#054 ドルイドの村・収穫祭③

「そうですか、ミウラー様にお会いできない事を残念に思います」


 ンな訳あるか!!


 俺はこの1年で、1番浮かれている。なんと収穫祭に、領主のミウラーが顔を出さなかったのだ。こんなに嬉しい事は無い。いや、1番はミウラーが死ぬことだけど、その次くらいに嬉しいニュースなのは間違いない。


「ですが、代役としてオウツ様がお見えになっておられます。粗相なきよう、お願いします」

「畏まりました。この日のために準備した数々をミウラー様にお見せできないのは残念ですが……。……」


 代役に息子のバカが来ているが、そんなものはミウラーと比べれば取るに足らない、出がらし、オマケ、金魚の糞なので全然OKだ。


 とりあえず、接待するのが嫌だったので、金にものを言わせてイーオンの高級酒場(キャバクラ)を1日買い取り、お相手をしてもらう事にした。まぁ、結局前後も営業できなくなるので料金は3日分、3千万も請求されてしまったが……それでも俺はミウラーと過ごす時間を最小限に抑えたかったので払う事にした。


 そもそも、収穫祭はどこも同じで、接待に莫大な投資を求められる。収穫祭は、最初からそういう行事なのだ。だから元より村の運営予算に"領主接待費"を計上してあったので、特別イレギュラーな出費ではない。





「盛大に、ハメを外していますね」

「毒を盛られるとか、考えないのかね?」

「少なくとも、警戒しているようには、見えないな」


 旧区にオウツを通し、特設会場で酒と食事を振る舞い、その光景を舞台袖より見守る。傍らには小麦も並べられているが、これは念のため用意したダミー。事故を装い燃やされないよう、本物は新区の地下に厳重に保管してある。


「おぉ、美味いなこの肉は! もっと持ってこい!!」

「それよりもオウツ様、このお酒、飲みやすくて美味しいですよ?」

「オウツ様、私のお酌、全然飲んでな~い」


 全力でお酒を進める女給たち。それもそのはず、収穫祭の宴は『領主が終了を命じるか、酔い潰れるまで』続けられる。あからさまに潰しに行くと反感を買うが、そんな事はどうでもいい。『急性アルコール中毒で殺す勢いで飲ませてくれ』と女給にもお願いしている。


「やっぱり、ミウラーが来なかったのって、暗殺を警戒してって事なのかな?」

「ここまでやって、恨まれていないと思えるなら、それは正真正銘の異常者だよな」

「じゃあ、オウツは殺されてもいいって事?」

「わざわざオウツを殺す意味なんて無いだろ?」

「それもそうか」


 ミウラーからしてみれば、オウツは村の新たな村長として据える人物であり、フィーア様の様に捨て駒にできるほど軽い立場にはない。一応、他にも男児は居るので代役が居ないわけでもないが、そっちは長期留学しているらしく今は不在らしい。


「それよりも、問題はオウツの"お付き"だ。最後の最後で、何するか分からないぞ!」

「そうなんだけど……今のところは、怪しい動きは無いわね」

「油断はできないが、もしかしたら別の狙いがあるのかもな」


 国税の10億は今回限りであり、これを乗り越えればドルイドに無茶な国税を課すことは出来なくなる。他にも領主は、自分の身体を揺るがしかねないレベルの強引な手段を使ってきている事から、今期中の決着を狙っているのは明らかだ。しかし、オウツやそれに同伴している従者に怪しい素振りは無い。一応、馬車や護衛にも見張りをつけているが、少なくとも今のところ動く気配はない。



 領主の妨害として考えられる選択肢は4つある。

①、国税を受け取り、それを受け取っていないと言い張り、再度請求する。しかしこの策は、記念硬貨を使えば解決できる。記念硬貨を用意しているのは監査や最近の動向で掴んでいるはずなので、気づいていないって事は無いだろう。


②、小麦をダメにする。何らかの方法で小麦をダメにして、代わりに金銭での納税を請求する。これは警戒しているが、今のところ怪しい素振りは無い。因みに、村を出立してしまってからの喪失は"輸送者の責任"となる為、村が被害を補填する責任は無くなる。同時に、受け取り事実も記念硬貨の受け渡し証書に一文追加するので、偽るには無理があるだろう。


③、国税は素直に受け取り、村の主要人物を暗殺する。ありそうではあるが、ここまで来ると俺1人を暗殺しても足りない。かと言って派手に動いても、国家反逆罪で捜査を受ける可能性が出てくるので、領主としては避けたい案だろう。


④、今期は諦める。今更方向転換をするとも思えないが、少なくとも今期はもう自由に使える裏金は残っていないはず。来期と言わなくとも、記念硬貨を両替するまでは大人しくするつもりなのかもしれない。コチラとしても長期戦は避けたいところだが、それで有利になるのは資金に余裕のできるコチラ。それこそ金とコネにものを言わせて、強引にミウラーの捜査令状を取り付ければ終わる話なのだ。



「あ、オウツが酔い潰れたよ!」

「やっと終わったか。連中が仕掛けてくるなら、ここが正念場だ。注意しろ!」

「「はい!!」」


 しかし、肝心のオウツが寝ている現状では伝家の宝刀である『不敬をはたらいた、処刑しろ!』が使えない。一応、酔い潰れた者を馬車で運ぶのは色々と危険なので、早々に出立する事は無いが……この宴は一応、格式高い正式な儀式・"納税ノ儀"なので、滞りなく閉儀してしまえば後は本当に馬車を見送って終わり。あとから言いがかりをつけられたとしても、納税が完了した事実は覆らない。




 結局、何事もなく収穫祭は終わり、オウツは9億分の記念硬貨と、1億分の小麦を携え、村を後にした。


 因みに、9億の内訳は……村の貯金から1億、俺が貯め込んだ素材を売って得た資金1億、アバナ商会との取引で1億弱、ホープス商会との取引(魔道具販売も含む)で4億強、師匠から借りた1億、そして賊の報奨金や賞金8千万、そして非農業従事者に該当する村民から受け取った現金や細かい雑収入を合わせて2千万となった。


 冒険者ギルドや王国軍の駐留・訓練で得た利益は経費との差し引きで消えている。





「なるほど、そう言う事だったのか」


 後日、村に再度、軍隊が押し寄せてきた。容疑は……『領主の息子・オウツの暗殺と、国税の不当回収』。つまり、わざとオウツの一団を賊に襲わせ、それを村の仕組んだ事にしたのだ。


「村長のアルフ、並びにその秘書や村の警備にあたっていた者を全員、容疑者として連行する!」

「そんな、横暴だ!」

「そもそも、証拠はあるのかよ!?」

「反論はイーオンの拘留所で聞く! 今は大人しく従え! 従わなくば、反逆罪で……! ……!!」


 オウツを襲った賊を捉えたところ、その者が『ドルイドの住人だ』と証言した事から、村に令状が下りた。もちろん、こんなものは本格的に調べれば直ぐに嘘だと証明できる。しかし、それでも1度は納税した国税が失われた問題は解決しない。


 まず間違いなくオウツは無事。それどころか記念硬貨や小麦も領主の懐に収まっているのだろう。本来、証書での証明が必要な記念硬貨は強奪しても使えない。しかし、廃棄も辞さないなら話は変わってくる。本来は受け渡しが終わった国税の喪失は管理者である"領主の責任"なのだが、その喪失理由が村にあれば、領主はその責任を再度村に追及できる。


(因みに、記念硬貨は村を完全に乗っ取った後なら、再使用する目は残されている。村から領主側へ受け渡された証明は、現状ではまだ国に届けられておらず、それさえ阻止すれば村を乗っ取った後、村の資産として運用できるからだ)


 確かに、捉えられた賊の嘘は証明できるが、その場で殺された賊全員の関係を否定するのは不可能。それこそ、領主邸から失われた『奪われた小麦や賊を組織した証拠』でも見つかれば別だが、そんなものを手元に置いているはずもない。


 そして最終的には、審議状態のまま国の納税期限がすぎ、帳簿上は"国税未納"として処理されてしまう。あまりにも強引で、領主としても"最終手段"だった事が伺えるが……それはともかく、この未納の事実をタテに、領主権で村長をオウツに強制交代させる魂胆なのだろう。




 こうして俺は、再度拘束されてイーオンの拘留所へと送られた。もちろん、直ぐに釈放される事になったが……死人に口なし、完全な無罪が証明できないまま、収穫祭シーズンが終わりを迎えようとしていた。

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