10 魔法使いの別れ
十歳になったバロンは今日もアルクに呼び出されていた。
ガラン王国王都ガラテム。その日の空は曇りであった。バロンは迂闊(うかつ)だった。姉イデアから贈られた両親のネックレスをあのアルクに奪われてしまったのだ。ネックレスは形見である。
放課後、遺跡に来い。来なければこれはぶっ壊す。
アルク達はそう言って去って行った。当然、行くしかない。
「どうしたのバロン? 神妙な顔をして」
いったん家に帰ってきたバロンに対し、 イデアが聞く。
「なんでもないよ姉さん。僕、友達と用事あるからこれからまた出るね」
「おいバロン。今日は簡単な魔術を教えてくれるって約束だろ?」
同じく家にいるのはコーディだ。その言葉通りバロンから魔術を教えて貰(もら)う約束であった。
「ごめんコーディにい。今日は無理だ。明日でいいだろ?」
「ええ? 何の用だよ?」
「友達との用事でね。本当にごめん」
そう言うとバロンは鞄を置いて、家を出て行った。
「大丈夫かなバロン。何か真剣な顔だったけど」
バロンを見届けたイデアが言った。
「…………なあ、イデア」
「コーディ何?」
「……やっぱ、なんでもない」
「ええ? 気になるじゃない?」
「そのな……聞いて、見ちまったんだ俺……」
「何を?」
「バロンがクラスの奴らにいじめられているのを」
「え……」
そのコーディの言葉にイデアは何も言えなくなった。
「噂を親父から聞いてさ。まさか、あのバロンが、まさかかって……学校終わった後、クラスの奴と一緒にいるバロンを見つけて、後つけていったら殴れ蹴られた所見ちまったんだ……」
「そっそんな――」
イデアはショックでそれ以上言えなくなった。そして思い出す。数年前まで傷やあざをつけて帰ってきていたという事を。
「そっか……だから叔父さんに治癒魔術を教えてとせがんだのね」
一年に数回しか帰ってこない叔父シュケテルにバロンは治癒魔術を教えて欲しいとせがんていた。そして見事、治癒魔術を習得し、それ以降、傷やあざを作って帰ってきた事はなかった。
「クソ! 俺達の中で一番年下のくせにに気を使いやがってバカバロン!」
「――行きましょう。助けに行かなくちゃ!」
「だが、あいつらは貴族の子供だ。俺達平民が言ってもやめてくれるとは思わないぞ」
「それなら何度だって頭をさげてお願いするわ! それがダメなら――」
「俺が奴らをぶっ倒すでもいいぜイデア」
「ダメよ。そんな事したらおじさん達もろともコーディの家族は最悪処刑されてしまう」
「
「ダメ! 絶対にダメよ!」
そう言ってコーディの腕をイデアは両手で掴んだ。
「そんなの叔父さんは望んでいない。叔父さんは言っていた。私は医者として当たり前の事をしただけだと。だから借りなんてない」
「じゃあ、どうすんだよ」
「ここで考えても仕方がない。バロンを探しに行く。コーディも探して」
「クソ――分かったよ。でも、イデア、お前はここにいろ。車椅子なんかでこの街を走り回るのは無理だ」
「私を舐めないでくれるコーディ! これでも天才の姉なのよ」
バロンは王都の外れの外れにある遺跡に来た。ガラテム郊外にあるこの遺跡は石造りの古代遺跡だ。地下まで存在する広く大きな遺跡で、幾度か調査された後、立ち入り禁止となっている。その理由は滑落や崩壊の危険があるからだ。もちろん子供が来ていい場所ではない。
「来たぞアルク!」
バロンは叫ぶ様に言った。するとアルク達六人が高い遺跡の上に現れた。
「よおバロン。よく来たな」
「あのネックレスを返せ!」
「この遺跡のどこかに隠した。自分で探しな優等生」
学校でも、この遺跡に入る事は厳重注意されていた。だが、バロンは行く。両親の形見の品だから。
「へぇ。優等生は言いつけ守ってここに入らないと思ったが――」
アルクの言葉を聞き流し、バロンは遺跡のあちこちを探し始める。
「おいアルク。賭けはお前の一人勝ちかよ」
アルクの取り巻きの一人が言った。どうやらバロンが遺跡に入る入らないで賭けをしていたらしい。
「くそ! お小遣い全賭けしたのによ」
「アルク。お前、何か知ってたな」
取り巻き達が次々アルクに金を渡す。渡される金を見ながらアルクは笑って言った。
「おめぇらがバロンを舐めてたんだよ。あいつは案外、肝が据わってるぜ」
アルク達を余所に、バロンは遺跡のあちこちを探る。だが、そう簡単には見つからない。そして時間だけがたっていく。
「おーいバロン。俺達は帰るぜ。じゃあな」
遺跡の出入り口からバロンは探しているうちに遺跡の奥に来てしまった。時間はもう夕暮れ時、アルク達は出入り口付近から叫んできた。バロンはそれを無視する。
「ああ? あいつ無視しやがったぞアルク」
取り巻きの一人が言う。
「ほっとけ。どうせ見つからないし。一人じゃどうやっても無理なとこに入れたしな」
そう、アルク達は何人のも力を必要とする石棺の中にネックレスを入れたのだ。子供達六人でやっと開いた石棺の蓋は、とても子供一人では動かせない。
「ナイスアイディアだなアルク。あいつがどれほど頭良くても取り出せねぇだろ」
「だろ? じゃあ、帰るか」
アルク達は遺跡から去って行った。そして一人残されたバロンはひたすら探し回る。
あっちにはない。こっちにもない。バロンの手と服はどんどん汚れていった。
三十分ぐらいたって、やっと一端バロンは探すのやめた。
「くそ……アルクの奴」
その時だった。微かにイデアの声がした。が、バロンは気のせいだと思った。そもそも、車椅子の姉がここに来れるわけがないと思っているのだ。しかし、その声は段々と大きくなり始めた。
「バロン! バロン、いるなら返事をして!」
それは確かにイデアの声だ。バロンは辺りを見渡す。だが、見当たらない。
「姉さん!? まさか、ここに来てるの!?」
バロンは大きな声で答えた。そしてその声でイデアはバロンを見つけた。
「バロン!」
「姉さん!? それは一体!?」
バロンは見上げた。何故ならイデアは箒に座り宙に浮いていたからだ。バロンは驚きの顔を見せ、それに対してイデアは安堵の顔を見せた。
「ほっ箒で宙に浮くなんて……!?」
「今はそんな事はどうでもいい! バロン! 何で入ってはいけない所にいるの!?」
怒るように聞いてくるイデアにバロンは目を逸らす。それに気づいたイデアは例の力を行使した。
「…………そう、やっぱり、いじめられているのね」
「!? まさか、僕の心を覗いたの!?」
「そうよ。それとコーディが見たのよ。あなたがいじめられているのを」
「そんな……」
「どうして言ってくれなかったの!? いじめられているなら言ってくれればいいのに」
そのイデアの言葉にバロンは何も言えず、黙ってしまった。心配をかけたくない。それだけだった。
「学校には行かなくていい。バロンが傷つくなんて良くないわ」
「そうだけど……でも、せっかく学校に行けるんだよ。行かなくちゃもったいないだろ?」
この時代、ガラン王国の教育は高い身分のみ。ほとんどの平民の子供達は教育を受ける機会はなく、バロンは例外なのである。
「好きなんだよ……」
「えっ?」
「好きでやっているんだ姉さん。学ぶ事が!」
「バロン――」
バロンは学ぶ事が好きだ。特に魔術がそうであり、自身の魔力を用いて超常現象を引き起こさせる事は一番楽しいとバロンは感じていた。だからこそ、いじめを耐えて来た。
「あなたが魔術が好きなのは知ってる。そしてその才能もあることも。でも、いじめを受け続けていいわけがない。魔術が学びたいなら叔父さんでも」
「叔父さんは国の務めで忙しいじゃないか。僕の相手なんて出来ないよ」
二人の叔父シュケテルはガラン王国医師団団長で、魔術医師である。医療系魔術においての腕は一級であり、この国を代表する程だ。イデアの普段使っている車椅子の考案者でもある。
シュケテルはガラン王国と亜人との戦争で医師団団長として赴いており、年に数回しか王都には戻ってこなかった。
「亜人との戦争ももう五年以上になるけど、終わる気配はないと学校の先生は言っていた。だから叔父さんはまだこれからも戦場だろうね」
「私、叔父さんに手紙を書く。いじめの事を書いて帰ってきて貰うわ」
「なんでそこまでするんだよ姉さん? 僕は大丈夫。いじめなんてへっちゃらさ! 友達なんていなくても学校は通えるよ」
「友達なんてとか言わない。人生において友達は大切なのよ。叔父さんがよく言ってたでしょ?」
「僕には必要ないね。姉さんとコーディにいと叔父さんがいればいいよ」
「よくはないのバロン。私たちがいつまでもそばにいるとは限らないわ」
「どういう意味だよ姉さん? まさか……」
「大丈夫よバロン。今はまだ私たちは元気。でも、いつまた流行病とか災害に巻き込まれるかわからない。それでもし私たち全員が死んでしまったらあなたひとりぼっちよ」
「――ふん! 僕がいつまでもさみしんぼだと思っているの? べっ別にそうなっても大丈夫さ! 乗り越えられるよ」
「本当かな~? お姉ちゃん心配だわ」
イデアの意地悪な顔に対し、バロンはムッとした。
「もう、いいよ! 早く探すから」
「あっ! それならもう場所は分かったわバロン」
「えっ!?」
バロンは驚きの声を漏らした。姉イデアはバロンが何をしていた事など知らないはずである。
「私だってねやれば出来るのよ。あのアルクって子達の心を読んだの。それでネックレスは石の
イデアの言葉にバロンは大きく驚いた。無理もない。何も説明なしに自分が探し求めていた物を見つけてしまったのだから。
「姉さん、凄いや……箒で来たのも驚きだけど、まさか、僕の捜し物の場所も聞いてくるなんて」
「聞いてきたというよりは盗み聞きしたのが正解かな。まあ、これで姉の偉大さがわかったでしょ?」
「うん。さすがだよ姉さん」
姉イデアの有能さにバロンは感心しつつ、二人は石棺を探し始めた。そして遺跡の奥に辿り着き、石棺を見つけた。
「あった!」
バロンは近づき、石の蓋を開けようとしたが、ビクともしない。
「クソ! アルク達め、見つけても開けられない所においたな」
必死に力いっぱい押すが、無駄だった。
イデアも手伝うが、箒の上ではさほど力は入らない。
「これはコーディも必要ね。三人ならいけそう」
「そう言えばコーディにいはどこにいるの?」
「こっちに向かっているはずよ。あなたを探すの手伝ってくれたんだから、後でありがとうって言いなさいバロン」
「そうだったのか……うん、わかった」
「でも、コーディを待ってたら夜になりそう。何がいい方法ないかな」
確かに周囲は徐々に薄暗くなり初めていた。このままでは夜になってしまう。
「……しょうがない。まだ、箒以外に使った事ないけど、やってみるしかないみたいね」
「何をする気だい姉さん?」
バロンの問いにイデアは自慢げな顔を見せて言った。
「私が考案したこの空中浮遊魔術を蓋に施すの。これは物の重さを軽くして宙に浮かせているのよ」
「そうだったのか……というか、いつの間に姉さんそんな魔術を」
イデアは教育は受けていない。平民の女子であれば尚更であり、女子で魔術を使えるのは王都でもとても少ない時代である。
「魔術がバロンだけの専売特許だと思った? バロン程じゃないけど、叔父さんから才能はあるって言われて少し教えて貰ったし、昼バロンがいない時は書斎で魔術の本を読んで勉強してたんだから」
「つまり、独学でそこまでの魔術を!?」
先生でいて教えて貰ったバロンとは違い、イデアはほぼ独学であったのだ。バロンは驚きつつ、嬉しいのか笑顔を見せた。
「すごいや姉さん! 独学で空を飛べるまで魔術を極めるなんて! 本当すごいよ!」
「褒めすぎよ~バロン。おだてたって夕飯がおいしくなるわけじゃないわよ」
「どうして今まで黙ってたの? 姉さんが魔術を使えるなら僕は一緒に勉強したよ」
「ごめんね黙ってて、いつかびっくりさせたかったの。まあ、こんな形でお披露目しちゃったけど」
イデアはそう言うと、地面に降りた。
「バロン、肩を貸してくれる? 私のこの魔術は一つの物体にしか効かないの。だから、箒への魔術を解除して、蓋に魔術をかけ直すわ」
「わかったよ姉さん」
バロンはイデアに肩を貸し、体を支えた。そしてイデアは箒への魔術を解き、石棺の蓋へ魔術をかける。
「――我が魔力を持って重さを支配せよ。グラビティコントロール」
イデアの魔術は詠唱魔術だ。その詠唱によって石棺の蓋にイデアの魔力が纏わり付き、蓋の重さを徐々に軽くし、魔力による見えない手で蓋を持ち上げようとする。
「――思いのほか、蓋重いわね」
イデアは集中して蓋を動かそうとする。そして徐々ではあるが、蓋は動き始めた。
「いいぞ姉さん。もうちょっとだ!」
ほんの手が入る隙間さえ開けばいいのだ。イデアは順調に蓋をずらしていった。そしてついに蓋の隙間は手が入る程になった。
「ありがとう姉さん」
イデアはすぐに手を入れて、中にあったネックレスを掴んだ。銀色の鉱物を丸く加工し、布の紐で通してネックレスにしたそれはバロンの両親の結婚時に共に作った物だった。
「二度と取られない様にしなさいよバロン」
「うん」
「それと帰ったら、いじめの件を話しましょう。叔父さんに相談するから」
「大丈夫だよ。そんなの――」
「良くない! 姉命令だからね」
強く言う姉イデアにたじろぐバロン。当然だ。ここまで感情的になるイデアは始めてなのだ。それほど弟の身を案じているのであって、それをバロンは理解出来てないのだ。
「さてと、帰りましょうか……バロンのせいで夕飯は遅れるわね」
「ごめんよ姉さん。心配かけて」
二人は遺跡の出入り口へ向かう。時間はもう夜に差し掛かる。
そして遺跡の出入り口に差し掛かった所で聞き慣れた声が二人に聞こえてきた。
「おーい! バロン! イデア! 大丈夫か!?」
コーディだった。二人に手を振る。
「遅いよコーディ!」
イデアが叫んだ。
「そっちは空飛べるんだから速いに決まってんだろ!」
「それもそうかもね」
その時、バロン達二人の側にそそり立つ石の神殿が突如、崩れた。石柱が二人の方向へ次々倒れていき、柱に支えられていた天井が二人に向かっていく。
「危ない!!」
コーディが叫ぶ。だが、遅い。二人の位置は崩壊の下敷きになるコースだ。バロンは呆気にとられ動かなかったが、イデアは違った。
魔力を放出し、バロンだけでもその場から飛ばしたのだった。
凄まじい音を立てながら神殿は崩壊した。バロンはかろうじて助かった。だが、イデアは逃げ遅れた。
イデアは大岩の下敷きとなった。
「姉さん!!」
直ぐさまバロンがイデアに近づく。胸から下は完全に岩の下敷きとなり、イデアは激しく吐血した。
「姉さん! 姉さん! しっかりして! 姉さん!」
「――バロン? あなたは無事……?」
「うん! 大丈夫! 姉さんのおかげだよ! また姉さんが助けてくれたんだね」
バロンの目は潤む。
「そう――なら良かった。バロンが無事で」
イデアの声は段々と弱々しくなる。
「イデアァァ!!!!」
雄叫びを上げてきたのはコーディだ。二人に駆け寄る。
「安心しろイデア! 俺とバロンでこの岩をどける! やるぞバロン」
「うっうん!」
二人は岩を力いっぱい押す。しかし、意味は無い。ビクともしない。動かなかった。
「二人じゃ……二人じゃ無理よ。コーディ。助けを呼んで……」
「だけど!」
「――お願い」
「――分かった」
コーディは行きたくない顔を見せながら助けを呼びに行った。
残されたバロンはイデアの手を強く握る。
「姉さん……大丈夫さ。きっと助かるから安心して」
「そうかな……足どころか……胸から下の感覚がないの……」
その言葉を聞いたバロンは手が震える。
「たとえ体のほとんどがダメになっても僕がなんとかするよ! 治してやるよ姉さん! 絶対に!」
バロンはまるで自分を鼓舞する様に言った。それを聞いたイデアは笑みをこぼす。
「あ……ありがとうバロン。嬉しいわ。でも ――」
イデアは気づいたのだ。地面にヒビが入っている事に。そう、この下には遺跡の地下があり、この崩壊の衝撃で地下に陥没するだろうとイデアは感づいたのである。
「バロン……ここから逃げなさい。地面に……ヒビが入っている。多分……地下があってこのままでは……二人とも地下に落ちちゃう……」
そうしている内にヒビはどんどん広がっていく。それを見てバロンも気づくが、決してイデアから離れようとしない。
「僕は逃げない! 姉さんを見捨てて逃げるなんて絶対嫌だ!!」
そのバロンの言葉にイデアは涙を流した。
「嬉しい……バロン……でも、バロンが私と一緒に巻き込まれるなんて私は嫌よ……」
「もう喋るな姉さん! 必ず助けが来て助かる!」
「いえ……これがきっと最後だから……言うわ」
「こんな時に最後とか言うな!!」
バロンは泣いて叫んだ。それに対し、イデアは泣きながら笑顔を見せた。
「バロン……これであなたは天涯孤独って思うかもしれないけど……コーディや叔父さんがいる……そしてこれからきっと――本当の友達だって……できる」
「僕には姉さんとコーディさえいればいい! 本当の友達なんていらない!」
そのバロンの言葉にイデアは顔を横に振る。
「いいえ……きっといるはずよ……姉さんが……見つけてくるから……」
「そうならここで死なないよね! 姉さん!」
その会話で最後だった。地面は限界を迎え陥没を開始する。
イデアは最後の力を振り絞り、魔力の放出にてバロンを吹き飛ばす。バロンはイデアの手を強く握り、イデアから離れない様にしたが、手は滑り、バロンは後方へと吹き飛ばされた。
イデアは遺跡の残骸と共に地下に落ちていく。バロンにとって見たくない光景だ。ただ、イデアは満ち足りた顔をして落ちていった。姉として最後まで弟を思っていたのだろう。
そしてコーディが大人達を読んで来た時には、既に大きな穴が出来上がり、土煙が上がっていた。そして穴の横で泣き喚くバロンを見てコーディは察し、大粒の涙を流して言った。
「イデア――」
イデアの葬式は王都の外れの墓地にて参列者が少ない中執り行われた。姪が事故死の知らせを聞いて戦場から急遽帰ってきた叔父シュケテルが喪主を務めた。
皆、棺に横たわる永遠の眠りにつくイデアに花を手向ける。
だが、バロンだけはしなかった。
「おい、バロン! これが最後なんだぞ」
コーディがバロンに言ったが、バロンは答えない。なによりバロンはイデアが事故死して以来、口を開く事が減り、顔も無表情ばかり見せる様になった。
それを知っているコーディはそれ以上言わなくなった。
棺の蓋は閉められ、穴に下ろされるが、それを見てバロンが急に叫んだ。
「……もう姉さんを埋めるのはやめてよ! やっと見つけたのに! なのにまた埋めるなんて」
陥没事故のイデアの遺体回収は困難であった。当初、地下の深さは分からず、迂闊には近づけないため確認しながら地下へと降りるのに一日かかった。そして暗い地下の残骸からたった一人捜すの事も困難を極め、事故から五日たってやっと冷たくなったイデアを発見した。見つからない五日の間、バロンはろくに寝なかった。
そして事故の責任はバロンとコーディの証言や目撃情報でアルク達が一番の責任を問われるはずだったが、戦士貴族イヴァングの権力は大きくうやむやにされ、むしろバロンのみ責任は追求されて高等民学校からの追放。つまりは退学処分となった。
「バロン。もう――イデアを休ませてやろう」
そのシュケテルの言葉でバロンは泣き崩れてその場に跪いた。そして棺は埋められ、参列者達はその場を後にした。残ったバロンと叔父シュケテルは近場で見つけてきた石を立て、墓石として花を手向けた。
「バロン――これからの事だが:
シュケテルの言葉にバロンは何も答えないい。
「これを見ろ」
シュケテルの懐から取り出された物。それはバロンを驚愕させた。
それはイデアの眼球だったのだ。瓶に保存液と詰まられたそれにバロンは怒りを覚えた。
「どういうつもりだよ叔父さん! 姉さんの目を遺体から取るなんて!!」
「落ち着け。これは必要な事だ」
「必要な事!?」
「そうだ。我が一族守り手の一族は魔眼の一族でもある。魔眼を悪用されない為にもこうして遺体から取り出す必要があった」
取り出されたのは左目だけだ。もう片方の右目は損傷が激しく回復不可能というシュケテルの判断で取り出されていない。
「悪用って――」
「このガラン王国には我が一族の他にも魔力や魔術に優れた一族が集まっていてな。その者達が墓荒らしで魔眼を持った遺体を掘り返し我が物として最悪悪用するかもしれないのだ」
「そんな……でも、だからって姉さんの目を」
バロンは納得出来そうにはなかった。
「仕方ないのだバロン。それと守り手の我が一族は魔眼を開眼できる一族故、代々眼病や魔眼の多用による視力低下と失明が付きまとっていてな。その対応策として若くして亡くなった子から目を取り出し、保存して失明した親族に移植する伝統があるのだ」
つまり、いつか失明するかもしれないシュケテルかバロンの為にイデアの目は保存しておくという事である。それを理解したのかバロンは言った。
「そうだったのか叔父さん。でも、理屈ではわかっても……」
「お前の気持ちはわかっている。実は――私はお前の父の眼を移植している」
「そう……だったのか」
「黙っていてすまない。だが、私も失明は怖かったのだ」
「いいよ叔父さん」
「お前が本当に嫌ならこれは破棄しよう」
「いや――叔父さん、それは保存しよう。姉さんの形見になるわけだし」
「そうか――わかった」
そう言ってシュケテルは懐にしまった。
「それとバロン。お前は今日から私の弟子とする」
「えっ!?」
「コーディから話は聞いた。いじめの件はすまない。もっと気にかけてやれば良かったな。だが、退学となった今はいい機会だと思っている。バロン――お前を王国最強の魔術師にしてやる」
そう言ってシュケテルはバロンの肩に手を置いた。
「僕を最強の……魔術師に」
「お前には才がある。それも相当のな。魔力もさらに鍛えればもっと増えるだろうし、魔術はさらに強力な術を行使出来る様になるはずだ」
「でも……」
「今日で悲しむのは終わりだ。イデアもいつまでも悲しんでいて喜ぶと思うか? 私は思わない。あの子はそういう子――いや、姉だったはずだ」
そのシュケテルの言葉でバロンは思い出す。生前の姉は明るい人だった。そして優しい強い姉だった事を。
「わかったよ叔父さん。僕は弟子となる! そして姉さんの自慢になる。この国最強の魔術師になってみせる!」
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