ギンギン!!
山川 湖
第1話 ポルノ銀河
露天商の濁声。風呂敷に広げられた無数の本は、どれもエキゾチックな表紙で客の目を引いた。
「また、随分と変わった本を売ってますな」
足を止めた客が風呂敷の前にしゃがみ、足元の一冊を拾い上げた。表紙に何が書かれているかは分からないが、その客が少なくとも助平であることを、店の屋根に構える彼は直観していた。その表紙に煽情的な裸婦が描かれていることだけは、皆の承知するところだったのである。
「お客さん、お目が高い。そいつは隣国のポルノ漫画だ。向こうの有名なアーティストが描いたらしくてな、値打ちはするぜ」
「土産にちょうどいい。買おう」
客はポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出して、露天商に手渡した。毎度あり、と声と同時に、客が商品を鞄にしまおうとしたところ、突如、露天の庇から衝撃音がした。
レジスターに気を取られていた露天商はすかさず客の元に駆け、「野良猫かなんかですかい?」と悠長に尋ねる。客は狐につままれたような表情だった。
「盗まれたんですわ」
客の手中には、何も無い。そこにあったはずの本は、「屋根から飛び降りたガキに盗まれたんですわ!!」とのこと。
「一目散駆けていきよって、もう見えねえ」
あたりは整然と並ぶ露店の数々。道は中央の大通りに対して小路が迷路のように分岐しているため、身を潜めるには最適である。無論、客が目撃した盗人の「少年」も、大通りの見晴らしの中には見つからない。
「まあ、そう気を落とすなって。お代は返すよ。おたくの見た少年ってのは、そうだな、いわば自然災害の一つなんだ。だから、あの漫画のことは忘れるといい」
露天商は、恬然と状況を受け入れて、仕事に戻った。
一方、大通りから外れた商店街。珍品ポルノ漫画を手に歩く少年は、晴天に裸体で通りを闊歩する。公然と裸を晒す少年に対して、通りすがりの者はあからさまに直視を拒んでいた。
「ねえ、お母さん。あのガキは、どうして裸なの?」
無垢な少女の質問に、母親は「野良犬が服を着る? そういうことよ」と侮蔑の一瞥をするだけだった。
「なるほどね。サザエみたいなちんぽぶら下げて、三脚歩いてろモスキート、って感じ?」
少女はケラケラと笑って母親の手を握った。
少年は漫画を読みながら帰途をゆく。陰茎はみるみる膨らんでいる。蟻の門渡りを日陰に、ハエが数匹集まってきた。
「大砲、発車の用意!!」
少年の掛け声と共に、即射精。通りに広がる精液は、誰に掃除されることもなく、しばらくの間「臭い水たまり」としてそこに放置されていた。
「おい、お前ら来てみろよ!!」
裏路地でポルノ漫画を掲げると、裸の少年少女が一目散に集まってきた。
「何コレ?」
「外国のエロ本だよ。帰り道にパラ読み一発、ドラッグみてぇに、俺様のちんぽもギン、ギン、ギン、ってなわけだ」
漫画は持ち帰った少年の手を離れ、手前の少女に渡った。名を【ハナ】という。正確にはまだ名のない少女で、将来的にハナと名付けられる。
ページを繰る彼女の表情は、至って無関心さに満ちていた。
「パンクな作風。でも、すごく退屈。これの何がギン、ギン、なわけ?」
「ギン、ギン、ギン、な? 要するにコレはアレだ。没落のメタファーだ。金持ちや権力者が動物的本能や獣性に従い、生身を晒す。つまり、手ぶらになるんだ。そこに崇高な意図を感じねえか? アナーキズムの極北なんだよ、こいつは」
「なるほど、カウンターカルチャーってわけだ」
「間違いねぇ。そうと分かりゃ、興奮も冷めやらねえ。そうだろ? てめえ」
少年の言葉に得心が行ったのか、ハナは食いつくように首肯して、「ポルノ銀河!!」と叫んだ。
「いつもの儀式だ。こいよ、てめえら」
少年は周囲の子供らに車座を作るよう指示する。各々が隣り合う者の手を取って、場には一つの巨大なサークルが出来上がる。中央には、件のポルノ漫画が置かれ、その隣に写真立てが置かれている。そこに写る少年は、この場の顔ぶれにはいない。
「勇敢な戦士を称え、ポルノ銀河。黙祷」
沈黙のサークルに、各々の信じる霊性が宿る。
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