5 勇者と聖女の旅立ち

 東の大陸の一国アルドアのとある村。そこに住む幼い男女リヴァルとマリサは今日、この村を旅立ち、王都であり聖地アヴァニアに向かう。王国騎士カデナ・マークスに見いだされて一年。リヴァルは剣士になるべく、そしてマリサはその光属性の魔力を見込まれて聖女候補として聖地に赴くのだ。


「おいリヴァル! 家が恋しくなって泣くんじゃねーぞ!」


 牧場の出入り口で見送ろうとするのはリヴァルの両親バンとスズとその家族。そしてマリサの父カルロだ。

 一年前、突如現れてた王国騎士を前にバンは決して息子を剣士などにはしないとずっと断り続けたが、熱心なマークスについに根負けし、今日に至った。一方、マリサの父カルロは当初困惑しながらも、神教の予言と王都から赴いて来た聖者マルロの言葉を信じ、娘を送り出すと決めたのであった。


「いいリヴァル? ちゃんとご飯を食べて、早寝早起きしなさいよ」


 心配そうな顔で母スズが言った。そしてその背後から幼い子供二人が顔を出す。

 一人はリヴァルの妹シャロン。もう一人は弟アントンだ。両名とも兄に似て活発かつお転婆であるが、今日だけは涙目だ。


「お兄ちゃん! 王都に行っても元気でね!」


「兄ちゃんがいなくても俺が牧場を守るからな! 帰ってきてももう兄ちゃんの席ねぇからな!」


 何かと兄と張り合うアントン。威勢のいい事は言ってはいるが、目が潤んでいる。

「おうよ! アントン。父ちゃんとここを頼むぜ!」


 一方、リヴァルは兄の威厳の見せたいのか泣きそうな雰囲気はない。


「いいかマリサ。聖者様のお導きの元、立派な聖職者になりなさい」


 マリサの父カルロはこの牧場で働く身である。八年前、遠い地方から旅を続けていたカルロ夫妻であったが、例の妻の出産を機会にバン夫婦と親しくなり、牧場近くの家屋で住みながらこの牧場で働いていた。


「はい。父さんもどうかお元気で。母さんの事はとても心配ですが、王都でも毎日回復を祈ります」


 マリサの母アンネッタは出産後しばらくは健康であったが、三年前から不健康が目立ち始め、今では家屋でほぼ寝たきりであった。


「分かっているよマリサ。母さんの事は任せてくれ」


 この言葉を聞いたマリサは涙目になりながらもそれを拭き取り、父親に笑顔を見せた。


「はい! 行ってきます父さん」

「では、行こうか二人とも」


 マークスは荷馬車を用意していた。二人は荷物を荷台に載せ、それぞれ父親に荷台に乗せてもらった。さすがのバンもここに来て涙を見せる。


「くそ! 息子の前では泣かねぇと決めたはずなんだけどよ」

 

「バン。普通の親ならば泣きますよ」


 バンをカルロが慰める。父親二人揃って涙もろい様だ。


「父ちゃんよ。俺は泣かねぇぜ! 立派な剣士になってやるからよ」


「ふん! ダメだったらいつでも帰って来いよ。そん時は慰めてやる」

「ええ? そん時は父ちゃんより母ちゃんに慰めてもらうわ」


「可愛げない息子だぜ全く!」


「ハハッ。では出発します」


 マークスのその言葉により、荷馬車は動き出す。快晴の丘陵地帯の中、一台の荷馬車が進み始めた。皆、手を振り見送る。しばらくして荷馬車からリヴァルが叫んだ。


「父ちゃんーー! 俺が居ないからってお漏らしすんじゃねぇぞ!」


「それはこっちの台詞せりふだバカ息子!!!!」






 

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