幕間1-1:日曜日のカレーライス
ドロッとしたルゥから漂う独特のスパイシーな香りと、炊き立てのご飯から湧き上がるふわっと包まれるような香り…………久しく遠ざかっていた鼻に沁み込む二つの香りが、私の食欲をマグマの様に沸き立たせる。
「お母さま、持っていくものはこれで全部かしら」
「ええ、助かったわユーコちゃん」
私――――哘優古は、親睦ピクニックから帰った後、いつも通りアキの家で夕食をいただくことになった。
今日のメニューはカレー。
ルゥは何の
「わはぁ! これこれっ! このカレーが食べたかったのっ!」
「リンネ、涎が垂れてるよ…………お替りする分あるかな?」
「兄さんたち、私のお替りの分も残しといてよねっ!!」
「安心なさい。お鍋二つ分も作っちゃったから、遠慮なく食べてちょうだい! もちろんお替りもいいわよ♪」
「私もごちそうしていただけるなんて、本当にありがとうございます」
「カレーの匂いがした時から死ぬほど腹が減ってたんだ! もう待ちきれねぇよ!」
アキ、モエちゃん、リンネだけじゃなくて、この日はササナとアーモンも一緒に夕飯を食べていくことになった。
みんなが、早く食べたくてうずうずしているのを見ると、なんだか犬が「待て」をされているみたいで、ちょっと吹き出しそうになった。とはいえ、きっと私も同じような顔をしているのでしょうね。
私が幼い頃にこの家に入り浸っていた時から、日曜日の夕飯はいつもカレーと決まっていた。
車で公園やレジャー施設に遊びに行った帰りに、いつものスーパーマーケットに寄って食材を買って、日曜アニメを一通り見た後に空腹の体を手作りのカレーで満たす。もちろんたまには外で食べたりする日もあったけれど、私はむしろカレーの方が楽しみだったわ。
大きめに切られたニンジンジャガイモ玉ねぎ、それにたっぷりゴロゴロ入った豚肉を、中辛のカレールゥが包む。これを白米と一緒に食べると、もう言葉にならないくらいおいしいの。
普段小食の私も、この日ばかりは食が進む。お替りもしちゃおうかしら。
「んん~っ! やっぱりアキホのお母さんのカレーが一番っっ! 日本に帰ってきてよかった~!」
「向こうにいたとき、リンネのお母さんはカレー作ってくれなかったの?」
「だって~、ウチの母さん意識高い系だから、作るのは「お上品な」薄味のスープカレーだったのよ! あたしはね、こういうのでいいのよ、こういうので!」
「あら、リンネもそうだったのね。うちの母さんも、一時期は無理して頑張ってカレーを作ってくれたけど「本格的」を謳う割にはなんかいまいちだったわ」
「はっはっは! 金持ちはやっぱり見栄えが一番なんだな!」
数年ぶりにアキの家で食べるカレーの味は殆ど昔のまま変わってなかった。
変わってないと言えば、こんな風に……まるで家族の一員になったかのように、談笑しながら過ごすのも、あの頃のまま。
親友のササナと後輩のアーモンが増えたとはいえ、小さい頃の生活が戻ってきたかのようだった。
「ユーコ姉さん、なんだか嬉しそうだね。そんなにこのカレーが楽しみだったの?」
「……まあね」
私がせっかく懐かしい思い出と味に浸っている時に、隣に座っていたアキが私の顔を横から見てそんなことを言ってきた。
女心がわからないのは仕方ないとして、食事中に私の顔をじっと見た挙句、嬉しそうだなんてずいぶんなこと言ってくれるじゃない。
「こんなところまで昔の日曜日が再現されたから、ちょっと懐かしくなっただけよ」
「あはは、うちは今でも日曜日の夕食はカレーだからね!」
「でも不思議とあたしも飽きなかったわ。なにか秘密でもあるのかしら?」
「ふーん……会長とツキガセも毎週このカレーを食ってたわけか。羨ましいなぁおい。俺も食えるなら毎週カレー食いたかったぜ!」
「そうですね…………私の知らない優古さんをお二人が知っているなんて、少々妬けてしまいます」
「ササナは私のことをどういう目で見ていたのよ…………」
この親友はいい子なんだけど、天然なのかわざとなのか、たまにとんでもないことを言うのよね。そのせいで一時期私も色々勘違いされたけど……結局嫌う気にはなれなかったわ。
「でも、小さい頃の優古さんが、どうして秋穂さんの家で遊ぶようになったのか知りたくなってきました。せっかくなのでお話ししてもらってもいいですか?」
「そういや俺も気になってたんだ」
「……まあいいわ。今日は気分がいいから、私が覚えてる限りのことを話してあげる」
「えっと……あんまり変なこと言わないでね、姉さん」
変なことって――――ああ、あの事ね。まさかアキが覚えてると思わなかったけど、それは私にとっても、ちょっと…………
ともあれ、私は主にササナとアーモンに聞かせるように、アキと出会った子供の頃の話をすることにした。
私がしないと、きっとお父様とお母さまが、変なことをばらしてしまうかもしれないから。
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