幕間1-2:お姉さんになった日

 私がアキと出会ったのは、まだ私が小学校一年生で、アキが幼稚園生だった頃――――

 その頃の私は…………いいえ、今でもそうなのだけれど、両親が仕事で家にいないことが多くて、帰宅しても一人で寂しい思いをするだけだった。


 そんな私は、休日にやっぱり両親がいなくて、途方に暮れて近所の公園に立ち寄ったとき、たまたま一人で遊具で遊んでたアキを見つけて、なぜか私も一緒に遊び始めてそのまま意気投合したの。

 アキはおとなしくてとても従順だった。私が「ついてきて」と言うと、何の疑いもなくトコトコついてくるものだから、まるで新しい弟ができたみたいでとても新鮮だったわ。


 で、一緒に遊ぶのがあまりにも楽しかったから、そのままアキを家に連れて帰ろうとしたのだけれど…………アキは「おかあさんといっしょにかえらないといけないから」って、初めて私の命令を拒否したの。

 そんなこと言われたら、流石の私も無理に連れて帰ることはできないってすぐに分かったわ。

 だから私は――――


「わたしをアキちゃんの家の子にして」

「えぇ……」


 無理やりアキの手を引っ張って、同じ公園のベンチにいたお母さまに直談判した。

 連れて帰れないなら、私が一緒に行く。むしろ、全然家に帰ってこない両親なんかよりも、ちゃんと一緒に来てくれている優しいお母さまのいる家の方がよさそうだから、いっそのことアキの家の子になっちゃえって思ったわ。


 あの時のお母さまの唖然とした顔は、いまでもよ~く覚えてる。

 そして、私の言葉でお母さまはいろいろ察したのでしょうね。家はどこなのとか、両親が心配してないかとか、いろいろ聞いてきたけど、私は頑として「家に帰りたくない」って主張した。


「うちの子になるのは流石にアレだけど、ユーコちゃんのお母さんたちが帰ってくるまでは、うちで遊んで行ってもいいわ。

そのかわり、おばさんの言うことは絶対に聞くって約束すること、いいわね?」


 いわゆる「放置子」の問題が広がり続ける中で、詩子お母さまは親切にも私を家の中に招いてくれた。

 その日は初めてほかの人の家で手作りのお夕飯を食べたのだけれど、その時に出されたのがカレーだったわ。

 温かくて……美味しくて…………「お替り」という概念を知ったのも、この日が初めてだったかもしれない。


 結局、お母さまがどうにかして私の両親と連絡をとって、深夜に迎えに来てもらったみたいだけど、私は遊び疲れてすっかり眠ってしまっていた。

 だから、次の朝起きたときにはいつも通り誰もいない部屋と、用意だけされた朝食を見て、日曜日のことは夢だったのかと思って、とってもショックだったわ。






「とまあ、こんな感じ。あの頃の私はまだ幼かったから、思えばずいぶん無茶なことしたわね」

「いやー姉さんの暴君ぶりは、今もあんまり変わってないと思うけどね…………っていひゃいいひゃいいひゃい」

「誰が暴君よ、誰が」


 相変わらず一言多い、不出来な弟のほっぺたをグニグニと引っ張る。


「こらこらユーコちゃん、アキちゃんをいじめちゃダメって約束したでしょっ」

「いえお母さま、これはいじめじゃなくて姉弟愛よ」

「なら仕方ないわね♪」

「いや許しちゃダメでしょっ! ユーコ姉さんもアキホのほっぺを伸ばすのやめなさいよっ!」

「あらあら、本当に家族みたいですわね」


 そう、はじめのうちこそ「嫌われたくない」って思いが強くて、アキの家に馴染もうと必死になっていたけれど、あまりにもなじみすぎて、アキをほとんど子分扱いするようになるのにはさほど時間はかからなかった。

 それでもこうしてお母さまからお目こぼしを食らっているのは、アキの面倒をしっかり見なきゃと自負する心があったからだと思う。


「あたしはアキホと幼稚園が一緒で仲が良かったんだけど、ある日突然ユーコ姉さんが幼稚園にやってきて、アキホのお母さんの代わりに迎えに来たって言って連れてこうとしたの、今でもしっかり覚えてるわ!」

「そして私とリンネで喧嘩して、二人してお母さまに怒られたのよね」

「小学生が幼稚園児と喧嘩したのかよ………」


 お母さまは、私が悪いことをするときっちり叱ってくれた。

 そして、叱るときは必ず「ユーコちゃんはお姉ちゃんなんだから、悪いことするとアキちゃんに嫌われちゃうわよ」って言われるのがお約束だったわ。

なんだかんだ言って、私にはこの一言が一番よく効いたわ。

 だから私は「姉」として、アキには「ユーコ姉さん」と呼ばせて、私自身が本当に姉としてふるまえるよう努力した。


「でもなんだかんだで、あたしもユーコ姉さんとはいつの間にか仲良くなってたし、結構強引なところはあったけど、あたしのことまで妹のように守ってくれたのは感謝してるわ」

「そうそう、強引ではあったけど、僕たちのおもちゃを取ったり、理不尽に殴ったりはしなかったね」

「あなたたち…………そんなに私は強引だったかしら?」


 アキとリンネは揃って頷いた……

 そう思うなら、その頃言ってくれればよかったのに、今更文句言っても遅いわよ。


「ふふふ、やっぱり強引なところが優古さんの魅力なのでしょうね。

そのあたりは昔から変わっていないのでしょう」

「そうね…………しばらくの間離れ離れだったけれど、私たちの「姉弟」としての関係は、昔からあまり変わってないのかもしれないわ」


 人数が増えたとはいえ、今の生徒会メンバーはあの頃の関係をもう一度よみがえらせた形のように見える。

 けれども、良くも悪くも変わってしまったことも多い。


 リンネは数年見ないうちに、心も体も随分と成長して帰ってきた。

 昔からちょっと素直じゃなかったけれど、今では態度も胸部も随分と大きくなったみたい。

 いつ下克上を狙ってくるか、ちょっと気が気じゃないわね。

 そして、隣にいるアキも…………昔は私より身長が小さかったのに、中学生の間にずいぶんと伸びた。

 性格はあの頃とあまり変わらない、と思っていたのだけれど、やっぱりどことなく遠いなって感じることがある



 この関係も、そう遠くないうちに終わってしまうのかしら。

 そう思うと……少しだけ胸の奥が痛くなった。 

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