9 聖女の魔法

 聖女候補としてリヴァルと同じく王都に来たマリサは今日初めてアルドア王と面会する。マリサが王都にきて一月、その間に聖者マルロの下、礼儀作法、アルドアの宗教神(しん)教(きよう)の教え等を学び、見事その試験に合格した為、今日こうして王と合うのである。


「アルドア王ルシェ・イニア・アルド様は気さくなお方だが失礼がない様に。そしてあなたを予言した予言者テム様にも会えるだろうから失礼のない様に」


 聖者マルロは白い礼服に身を包み、金髪の髪を短くしている若い男だ。彼も預言者テムにより聖者に見出された一人である。

 同じくマリサも髪を整え、同じく白い礼服を着ている。二人は王城のとある応接室で待機していた。


「マルロ様。緊張します」


 マリサは震えながら言った。無理もない。 アルドアにおいて平民にとって王とは雲の上の存在だからだ。お顔を拝見できるのは新年の挨拶ぐらいで、しかも、王城前の大きな広場である。王城のバルコニーにいるのが見えるだけで、よほど目が良くないと顔はよく分からない。


「落ち着けマリサ。私も最初は緊張したものだよ。安心しなさい。王は厳しいお方ではないから」


 応接室のドアが開く。すると、一人のメイドが入ってきた。


「マルロ様、マリサ様。王の面会の準備が整いました。案内します」


「分かりました。では、行くぞ」


「はっはい」


 緊張したまま、応接室を出て長い廊下をマリサ達は歩き出す。

 オルドアの王城アヴァニア城内の内装は豪華そのものである。マリサにとって全て輝いて見えた。


「王の間はこちらになります」


 先を行くメイドが大きな扉の前で止まる。見上げるほどに大きな扉はここが特別な部屋であると物語る。メイドが扉の取っ手に手をかけた。


「ありがとうございます。では、入るぞマリサ」


「はい。マルロ様」


 その言葉を聞いて、メイドが扉を開く。すると中はとても広い空間が広がっていた。そこには多くのの人がおり、一番奥に王が王座に居座っていた。

 大部屋に入り、マルロとマリサは歩いていく。レッドカーペットならぬホワイトカーペットが轢かれており、二人はその上を歩いていく。

 王の間に集まっていた王の家臣、大臣達が聖女候補として選ばれたマリサに注目する。


「ほほう、あれが光の魔法とやらを」

「ふん。どうみても田舎の小娘ではないか」


 家臣や大臣は全て貴族である。平民でありながら光の魔法を使えるというだけで特別な存在として王政から優遇されるマリサを妬む者は少なくない。

 二人はカーペットを端までくると止まった。そして王の前で跪(ひざまづ)く。王座は五段の階段の上にあり、そこからアルドア王ルシュは二人を見た。


「聖者マルロ。聖女候補マリサを連れて参りました」


「ふむ。いつもごくろうであるなマルロ」


 アルドア王ルシュ。壮年の王で、茶髪の長髪と髭が特徴的な男の王である。これまでの王政は特に目立った政策をしておらず、良くも悪くもない王というのが平民の評である。


「聖女候補マリサよ。こちらに顔を向けよ」


「はっはい」


 緊張しているマリサの声は震えていた。

 マリサは顔を上げた。


「ほほう。聞いた通り普通の娘だな。この王都にいる小さな子達と何も変わらん」


 それが王のマリサに対する最初の言葉だった。


「王よ。侮っては何ませぬ。このマリサは必ずこのアルドアを救う聖女となります」

 最高の地位にいる王に対してものも申すのは王座の隣にいた予言者テムだ。

 テムは初老の女性である。神教の教皇の一人でマリサと同じく白い礼服を身に付けていた。神教の教皇はアルドア王とほぼ同等の権力を持つ。


「テムばあよ。それは何度も聞かされた。だが、本当か分からぬ。だから、その光の魔法とやらをここで見せてほしい」


「全く、私の言う通りにしないのは小さい頃から変わりませんね。まあ、いいでしょう……マルロ? 出来ますね?」


「はい。テム様。マリサ、出来るか?」


 そのマルロの問いにマリサは頷いて、立ち上がった。そしてその場で両手を合わせ、光属性の魔力を放出し始める。

 彼女がどうして聖女候補となったのか、それは光属性の魔力をその身に宿しているからだ。古来から人間は四大属性の魔力しか扱えないとされており、事実、その通りであった。火、水、風、土の四つのどれか一つを得意として行使できるのが人間であり、光の魔力は天使と一部のエルフのみが使えるとされてきた。

 だが、マリサは違った。生まれた時から手から光を放ち、そしてその力で他者を癒やした彼女は特別だった。


「では、やります」


 マリサは両手を合わせる。そして手に魔力を送り、放出する。

 光の魔力放出はうまくいった。瞬く間に王の間は光に包まれ、明るくなっていく。 


「これが光の魔法!? 初めて見たぞ」

「まぶしい! なんて神々しい光なのだ!?」


 マリサの光魔法に家臣大臣達がざわつく。王ルシュ驚きつつが手を上げた。


「ほう、もう良いぞ。確かに光の魔法であるな」


 ルシュの言葉でマリサは光の放出を止めた。


「疑って悪かったマリサ。そなたを正式に聖女候補として任命しよう。皆、異論はないな」


 王の問いかけに異論を出す者など皆無だった。それほどマリサの光は強烈だった。


「あ、ありがとうございます王様」


 マリサはそう言って一礼した。


「マルロ、テムばあ。この子は将来何からこの国を救うと考えておるのだ?」


 王ルシュの問いにテムが口を開く。


「おそらく――悪の根源かと」


 その言葉でその場がざわついた。無理もない。古代から存在する災いの元であるからだ。


「あの悪の根源だと!? いくら光の魔法が扱えるからといっても」


王ルシュが言った。

 

「私は信じております。私の見た夢を」


 予言者テムの予言は予知夢である。テムは定期的に夢を見ており、それは全て現実になるという的中率ほぼ百パーセントの予知夢であった。


「まさか人類最古の災いにして最悪の災いをこの小娘一人で倒せるなどと思っているのかテムばあよ。私には信じられぬぞ」


「今はまだ、信じなくてもよろしい。それはこれから見る予知夢でわかります。これまで見た夢から推測しておそらくこの子はあと六人と共に根源に立ち向かうでしょう」


「それは本当かテムばあよ。確かに強い七人が集まれば、あるいは――」


 王ルシュはそこで言葉を止めた。


「いや、それでも――」


「王よ。すぐにその六人が集まる気配はない。今はまずこの子を光の力を成長させましょう」


「そうか――なら、マルロよ。引き続き、マリサの指導を命ずる」


 王の命にマルロは「はっ!」と言って答えた。

 悪の根源。マリサには聞いたことがない言葉だった。だが、いずれ敵となるだろうと、この時のマリサでもそれとなく分かるのであった。






 

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