七人勇者 

11 魔法使いの旅立ち

 西の大陸ガラン王国王都ガテラムの平民街のとあるアパートの一室にて、一人の中年の男がベッドで寝ていた。

 バロンの叔父シュケテルである。彼は長年医師団長を務め、多くの戦地で命を救ってきたが、感染症を患い、ここ一年はほぼ寝たきりであった。そしてその叔父の看病をしているのは一五歳となったバロンである。姉の死後、学校から追放されたバロンはシュケテルの元で魔術を習い始めた。治癒魔術や医療魔術等を教わり、時には魔術の研究にも携わった。元より魔術の才に恵まれていたバロンはあっと言う間にシュケテルを超え、今では医師団最強魔術師とも言われていた。


「叔父さん。今日は具合が良さそうだね」


 シュケテルの部屋に果物を持ってきたバロンが入る。

 一五歳になったバロンは背丈も伸び、やや大人びた。一四歳から戦場に出るようになり、心身ともに成長していた。


「ああ。でも、わかるぞバロン。今日で……私は死ぬ」


「何言っているんだよ叔父さん! 叔父さんは回復できる。いや、回復させてみせる」


 机に果物を置きながら、バロンは強く言った。もう彼には治癒医療系統には絶対的な自信があり、叔父シュケテルも助けてやれると自負しているのだ。


「いや、お前でもこれは無理だ。この感染症は弱り切った私の体では克服できぬ。色々な患者を診てきたから分かる」


「そんな事言うなよ。病は気からというはあなたが作った言葉だろ!? それなのにあなたがそれでは嘘(うそ)になる!」


 シュケテルは王都にて病は気からという標語を作り、都民の健康意識を改善する運動もしていた。医師団の長として有名だったシュケテルの言葉ならばと聞く都民は多かった為、一時的ではあるが都民の健康が改善された時もあった。


「あんなのは王が私に作らせたデタラメみたいな物さ。本当にダメな時はダメなのだバロンよ」


「だからって……」


 悲しい顔を見せるバロンはシュケテルは言う。


「そうか……私が死ねばお前は天涯孤独か」


「もう一人でいるのは平気さ叔父さん。僕はもう一人で生きていけるから」


「強がるなよ。お前がイデアを亡くして毎晩泣いているのは、分かっていたぞ」


「それはもう五年前の話だろ? いつまでも泣き虫だと思わないでくれよ」


「--そうだな、バロン。お前は立派になった。私の自慢の甥であり自慢の弟子だ」


「ありがとう叔父さん」


「だから、もうお前に教える事はない。今日を持って師弟関係を解消しよう」


 突然の宣言にバロンは驚嘆する。


「何を言っているんだよ叔父さん!? 師弟を解消する!? まだ、教わっていない事がたくさんあるのに!?」


「いいや……もう、私がお前に教える事はない。お前の魔術の腕は私をとっくに凌駕している。それは師である私が一番分かるのだ」


「でも……」


 どこか悲しげな顔を見せるバロンにシュケテルは笑顔で言った。


「何を悲しんでいる? お前は今日から一人前の魔術師なのだぞ」


「そうだね……僕は見習いを卒業出来たんだね」


「そうだ」


「本当にありがとう叔父さん。これからは一人前の魔術師として、見守っていてほしい」


 その言葉にシュケテルの返事は無く、ただ頷くだけだった。

 そしてその晩、守り手の一族出身のガラン王国医師団長シュケテルは、眠るように息を引き取った。享年四十五歳であった。











 医師団長の葬儀は国葬として行われた。生前、シュケテルの人生に大きく影響を与えた人物。現ガラン王国国王アラン・ナリシュテム・ガランが喪主を務めた。

 アランとシュケテルは身分を超えた友人であり、親友であった。戦場から敗走し、森に迷い込んで負傷していたアランをシュケテルが見つけ看病したのが二人の出会いである。外の世界について全く知らなかったシュケテルにアランは世界を教えた。好奇心を抑えられなくなったシュケテルは守り手の一族の掟を破り、森を出て行ったのである。


「ありがとうございます王よ」


 葬儀を終え、王座に座るアランにバロンは跪いて礼を述べた。

 ここは国立葬儀場だ。王都ガテラムの中央付近にある立派な建築物で、王室に二人はいた。


「顔を上げよバロンよ」


 その言葉でバロンは顔を上げた。

 国王アランはバロンより少し若い四十三歳。口髭を蓄えているしか特徴がない平凡な王であるが、国民からは慕われていた。


「シュケテルは我が国に最後まで尽くしてくれた。生前、最高ガラン勲章を授けたかったよ」


「そのお気持ちだけで叔父は十分満足だったでしょう。叔父の誇りはあなたとの友情でしたから」


「そうか……そういって貰えるとうれしい」


 そう言って王はどこか悲しみを感じさせる笑みを見せた。


「ところでバロンよ。貴様はこれからどうする? 私個人としてはこのまま医師団の一員として国に尽くしてくれるとありがたいのだが?」


「私もそうしたいのですが……」


 そう言ってバロンは懐から一枚の紙を取り出した。それは手紙だった。


「これは叔父の遺書です」


 そう言ってアランに近づき、その手紙を渡した。


「あいつ……自分の死後の事まで考えていたか。あいつらしいな」


 そう言ってアランは渡された手紙を読んだ。そして読み終えると、穏やかな顔を見せた。


「なるほど……かつての弟子に自分の研究を渡したいか……しかも、アルドア王国の者にか」


 アロンが口にしたアルドア王国の者とは、シュケテルがかつて世界を放浪していた際に出会った若いアルドアの魔術師の事である。 その名はクロエ。魔女クロエとして名高いアルドアの有名な魔術師である。


「アルドア王国とはここ数十年大きな友好もなく、民間でも目立った交流がない遠方の大国でありますが、国家機密に属する可能性のある魔術研究を渡すのは問題であると考えています」


 バロンは冷静に言った。それを聞いた王アランは承知している様子で言う。


「本音を言えバロン。あいつが問題になる様な事をして死んでいく奴か? その研究成果は軍事には関係ないものだろ?」


「さすがです。叔父の残したその研究成果とは医療魔術の物です。人種において晩年に発生する腫瘍についての物であります」


「人々を助けるための物であるな。ならば、よろしい。それを持ってアルドアに向かえバロン」


「はっ! 王令有り難く頂戴します」


「ふん。本当は世界が見たいのが本音だろう? 叔父もそうだったが甥っ子も甥っ子だな」


「バレていましたか?」


「あいつも若い頃は放浪するのが好きでな。よく人目を盗んで地方に出向いていたよ」


「その際は迷惑をお掛けしました」


「ハハッ。今ではいい思い出だ。行ってこいバロンよ」


 数日後、万全の準備をしたバロンはガラン王国ガテラムを立つのであった。その日は快晴であり、旅立つバロンを見送る者はいなかったが、バロンは嬉々した様子で王都を後にした。






 

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