8 魔法使いと靴屋

 バロン達の向かいの家屋は靴屋を営んでいた。そしてその靴屋の息子であるコーディはバロン達と同年代であり、バロン達が向かいに来て以来、よく遊んだ仲だった。コーディは背が高く、橙色の髪を持つ少年である。歳はイデアと同い年だった。

 今日は休日。バロンとイデアそしてコーディの三人はそろって王都の市場に来ていた。王都の市場はとても賑わい、人や亜人で溢れかえっている。


「すごい人の数だね」


 姉の車椅子を押しながらバロンが言う。そしてその隣にはコーディがいる。


「確かにな。特に今日は多いんじゃないか」


 コーディが言った。

 王都最大の広場である第一広場には露店が所狭しと建ち並んでいる。休日でもあるが、近く祭りがある為か余計なのである。


「そうね……」


 イデアが言う。イデアは元気がない様子である。それには理由があった。

 彼女は十五歳になり、守り手の一族の特徴である魔眼を開眼したのだ。


「姉さん、やっぱり……」


 バロンは姉の気持ちが理解出来る。

 彼女の両目に現れたその魔眼の力。それは読心どくしんである。名の通り他者の心を読む力である。視界内の人全ての心を読む事が可能な魔眼であるが、開眼したばかりのイデアはその制御がうまくできずにいた。その為、無作為に様々な人々の心を読んでしまい、車椅子の自分に対する心の声にイデアは傷付いていた。


「ごめん二人とも……この広場から離れてくれないかな?」


 そのイデアの言葉に二人は顔を見合わせ、イデアの言う通りに第一広場から三人は離れるのであった。




 広場から離れた三人は王都の高台の小さな広場に来た。人混みは離れたそこは人通りも少なく、そして何より見晴らしがいい。


「ここまで来れば大丈夫だよね」


 バロンがイデアに問う。

 そしてここに来て心が落ち着いたのか、魔眼の発動は止まった。


「ええ。ありがとう……止まったわ。でも、ごめんね。三人で出かけるって決めてたのに……」


「気にすんなよイデア。しょうがねぇだろ魔眼開眼しちまったんだし」


 そい言ってコーディは笑う。その笑顔に対しイデアは癒やされたのか笑顔で返した。


「僕が一人で買い物行ってくるよ。姉さんとコーディにいはここで待っていてよ」

 

「わかったわ。ここで待ってる」


 バロンは二人を残してまた広場へと向かって行った。


「なあイデア。その目の力は俺の心も読んでしまうのか?」


 コーディが問う。


「うん……何かごめんね」


「なんで謝る? えっ!? もしかして、すでに俺の気持ち」


「いや、違うよ! まだコーディの心は読んでないから」


「そっそっか」


 コーディは赤面する。

 どうやら自分の気持ちを知られてしまったら困るようだ。


「でも、いつかは読んじゃうんだろ?」


「ないよ! 私、コーディの気持ち読まないよ。絶対。早く制御出来る様にするから」


「なら、いいんだけど。それはそれで何かショックなんだよな」


「ええっ!? じゃあ、どうすればいいの?」


 イデアの困り顔にコーディは笑う。


「ハハッ」


「何、笑っているの!? 私、本当に困ってるのに!」


「ごめんごめん! でも、ありがとうイデア」


 コーディのその素直な感謝の言葉についイデアは赤面してしまう。


「イデア。さっきの広場で何を読んでしまったんだよ?」


 そのコーディの問いにイデアは話したくないのか俯いた。


「私の車椅子が邪魔だとかな。それならまだ良かったんだけど、いつも買ってる店のおばさんが本当は私が嫌いなんだなだって知ってしまって」


 イデアは涙ぐむ。それほどショックだった。


「そっか……それはしょうがねぇよ。人の心なんて碌なもんじゃねぇな。でも、安心しろ。俺とバロンは絶対イデアを嫌いだとは思ってないからな!」


 コーディなりの励ましだ。


「これからもずっと嫌いにはならねぇよ。そこは安心してくれ」


「本当? 私、嫌いにならない? こんな足が動かない子なんて邪魔なだけとか思ってない?」


 読心のせいですっかり人間不信のイデアにコーディは言った。


「約束だ。嫌いにはならない。そして邪魔者なんて思わない!」


「そっか――ありがとう」


「それにバロンが言っていたろ? 僕が必ず足を治してみせるってよ」


 それは幼い時のバロンの言葉。一時期、寝たきりの姉に言った一言だった。


「無理よ。現代の医療でこの足を治す事は無理だろうと叔父さん言っていたもの」


「何を言ってやがる! あいつはこの国始まって以来の魔術の天才にして、そしてあの名医シュケテル先生の甥っ子だ! 将来、とんでもねぇ魔術を発明してイデア足治しちゃうかもよ?」


 コーディは笑顔で言った。


「なら、いいけど。そんな夢みたいな話、現実になるかな……」


「自分の弟を信じろよ。あいつ本気でイデアの足治そうとしてるぜきっと。口にしないけどな」


 確かに夜な夜な難しい本を読んでいる事はイデアでも知っていた。

 しかし、イデアは信じられない。読心の魔眼で余計である。


「うん、分かった。まあ、おばあちゃんになっても待ってるから」


「おい! そこまで待たせる気はねぇよ俺達は!」


「俺達はってどういう事?」


 コーディはしまったという顔をする。


「ええっとですね……それはその」


「怪しいな。心を読むよ」


「ええっ!? それは困るわ! てか、さっきと話違うぞ!? まあ、いいか――話すぞ」


 コーディは意を決した様子で話す。


「バロンと約束したんだ。イデアの足を治して、その足にふさわしい靴を俺が作るってな」


 コーディは赤面しつつ言った。


「私の足にふさわしい靴って……何、言っているの? こんな弱々しい足に似合う靴なんてあるわけないよ!」


 イデアの足は長年使えない為に細く、骨が目立つ弱々い足である。それは当然、コーディも分かっている。


「いや! 作る! 俺が作る!」


 それでもコーディは本気の様である。


「いくらコーディでも無理だよ。私の足に似合う靴を作るなんて」」


「無理とか言うな! やってみねぇと分からないだろ!」


 力説するコーディにイデアは涙目になる。


「おい!? どうして泣くんだよ?」


「泣いてないかないよ! ただ、私……良い友達がいて嬉しいなと思っただけ」


「と、友達か……」


 コーディは言葉が詰まる。


「何? まさか友達じゃないとか」


「違うよ! 俺たちは友達どころか幼なじみだろうがよ!」


「そう……だったわね」


 イデアはそう言って涙を拭った。


「俺な……その靴が完成してイデアにプレゼントしたら、言わなくちゃならないとこがあるんだ」


「言わなくちゃならないこと?」


「そうだ。だから覚悟しておけよ! 返事して貰うからな!」


 その時のコーディは赤面していた。だが、疎い様子のイデアは察してはいない様である。


「覚悟……? 何か怖いけど、その時が来たら、返事するわよ」


「よし! 約束だからな!」


「へぇ……何の約束だって?」


 その声はバロンだ。買い物を終え、買った物を抱えながら、二人の後ろに立っていた。


「おわー! バロンか! びっくりさせんなよ!」


「あらバロン。買い物は終わったの。お疲れ様」


「ああ、姉さん。終わったよ。それにしても、コーディにいは何かやったの?」


「何もやってねぇよ! ただあの約束を話しただけだ!」


「あの約束って……コーディにい! 秘密だって言っただろ!」


「しょうがないだろ。イデアはもう読心の魔眼で何でもわかっちまうだからよ」


「だからって……」


「いいのよ二人とも。その約束は守らなくても。足を治すなんて」


「何言ってるんだよ姉さん。僕は本気だからね。きっと治してみせるから!」


「そうだぞイデア。俺達を信じろ!」


 本気の目で見つめてくる二人に、イデアは読心の魔眼を用いろうと考えたが、それはやめた。


「はいはい。期待しないで待ってるからね。さてと、今日は帰りましょう」

 

 幼なじみと弟の約束。イデアは少し期待を持ってしまった事を心にしまう。

 三人のとある休日。小高い広場からは三人は遠方を見届けから、家路につくのであった。






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