身を包み、神教信徒の証である金色のペンダントを首から下げていた。


「マリサか。聖女様はお暇の様で」


「リヴァル。負けたとはいえ準優勝ですよ。誇っていい思います。ふて腐れた態度はどうかと」


「うっせいな。てめぇは俺の母ちゃんか? 気にくわねぇもんは気にくわねぇんだよ」


「そんな事は言わず、これからでも祝賀会に出ましょうよリヴァル。あの祝賀会はあなたの為でもあるのですよ」


 あの祝賀会とは剣術大会の祝賀会の事である。大会参加者全員は出席出来る権利があり、当然準優勝したリヴァルは師オデルクから出席する様きつく言われていたのだが、それを無視してここに居るのだった。


「師匠から頼まれたんだろマリサ。帰って師匠にこう言ってくれ。俺は旅に出る。だから探さないでと」


 それを聞いたマリサはため息をついた。


「何をふざけた事を言っているのですか?」


 その時だった。二人の視界に怪しい男達が入った。それは湖沿いの道にいた三人組の男達だった。そのうちの一人が大きな袋を抱えており、見るからに人目を避けている様子だった。


「おいおい。あれってもしかして泥棒か?」


 王都は人が集まりやすい。当然ながら窃盗などの犯罪も少なくない。最近は人さらいも多くなっていた。


「怪しいですね」


「そうだな・・・・・・聞いてみるか」


 リヴァルは男達に近づく。それに気づいた男達はリヴァル達を見るからに警戒する素振りを見せた。男達は小太りが一人、長身の男が一人、そして髭面の男である。袋は小太りの男が背負っていた。


「おい、あんたらそれは何だ?」


「えっ? これはその」


 小太りの男が口ごもる。マリサが近づく。


「それは何なのですか? 見せて頂けませんか?」


 笑顔で言ったマリサに長身の男がが苦笑いで答えた。


「穀物だぜお嬢ちゃん。市場で買ったのさ」


 男達は明らかにリヴァル達を避けている。それを感じたリヴァルは剣に手をかけた。


「おいおい。物騒だな剣士の兄ちゃん」


 髭面の男が言った。どうやら髭面の男がリーダー格である様だ。


「俺はまだ剣士見習いだが、もし人さらいやらの犯罪なら見逃すわけにはいかないんでね」


「だからって剣に手を置くのはいけませんよリヴァル」


 マリサがリヴァルを窘める。


「うっせえな。母親みてぇ事言うな」


「いいえ。おば様から言われているのです。リヴァルを頼むって」


「おのクソババア。今年は家に帰らねえぞ」「実の母親をババア呼ばわりいけませんよ」


「いいんだよババアはババアだ」


「ダメです」


 目の前で口喧嘩を始めた二人に、リーダー格の髭面の男はニヤリと笑い、そして叫んだ。


「行くぞてめえら! ずらかりだ!」


 髭面の男は懐から煙幕を発生させる煙玉を強く地面に投げつけて、黒煙を発生させた。それに二人は驚く。


「兄貴! 逃げるの!?」


 小太りの男がオドオドしながら髭面の男に聞いた。


「当たり前だボケ。逃げるぞ」


 黒煙はリヴァル達を完全に覆った。いきなりの行動に驚くリヴァルであったが、すぐさま剣を鞘から抜き、その抜いた勢いの風で黒煙を吹き飛ばした。


「ああ!? お前のせいで逃げられてんじゃねぇかよ!」


「私のせいでもありますが、リヴァルもせいでもありますよ」


 互いに責め合う二人をよそに、男達三人はすでに道のかなり向こう側に逃げていた。


「速いなあいつら! 追うぞ!」


「はい!」


 リヴァル達は男達を追い始めた。男達はそれに気づき、速度を速める。


「天使を捕まえたんだ! 奴隷商に売ればボロ儲けだ。絶対、逃げ切るぞ!」


「おうよ兄貴!」


 袋の中身は人であった。しかも、天使である。天使とは天界に住まう神の使い。そして人々を導いてきた最上の種族である。

 滅多に地上に降りてこない天使族であるが、どうやら男達は王都で偶然にも出会い、何らかの方法で大人しくして誘拐した様である。


「それにしても天使でも睡眠剤って効くんだね」


 小太りの男がやや息苦しいして言った。


「無駄口叩くな。必死こいて走れ」


 三人が走る目の前の地面が突如、爆発した。驚く三人は走るの止めてしまう。


「何だ!?」


「ここまでだぜ」


 爆発し土煙の中から出てきたのはリヴァルだった。魔力放出にて天高く飛んだリヴァルはそのまま男達を通り越し、地面に向けて勢いよく落ちてきたのであった。

 剣を抜き、剣を構えるリヴァルに男達は怖じ気づく。


「ひぃい! 何なんだよこのガキは!?」


 小太りの男が情けない声で言った。それに対して髭面の男はまだ諦めていない様だ。


「天使を渡すかよ!」


「天使だと!?」


 驚くリヴァルに再び、煙玉を投げつける。今度はリヴァルに向けて投げた。それに対し、リヴァルは剣で煙り玉を斬り落として見せるが、当然それでも煙玉は黒煙と化す。


「往生際が悪いぜ!」


 剣の風圧で黒煙を吹き飛ばす。そして男達を探すと、男達は道を外れて湖畔に位置する一つの小高い丘に向かっていた。

 だが、そこにはすでにそれを予測して待ち伏せていたマリサがいた。


「でかしたマリサ! 挟み撃ちにするぞ」


 男達は小高い丘にマリサがいる事に気づき、丘の途中で立ち止まる。


「クソ! 逃げ道ないよ兄貴」


 長身の男が言った。


「分かってる! 少し黙ってろ」


 もう逃げ切れる状況ではない。それに気づいた髭面の男はまだ何か考えている様だが、リヴァルとマリサの二人は近づいて来る。


「ああっ! クソ! 折角天使を捕まえたのによ」


 髭面の叫びにマリサは驚く。


「天使ですって!?」


 にわかに信じられないマリサであったが、ここまで逃げ回るならありえる話である。


「その袋を置け! 人さらいの未遂ならまだ重罪は免れるぜ」


「うっせえなクソ坊主! 剣が強いからって・・・」


 髭面の男はここでリヴァルの顔を見て気づいた。今日、王都で行われた剣術大会。そこで決勝まで圧倒的強さで駆け上がった少年。その名はリヴァル。次世代の最強と言われる少年が今、目の前にいる。


「まさか・・・お前はあの・・・」


「俺はリヴァル。王国剣士見習いだ」


「リヴァルってあの!」


 小太りの男が驚き言った。


「おいおい。とんでもねぇ奴と追いかけっこしてたのかよ俺達。運が悪すぎだぜ」


 髭面の男は呆れた顔で言った。


「いますぐ罪を償うと誓えば私が神の代わりにあなた方を許します。だから今すくその人を解放しなさい」


 神教の信徒としてマリサは男達に請う。


「こっちは神教の小娘ですぜ兄貴」


 長身の男が言った。


「どうやら神とやらにも目をつけられていたみたいだなおい。つくづく運が悪いぜ」


 お互い譲る気はない雰囲気の中、髭面の男が痺れを切らして言った。


「わかったわかった! お前ら、その子を下ろせ!」


「えっ!? でも」


「いいから下ろせ」


 髭面の男の指示に渋々、小太りの男は袋を地面に下ろした。


「観念したか。よし、俺が見張っているからマリサは衛兵を呼んできてくれ」


「おいおい、誰が捕まるだって?」


 髭面の男がニヤけ顔で言った。


「おいおい、まだ逃げる気かよ。俺の名前知ってもその気かよ」


「当たり前だ! 俺達は王国最強の盗賊団になる! こんなところで捕まるわけねぇんだよ」


「ええっ!? 俺達最強の盗賊団になるの!?」


「兄貴聞いてねえす」


 小太りの男と長身の男はたじろぐ。


「今決めたんだ! 俺は||盗賊王になる!!」


「どこで聞いた言葉だな」


 リヴァルが呆れた顔で言った。だが、髭面の男は真剣だった。


「俺だけの特別魔法を見せてやるぜ!」


 髭面の男の発言にリヴァルは驚き警戒する。魔法。つまりは魔術は基本的に身分の高い者が習得しているからだ。平民、しかも碌に教育が受けていない様な自称盗賊などが使えるはずがないのである。


「はったりだ! 行くぞマリサ」


 リヴァルはそう言って一気に詰め寄ろうとしたが、髭面の男は叫んだ。


「マーシャルホペック!」


 その瞬間、男達が閃光と爆音に包まれた。リヴァルとマリサの二人はその場で動きを止めてしまい、髭面の男は何とかして他の二人を連れ出してその場から逃げていった。

 激しい閃光と爆音に怯んだ二人はしばらく何も出来ず、気づいた頃には袋だけ残っていた。


「な、何だあれは? 魔法だと?」


「よく分かりませんが、どうやらはったりだと思いますよリヴァル。詠唱らしき魔法だと思いましたが、私は何か地面に投げつけたのを見ましたから」


「ふん! 結局はアイテム頼りかよ。まあ、袋は置いて逃げていきやがったから見逃してやらぁ」


 男達が運んでいた天使が詰められているとされる袋に二人は近づいた。本当に天使が詰められているなら、緊張ものである。なぜなら天使は天界に住まうとても高貴な種族。人生で一度会えば幸運であると言われるとほど貴重な存在であるからだ。

 二人は息を吞んで袋を開けた。そこに詰められていたのは目を瞑って動かない天使の幼子であった。


「・・・・・・すげぇ。天使の子供だぜ。初めて見たぜ」


「とても美しい容姿。白い翼は間違いなく天使の様です。でも、どうしてこんな所に・・・・・・」


 その時だった。背後から大きな火球が二人めがけて飛んで来た。それにいち早く気づいたリヴァルは体を翻してその火球を剣で弾いた。


「どこのどいつだ!? 火の玉投げつけてくる野郎は!?」


 リヴァルは辺りを見渡す。マリサは驚きながらも咄嗟に天使の子を抱いた。


「||その子から離れろ! 盗人ども!」


 その叫びにリヴァルとマリサはその声の主に目を向ける。するとそこには二人と同い年ぐらいの少年が凄い剣幕で二人をA睨み付けていた。

 少年の名はバロン。西の大陸から来た魔法使いの少年である。






 

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