4 魔法使いの友達

 ガラン王国王都ガラテム。山の頂上に王城がそびえ立ち、その王城を中心に建物が数キロ先まで建ち並ぶ城郭都市であるガラテムは西の大陸において人間種最大の都市である。魔物、魔人が多い西の大陸において、都市や町を壁で囲むのはこの地方では常識の街の作りだ。その為、このガテラムも例外なく立派な城郭都市だ。

 その城郭都市のとある建物、王城に近い山の中腹に位置するその建物の一室の中で八歳となったバロンは一人立ち上がる。そして黒板に向かい、何の躊躇ためらいもなくその黒板に書かれた魔術の問題の答えを記した。


「正解だ。さすがだなバロン」


 黒板の横に立つ男の担任教師が満足そうな顔で言った。しかし、バロンは褒められても特に笑顔も見せず、仏頂面で席に戻った。


「みんなもバロンを見習うんだぞ。バロンは我が国始まって以来の魔術の天才児だ。そんな天才と一緒に学べることはとても栄誉なんだ」


 どうやら担任教師はバロンを教え子にできて自慢のようだ。それもそのはずである。イデアに助けられたあの赤子バロンは既に八歳でガラン王国魔術の最高レベルに属する魔術を発動出来るのだ。これはガラン王国始まって初めてのことで、王を含め、大臣、家臣も驚きを隠せなかった。


「はーい」


 教室にいるほとんどの子供達が素直に返事をするが、例外もいる。それはバロンを気に食わぬ男の子達である。その子達はバロン王国特有の身分『戦士貴族』の子供達だ。戦士貴族とは国境付近に出没する魔人や魔物と戦う一族で、代々王国に仕えてきた者達である。

 長年、王国に尽くしてきた戦士貴族はプライドが高い者が多く、平民出身でありながら、その天才性だけでこの高等民学校に入学しているバロンに対し、戦士貴族の子供達は目の敵としていた。

 そう、つまりはいじめである。


「けっ! 何が天才児だ。魔術しかできねぇヒョロヒョロのくせによ」


 バロンに聞こえる様に大きな独り言を言った男の子の名はアルク・イヴァング。戦士貴族最大戦力を持つ名門イヴァング家の息子であり、このクラスのスクールカーストにおいて頂点に位置する男の子である。同世代と比べると一回り大きな図体は年上なのではないかと思わせ、子供に不釣り合いのその鋭い目は睨まれると大人でさえひるむのであった。

 それに比べてバロンは年相応であり、頭脳以外は普通の八歳の男の子だ。ただ黒い髪に黒い瞳はこのガラン王国においては珍しい為、目立つ。


「ははっ。そんなことは言ってはいけないよアルク」


 笑いながら注意する担任教師。本来ならば、笑顔など見せる所ではない。しかし、イヴァング家の権力を前に担任教師は強くは言えない。そして、この担任教師は優しい男ではあったが気が弱い男でもあった。

魔術の授業は進む。そして終わりのチャイムが鳴り、担任教師が授業を終えて教室を出るとアルクとその取り巻きの男の子達五人がバロンの席を囲む。


「よお、バロン。お得意の魔術授業は終わったな。だから、俺と体術対決しようぜ」


 笑いながらアルクは言った。頭脳明晰のバロンであるが、体を動かす系統は平凡と評されるレベルだった。


「――嫌だ。どうせ最後に皆で僕を殴って蹴るんだろ?」

 

数的不利を前に怖じ気づかないバロンは気丈だ。何故なら、彼には両親がいない。八年前に災害にて両親は死に唯一一緒に生き残った姉と現在二人暮らしである。裕福ではない姉との生活の前ではこの程度は我慢できる。


「うるせぇな! いいからやろうぜバロン」


 取り巻きの一人がバロンの黒い服をつかみ、彼を席から無理矢理立たせた。


「離してくれよ」


 バロンは訴えるが、当然無視された。

 そしてアルクがバロンの肩を殴る。強い殴りはバロンの肩に痛みを走らせる。


「止めろ!」


 バロンは逃げようするが、取り巻き達が囲み逃げ道を塞ぐ。そしてアルクは言った。


「ここじゃダメだ。いい所で戦おうぜ」


 そのアルクの笑みを前に、バロンは諦めた。もう、慣れたことだとバロンは思っている様だった――








  夕焼けに染まった教室に一人帰ってきたバロンの服は汚れていた。あの後散々体術対決をやらされて、体をあちこち殴られ蹴られて、そしてやっと彼は解放されたのであった。


「――クソ。体が痛いな」


 独り言をつぶやきながら自分の席に戻る。その時だった。バロンは自分以外に教室に人がいることに気づいた。


「バッバロン、大丈夫?」


 尋ねてきたのは一人の女の子。茶色の髪のおかっぱ頭でワンピースを着たクラスメイトのエリン・ココスタだ。貴族の娘であのアルクの許嫁である。


「エリンさん。どうして教室にまだ居るんだい?」

 アルクの許嫁ならば彼の味方と思われるが、彼女は気が弱く、大人しい子であった。その為、自ら彼と一緒に行動することはない。


「またアルクがいじめたみたいだったから、心配で……」


 エリンはアルクと正反対で心優しい女の子だ。


「大丈夫さエリンさん。もう慣れたよ」


「慣れていいことじゃないと思う。なんだったら私のお母さんに言って怒ってもらおうか?」


 その提案にバロンは笑顔で言った。


「大丈夫だエリンさん。僕は本当に大丈夫だから。そんなことより教室で僕と話すなんてやめた方がいい。どこで誰か見てるか分からないよ」


 バロンとエリンがこうして話すようなったのはバロンが一人図書室で勉強していた時に同じく図書室で勉強をしていた彼女の忘れ物をバロンがエリンに届けたのがきっかけだ。それ以来、勉強が出来るバロンにエリンは勉強を教わっていた。


「いいわそんなの。だって私たちもう友達でしょ?」


 その言葉にバロンの鼓動は少し早くなった。


「平民の僕と友達なんてダメだ。君は将来アルクと一緒となるんだから、僕と友達なんてあのアルクが許さないよ」


 その言葉に何もエリンは言い返せなかった。あの力が強いアルクを前にエリンも同じく何も出来ない。


「じゃあ、僕は帰るね」


 バロンはそう言って自分の席から鞄を取り、教室から出ようとする。その時だった。


「バロン。これだけは言わせて」


「えっ?」


「バイバイ! また明日ね」


 少し恥ずかしそうにエリンは言って駆け足で教室から出て行った。

 バロンは一瞬唖然とするが、小さな声で言うのであった。


「うん……エリン。また明日」



 

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