3 勇者の剣
東の大陸の国アルドアに生まれたバンとスズの子リヴァルと同じ日に生まれた旅人の夫婦カルロとアンネッタの子マリサは、彼女の両親がバンの農場にて住み込みで働く事で共に仲良く育っていた。バン譲りの茶色の髪と活発な性格を引き継いだリヴァルは大きくなるにつれて村で一番元気でやんちゃな男の子と知られるようになり、他の村の悪ガキ達を懲らしめる正義感の強い子に育っていた。一方、マリサは目立った美しさはないが澄んだ橙色の髪を一本の三つ編みにし、温厚かつ敬愛に満ちた笑顔が特徴的な心優しい女の子となっていた。
二人が生まれてもうすぐ八年がたとうとしていた。今日の村の天気は久々の快晴だ。広大な敷地で一頭の馬が幼い二人を乗せ
「おいリヴァル! 今すぐ馬を止めろ!」
その馬の後方には懸命に走って追いかけるリヴァルの父バンの姿があった。リヴァルはいい子だがやんちゃであり、最近ではそれが特に目立っていた。父バンを悩ませていた。
「くっ! 今度は馬を覚えやがって! 我が子ながらとんでもない子だ!」
息切れしながら手を膝についたバンはそう
「あのリヴァル!? おじ様が怒っているの様に見えたのですか?」
同じく馬に乗り、リヴァルにしがみ付くマリサがリヴァルに問いただす。
「怒られるのは帰ってからだ! 今はシデルの加勢が先だ!」
同じ村の子で弱虫のシデルはいつも他の村の子にいじめられていた。それをいつも助けるのはリヴァルで、今日は馬に乗ってかっこよく登場、馬の迫力でいじめっ子達を圧倒する計画なのだ。
「あのう――私も怒られるのですけど?」
「いいじゃんマリサ。いつもの事じゃん」
そのリヴァルの返答に呆れるマリサであった。
「もう~いつも巻き添えを食らう私の事も考えてくださいよ」
「ドンマイ!」
リヴァルは馬を蹴ってさらに加速させた。幼馴染の憂鬱など気にも留めず、リヴァルは己の正義感を信じて突き進むのであった。
「正義の味方! リヴァル登場!」
リヴァルの叫びと共に馬が大きく棹立ちし、
「またてめぇか! リヴァル!」
場所は森付近の広場。そこには数十人の子供達がいた。片方はリヴァルの住む村の子供達、そしてもう片方は隣村の子供達である。その隣村の子供達の中でもひと際目立つ男の子がいた。隣村のガキ大将ジッケだ。リヴァルより歳は一つ上、しかもガタイも同世代より一回り大きいジッケはこの近辺では最強の称号を与えられている力が強い男の子である。それに比べてリヴァルはジッケに劣らない程勝ち気な性格ではあったが、体躯は並であった。その為、幾度か拳を交えたリヴァルとジッケの対決はジッケの勝利が多い。リヴァルは幾度も涙目になって家路についた事もある。
「ふん! 懲りずにまた来やがったな」
仁王立ちでニヤっと笑い立ち塞がるジッケに対し、リヴァルは馬の上に立ち「とう!」と言って飛び降りた。
「馬にビビらないとはさすがだぜジッケ! 今日こそお前のキンタ〇を潰してやるぜ!」
「下品な言葉は使っていけません」
馬を丁寧に降りながらマリサが言った。
「うるせぇ! お前は俺の母ちゃんか!」
「おば様に言いつけられているのです」
マリサはリヴァルと同い年でありながら礼儀正しく、品行方正な女の子であるためかよく大人達からは信頼されており、リヴァルのお目付け役として見られている。
「てめーの嫁も今日もうるさいな。よく飽きずに一緒にいられるもんだ」
「嫁とか言うな! べっ別に結婚するつもりねぇし」
「わッ私もです。リヴァルは単なる幼馴染です」
顔を赤くして実に分かりやすい二人であった。もう何度も茶化し過ぎて見慣れてしまった光景にジッケは軽くため息をつく。
「まあいい――それで今日はどう勝負するんだ?」
殴り合いの他にも駆けっこ、木登り、川での泳ぎ勝負など数々の勝負をリヴァルとジッケは行ってきた。その結果通算成績はジッケの勝利が少し多い、負けず嫌いのリヴァルは納得していない。今日こそ勝つを一つ増やす意気込みである。
思い付く大体の勝負事はやってしまったが、まだやっていない勝負はある。
「今日は剣で勝負だジッケ!」
リヴァルは近くにあった一本の木の棒を手にして掲げた。真っすぐで適度に長いその木の棒は剣がわりである。
「なるほどな。剣、つまり‘剣術’勝負って事か」
ジッケはそう言いながら森に入り、適当な木の枝を折ってそれを己の剣とした。
「おもしろい! 今日も勝たせて貰うぜ」
明らかにリヴァルの棒より太くて長い木の棒をジッケは選んだ。
「やっちゃえジッケ!」
「生意気なリヴァルを叩きのめせ!」
「今日も勝って連勝だ!」
隣の村の子供達がジッケに声援を送る。
双方適度な距離を保ち構えた。緊張感が伝わる空気となり、一瞬沈黙したが、ジッケが先攻した。
「おら!」
頭の上から振り下ろす一撃。リヴァルは難なく避けるが、地面に直撃したジッケの剣は地にめり込んだ。
「すげぇ力だな」
リヴァルはジッケの力に驚きつつも、当たらない間合いを保つ。しかし、ジッケは間合いを詰める攻撃を繰り出すのであった。何度も振り下ろされる剣にリヴァルは避けきる事が出来ず、ついに己の剣で受け止める。受け止めると同時にジッケの強い力に押された。
「くっ!」
「おらおら! どうした」
次第に腰が下がっていくリヴァルに対し、ジッケは笑みを浮かべる。単純な力では負けると判断したのか、リヴァルはうまくジッケの剣を受け流し、後ろに跳んだ。
「おっと! うまく流したか」
流れよろめきながらもジッケは余裕である。
「次はこっちからだ……!」
リヴァルは反撃に出る。素早い動きでジッケに迫るが、一撃一撃が弱い。難なくどの攻撃もジッケに受け止められた。
「ふん! 動きが少し早いだけで、力は弱いな!」
力はジッケが有利、素早さに関してはリヴァル有利であるが一撃一撃が弱く。ジッケの防御の前では打ち破れない。防戦一方のジッケは痺れを切らし、リヴァルが受け止めた瞬間大きく力任せに押し返し、吹き飛ばした。リヴァルは尻餅をつく。
「終わりだ!」
大きく振り上げたジッケに対し、リヴァルは恐れる事なく間一髪で避けた。
「へぇ――よく避けたな」
ジッケの振り下ろした剣は再び地にめり込んでいた。
「リヴァル!」
幼馴染の戦いを息を呑んで見守っていたマリサが叫んだ。
「心配するな! なんだか俺つかめてきたぞ!」
リヴァルは自然と笑みを浮かべた。リヴァルは剣において己が天性の才覚を持っている事を知らないが、無自覚に悟っている様だった。
「行くぞ!」
リヴァルは構えた。それは独自の物である。右足を前に出し、左足を下げた。そして剣を両手で持ったまま地面に対して水平にする。
「かっこつけんなよリヴァル!」
ジッケが突撃する。リヴァルはその突撃を真正面から受けた。誰もがジッケ優勢と見たが、違った。リヴァルが押していた。
「なっ!?」
「すごいリヴァル」
先ほどとは違う速さでジッケの剣に攻撃を繰り出すリヴァルの動きは圧倒的だった。ジッケはあまりの速さに驚き、受け止めるので精一杯だった。ジッケは攻撃される最中、力を込めて押し返そうとしたが、それを見切ったリヴァルによって避けられ、逆によろめいた。そしてその隙を逃さず、リヴァルは剣を叩き落として、ジッケの腹にきつい突きを食らわした。
「おごっ!」
ジッケは吐き気を催し、その場に膝についた。
「俺の勝ちだジッケ!」
高らかに勝利宣言をするリヴァルに対し、涙目になりがならもジッケは立ち上がってその場から逃げ出したのだった。
「覚えてやがれ! 明日は勝ってやるからな!」
「一昨日来やがれ!」
剣勝負はリヴァルの勝利。その事実が村の子供たちを喜ばせる。一斉にリヴァルの周りに集まった。
「すげぇリヴァル! 最後の反撃すごかったぜ!」
「剣じゃこの村最強じゃないかな!?」
「やっぱリヴァルはすげぇや!」
その中でシデルも喜んでいた。そんな中、決して幼くない声が聞こえてくる。
「素晴らしいな――」
その声に子供達は一斉に振り向いた。すると、そこには真剣を腰に備えた若い男がいた。そう、男は剣士である。
「君は明らかに剣術の才を持っているな。それも相当な」
「あんた誰だ?」
リヴァルが訪ねた。男は答える。
「俺は王国剣士カデナ・マークスだ。この森には魔物退治に来ていた。それにしても君は凄い。先ほどの剣裁き見事だった」
青髪と整った顔立ち、そして気品あふれるオーラから下民ではないと村の子供達でも分かった。姓を持っている事は中民以上であり、身分が高い上民である事は明白である。
「王国剣士……王国剣士ってあの!」
シデルが思い出す様に言った。
「知ってるのかシデル?」
「うん。お父さんから聞いたよ。この国で王に認められた剣士なんだって。高い剣術を認められた人しかなれないって聞いた」
「へぇ……よく知っているね」
マークスは笑みを浮かべて言った。しかし、子供達は見慣れない大人に警戒している。
「その剣士様が俺になんの用だよ?」
リヴァルは喧嘩腰の口調で訪ねた。
「単刀直入に言おう、君――私の弟子にならないか?」
「……はっ?」
思いがけない言葉にリヴァル達は唖然としてしまう。
「弟子? 弟子だって!?」
「そうだよ。君に興味が湧いた。私の弟子となりその才能を生かしてみないか? 君には天性の才能があるぞ」
「いや――急に言われても」
この国において王国剣士に認められるという事は大変名誉である。だが、それは同時に戦いに身を投じよという意味でもある。
「ちょっと待ってください!」
マリサが遮る様に言った。ガデナを信用できないのかリヴァルの前に立つ。
「お話が急すぎます。それにあなた本当に王国剣士なのですか?」
「これは失礼した。ならば村長の家に向かおう。村長なら俺の身分を証明して貰える。それにこれを見せてあげよう」
ガテナは懐からある物を取り出した。それは王国剣士の証である〝剣士勲章〟である。銀色のペンダントで、王国石が中央に備えつけられており、輝いていた。
「すごい! 本物の王国石だ! 初めて見た!」
興奮したシデルは食い入る様に言った。彼の言う通りで、マークスの持つそれは本物であった。これを持つ者は王国剣士団に属する者だけであり、高い位の証である。「シデルがそう言うなら本当だろうな」とリヴァルが呟いた。
シデルの親は卸売り業者で、親に連れられて何度か王都に行った事があるためか、村の子供達の中でもシデルは物知りである。リヴァルは弱虫ながらも物知りであるシデルを気に入っている。
「すごいよリヴァル! 剣士様に認められるなんてすごい事だよ」
「ありがとうよシデル。でも、俺は父ちゃんの跡を継いで農家をやるって決めてんだ」
「そうか――なら君の両親に合わせてくれ。説得しよう」
図々しいと感じたのかマリサが怒りを感じさせる顔でマークスの前に立ち塞がる。
「おっ王国剣士であろうとリヴァルの人生を翻弄するのは・・・・・・」
少し
「そうか、君は彼が好きなんだね」
その言葉にマリサは赤面するも、立ち塞がったまま叫んだ。
「違います!」
「ははっ、これは失礼。無理に彼を弟子にはしないよ。もちろんご両親の許可を得てから弟子にするつもりさ。無理なら引き下がるさ」
マークスは爽やかな笑顔で言い、無理強いはないと言っているがまだマリサは信用していない様子だ。
「あっ! いた!」
その声にその場にいた者全員が振り返った。すると、そこには一人の女の子がいた。リヴァル達よりは背の高い女の子がリヴァル達の元へ駆け寄ってくる。
「マリサ! 探したわ」
「ナリティ。どうしたの?」
ナリティはリヴァル達より少し年上の村の女の子である。癒しの力を持つマリサに病弱の祖母の治療を時々頼んでいる。ここ最近はもう日常になりつつあった。
「おばあちゃんが苦しんでいるのですね?」
マリサは察していた。
「そうなの――来てくれる?」
当たり前のような遠慮を感じないナリティの頼みにマリサは笑顔で快く答えた。
「もちろんですよナリティ。あばあちゃんが笑顔になるなら私もうれしいですから」
マリサは心優しき女の子だ。生まれ持った癒しの力を無償で他者に施すのだ。その様は幼いながらもどこか天使を思わせるのであった。
「ありがとう! じゃあ早速行きましょう」
ナリティは笑顔で言った。
「という事でリヴァル、私はナリティの家に行きますので先にちゃんと家に帰っててくださいね」
「えっ? まあ、気が向いたらな」
信用できない返答にマリサはため息をついた。
「勝手に馬を持ち出しているのですから帰りなさい。おじ様に怒られるのは私も付き合いますから」
「別にいいって、俺一人で十分だからよ。夕方には帰るぜ」
「もう、リヴァルは本当に身勝手ですね。もう、一人で怒られなさい」
「へいへい、了解しました」
マリサが歩き出そうとしたその時、マークスが言った。
「待ちたまえ君。どうして君が行くとその子の祖母が苦しみから解放されるのだ?」
マークスの疑問は当然である。ただの子供が病気に苦しむ大人を癒す事なんて話は聞いた事がないからだ。魔術がまだ一般化していないこの時代、平民が治癒魔法を使える事はほとんどないに等しい。まして子供なら尚更である。
「どうしてって、マリサは手の平から光を出せるからだよ」
ジデルが言った。その言葉にマークスは驚きの顔を見せる。
「おいおい、まさか……あの予言が本当だっていうのか!?」
興奮気味のマークスに理由が分からない子供たちは互いを見合わせた。ただ、その中でマリサただ一人、不安を募らせた顔を見せる。
「今日はなんて日だ! 素晴らしき剣士になりうる男の子と、予言の子らしき女の子を見つけたこの日は最良の日だろう」
マークスはそう言って、マリサに言った。
「君のその力を俺にも見せて貰いたい! そして君の両親に会うのはその後だ」
こうしてこの日の出会いが二人の運命を決定づけた。後の王国最強騎士リヴァルと神教の聖女マリサの人生はこの出会いから始まるのである――
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