第2話 妖精

 旅客が一団をなして街へやってきた。少年たちはその群れ陰で見守りながら、笑いをかみ殺していた。

「おいおい、見ねえ顔だ。見ろよアイツら、隙だらけ、金品だらけだ。いいか、この街を裏で支配しているのが誰か、勉強させてやろうぜ」

 少年の合図とともに、数十人に及ぶ裸の少年少女が物陰から大通りに飛び出た。一風変わった光景に、旅客は驚愕し、一目散に遁走を始めた。その過程で地に落ちた荷物の類は、少年少女たちの戦利品になる。

「盗れ! 盗れ!」

 一糸乱れぬバケツリレーで道端の金品をくすねると、彼らは整然と一列を作って退散の準備を始める。

 キャー、と叫び声をあげる旅客に対して、若年女性の添乗員は「落ち着いてください」と冷静に声をかける。

「でも! 私の荷物が、裸の妖精たちに!」

「妖精は気まぐれですから。渡航前に何度も保険加入を勧めたでしょう」

 添乗員は、あらかたの被害者の契約状況を目算し、旅行代理店としての損失を頭で概算して、小さくため息をついた。

「この被害額タダで払うのは、さすがに割に合わないわね」

 俯き、添乗員は「を撃つしかないか」とポケットから拳銃を取り出した。

 すかさず放たれた一発の弾丸は、妖精たちのしんがりを務めていた少年の肩に命中した。旅客を除いた観衆は、添乗員の取り出した自動拳銃に一瞬間萎縮しつつ、すぐに我に返ったかのように無表情に努めるのだった。

 少年は膝から崩れ落ち、一団の群れから外れた。発砲音と少年の悲鳴に、妖精たちはいっせいに振り向いた。

「振り向くな! 生きろ!」

 少年は『走れ』とは言わなかった。彼らにとって生きることは、走ることを内包しているからだ。

 隊列の乱れかかけた妖精たちは、その一声で咄嗟に理性を取り戻し、再び整然とした陣列を取り戻した。彼らの轍に、涙の跡がまばらに残っている。

 地に伏し、左肩から大量の血を流す少年は、しずしずと近寄る添乗員を見上げて、「俺が見えるかよ?」と震えた声音で尋ねた。

 添乗員は眼下の赤い噴水を強く踏みつけて、「被弾者はいないらしい。困ったね、銃が撃ちたくてたまらなくって。私も手癖が悪い」と、ことさらに虚空を見つめながら述べた。

「幻聴が聞こえるね。まいったね」

 添乗員の地団駄の律動が加速する。そのたびに湧き上がる悲鳴に、旅客がおびえている。

「この前も、自然災害で、本が盗まれたし」

 添乗員の独り言に、少年は「そいつは俺の仕業だよ」と苦笑いで返答する。その言葉は、少年の辞世の句になった。次のトリガーは、もう引かれた。地に向けて一直線に飛んだ弾丸は、少年の声をたちどころに止めた。

 幻聴を、止めたのだ。

「……アーバン」

 添乗員は理性的な破顔で少年を一瞥し、すぐに無表情を取り戻して旅行客の元に帰った。

 その日の夜には、少年の亡骸はなくなっていた。どこに行ったかは、誰も知らない。

「ポルノ銀河! 黙祷」

 少年少女のサークルの中央に、遺影は増えるのだった。

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