6 魔法使いの姉弟
夕暮れに染まる王都のとある家屋。イデアは今日も一人、王都の外れに位置する平民街の家で弟の帰りを待っていた。彼女の住む家屋はアパートメントの集合住宅で三階建ての建物である。労働平民向けに作られた家は決して大きくはない。車椅子生活のイデアにとってはやや不便である。
夕飯の準備をするイデア。台所の棚にある調味料の瓶を取ろうとするが、届かない。
すると、彼女の横から手が出てそれを取った。
「バロン!? 帰っていたの?」
そこにいるのはバロンだ。学校を終えて家に帰ってきたのだ。バロンは調味料の瓶を姉に渡す。
「夕飯なら僕が帰ってきてからでもいいのに」
「だったら、もうちょっと早く帰ってきたらどうなの?」
少し不服そうな顔でイデアは言った。それに対し、バロンは何も言えない。何故なら放課後アルク達に付き合わされて、いじめを受けているなど姉に口が裂けてもいえない。もし知れたら姉はその体でも立ち向かうだろうとバロンは知っている。イデアは弟思い、そしてバロンも姉思いの仲の良い
「ハハッ。友達がなかなか帰してくれなくて」
「えっ!? バロン、やっと友達ができたの?」
喜ぶ笑顔で聞いてくる姉にバロンは(しまった……)と頭の中で呟いた。
はっきり言うが、アルク達が友達などとは言えないとバロンはわかっている。
「そ、そうなんだ……僕にも友達ができたよ姉さん」
「良かった。貴族の子供達ばかりと聞いて心配だったの。叔父さん
蔑ろの方がまだいい方だろう。バロンは殴られ蹴られるという暴力を受けている。そうならば無視された方がまだいいとも言える。
「僕だって友達ぐらいできるよ。姉さんは心配性だよ。僕は先生に褒められるほど魔術が上手いんのだよ」
「そうだったね。バロンはこの王国始まって以来の魔法の天才児。お姉ちゃんは自慢しなくちゃね」
そう言うイデアは満面の笑みだ。笑顔の姉に対し、バロンは心の底から笑えはしない。 なぜなら友達は嘘だ。姉を心配かけまいと嘘をつく。姉の為だとはいえ、罪悪感は皆無ではない。
「よし! 夕飯作るからバロンはリビングにいて」
「僕も手伝うよ」
「いいの。バロンは家事より宿題した方がいい。もっと賢くなって叔父さんの手伝いしなきゃね」
「でも――」
「私だって家事ぐらい出来るのバロン。いつまでも足が不自由な姉じゃないんだから!
叔父さんが考案したこの車椅子のおかげで、歩けない私でも料理が出来る様になったんだし、ここは姉に任せない!」
イデアはそう言って拳で胸を突いた。そんな姉の元気な姿を見て、自然とバロンは笑みをこぼす。
「わかったよ姉さん。リビングで勉強するよ」
バロンはそう言ってリビングに向かった。そして机で勉強を始めようとするが、既に机の上には何やら書き物が置いてあった。
「あっ! バロン。それは!」
イデアが少し慌てた様子でリビングに来た。
「黄金の国への冒険? ジパングとマルコ?」
「アハハッ……見られちゃったか」
「姉さん、もしかしてこれって?」
「物語を書いているの。私……話を書きたくなったの」
イデアは平民でありながら読み書きが出来る。
この時代の平民の子供達に対し国による教育はない。学校はあるがそれは貴族の子供達の為だけであり、平民の学校は建てらていない。どうしても教育を受けたいのであれば家庭教師を雇うぐらいしかなく、それが出来るのは貴族が金持ちの平民家庭ぐらいだけだ。 イデアは女子であり、余計に教育が受けにくいはずだが、叔父の計らいで読み書きは教えて貰ったのだ。
「すごいよ姉さん。物語を書けるなんて!」
「凄くないよ。面白くないだろうし……」
「それはできてからじゃないと分からないよ。完成したら僕に読ませてくれる?」
そのバロンのお願いにイデアは少し赤面しながらも快諾した。
「はっ恥ずかしいけれどバロンならいいよ」
「約束だからね」
「分かった。でも、いつ完成するか分からないよ?」
「それでもいいよ」
バロンは笑顔でそう言った。
親を亡くした姉と弟。叔父が不在の元、姉弟二人、かけがいのない家族として慎ましく暮らしていた――
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