#053 ドルイドの村・収穫祭②

「おい、そこのガキ」

「ん? なんだよ??」


 商人風の男が、村の青年に声をかける。現在、この村では王国軍の監査が入っており、彼はそれに同伴した小間使いであった。


「上手い儲け話があるんだが、一口のらないか?」

「興味ないな、他を……」

「まぁ待てって。警戒する気持ちはわかるが、悪い話じゃないんだ。話だけでも聞いて行けよ」

「返事は変わらない。悪いが……」

「領主に関する情報だって言ってもか?」


 男は相手の反応を見て、話を儲け話から"情報"に切り替える。


「…………」

「この村はもう終わりだ。ここまで上手くやってきたのは称賛に値するが、領主にしてみれば全て想定の範囲だったんだよ。だって考えてもみろよ、本当に10億集められるなら、集めさせて回収した方が得じゃないか!」

「まぁ、そうだろうな」


 渋い表情で、青年が男の話を聞く。青年からしてみれば怪しさしかない話ではあるものの『領主の出方が知れるのでは?』と言う淡い期待が、その足を止めていた。


「身の振りは考えておいた方がいいぜ、マジで。そもそも、領主には貴族権って絶対的な特権がある。実際、去年も当時の村長"不敬をはたらいた"って理由で処刑されてるんだ。世の中、貴族様には逆立ちしたって逆らえないんだよ」

「なんだ、それだけか? 知ってると思うが、今この村にはエスティナ様って、領主よりも格上の貴族が居るんだぜ??」

「いや、それだって一時的なもので、結局付け焼刃、村長本人が直接特権で守られている訳じゃない。たとえ今年を乗り切ったとしても、これを何年続けるきだよ? 遅かれ早かれ、この村は終わり、そう決まっているんだ」

「いや、決まってはいないな。まったく、もしやと思って付き合ってみたけど、時間の無駄だったぜ」

「ちょ! 話はまだ!!」


 それだけ言い残し、青年は立ち去る。その場に残された男が、周囲に人がいないことを確認し、懐から酒を取り出しながら愚痴をこぼす。


「まったく、村人の評判は悪いんじゃなかったのかよ!? 全然取り付く島がないじゃないか」


 男はすでに、同じやり取りを幾度となく繰り返している。しかし、そのことごとくが相手にされないか、論破されて終わる有様だ。


「まいったな……金は貰っちまったし、このまま協力者を作れず帰ったら……」


 酔っていては成功するものも成功しない。しかしそれでも、男は飲まずにはいられない。男には借金があり、ここで目的を達成しなければ全てを失う。そして何より、ここで酒に頼らずに頑張れるようなら、最初からここまで地に落ちた生活は送っていない。


「つかよ! ヤバいのはミウラーの方なんじゃねぇのか? このまま言いなりになっていても、死ぬまで骨をしゃぶられるのは目に見えている。それならいっそ……」


 そこには、信頼できる仲間と使い捨ての駒の差が、明確に示される光景があった。





「アナタの証言だけを信じ、それで釈放する事は出来ません。しかるべき捜査を行い、法に則った手続きを経て……。……」


 拘留2日目。俺は予測通りイーオンの拘留所で取り調べを受けていた。


 因みにフィーア様は、拘留所に入る事なく別の場所に送られた。推測だが、どこかで軟禁されているのだろう。領主は確かに、入り江の問題をフィーア様に押し付けた。しかし、それで実刑まで執行してしまうと『身内の不祥事』として記録が残ってしまう。故にしばらく軟禁して外界との交流を断ち、ほとぼりが冷めたところで、事件そのものを無かった事にして釈放する魂胆なのだろう。まぁ、そもそも証拠なんて示しようのない、完全なる言いがかり、なのだから。


「それで、捜査結果が出るのはいつ頃になるんですか? こう見えても忙しい身の上なので、出来るだけ急いでいただきたいのですが」

「それに関しては、捜査の進行次第ですね。すんなり捜査が進み、無実が証明できれば直ぐにでも釈放できますが、出来なければ……」


 悪魔の証明と言うべきか、そもそも捜査なんてしてもいない、単なる時間稼ぎで拘留を延長しているのだろう。


 幸いなことに、移送中に暗殺されるとか、拷問を受けて自白を強要されたりと言った事は無かった。そのあたり、下手な事をしてしまうとエスティナ様や会長を本気で敵に回してしまう。


 例えば、俺が護送中に賊に襲われて死亡したとしよう。そうなると事実確認のためにイーオンや領主の身辺に捜査が入ってしまう。領主が清廉潔白なら恐れる事は無いのだが……そんな訳もないので、そのあたりは大いに警戒しているのであろう。


「そのガレットですか? 彼の証言を証明する証拠が、入り江のアジトに有るか無いかを調べればいいので、簡単に思えますが」

「それは私からは何とも。確かに、わざわざ協力者を捕縛して冒険者ギルドに突き出すなど、辻褄が合わないのは事実の様ですが、それも含めて全て調べ上げてからでなくては、答えは出せません」


 俺やフィーア様が拘束された事の発端は、賞金首のガレットが取り調べで"依頼主"として俺たちの名前を出したからだ。こんな事なら生かしておくべきではなかったと思ってしまうが……そんなものは領主が用意した"虚偽報告"であり、殺していても結果は変わらなかっただろう。むしろ、生かしたおかげで矛盾点が大きくなり、無実の証明が容易になったと言える。


 今に始まったことではないが、領主のミウラーはハッキリ言って"無能"だ。今回の矛盾点は、ミウラーが家臣に命じ、更にその家臣が手ゴマを動かし、最終的に捨て駒の協力者が仕事をこなす"構造的欠陥”が起因している。安全策と言えば聞こえはいいが、指令が多くの人を経た事で解像度が落ち、モザイクの様に荒の目立つ結果となった。


 ミウラーからしてみれば家臣や末端の不始末に見えるが、それは構造上仕方ない事であり、末端に責任は無い。これは『侵入者に敗れる』と言った単純な事態であっても変わらない。この場合は、相手が"想定"を凌駕しただけの話であり、それは相手の戦力を見誤った指導者の責任となる。ミウラーには、そう言った根本的な部分で自分の非を認め、改善しようとする姿勢が全く見受けられないのだ。


 よって、これを対処する方法は『新しい対処を常に迫り、先手を取り続ける』事だ。領主の権利は確かに脅威であり、その気になれば何でも強引に解決してしまう。しかしそこには、速さや繊細さが無く、対応力と精度に致命的な問題を抱えている。


「それでは、村に手紙を書きたいのですが、用意してもらえますか?」

「それは……上に確認してみないと」

「では、確認してください」


 こんな状況でも、やれる事はある。それなら、それをやるだけだ。


 別に、今更村に何か支持する用件は無い。すでに国税は記念硬貨の形で用意した。あとは小麦を守り、合わせて収穫祭の場で領主に献上するだけ。その場に俺が居る必要も無い。しかし、それで余裕ぶった態度を見せていては、相手は警戒し、何かしらの策を講じる機会を与えてしまう。


「手紙の用意をした。しかし、念のために上官が代筆をおこないます。粗相の無いように」

「そうですか、それではお願いします」

「コチラこそ、手間をかけさせて悪いね。魔法で何か細工をされない為の対策だと思ってくれ」


 一見すると人当たりのいい、中年の兵士が出てきた。しかし状況からして、この上官とやらが領主の息のかかった人物なのだろう。そしてその目的は『手紙の内容を確認し、しかるべき対処をする』事にある。


 俺は、適当に村の業務を指示し、最後に資金面の指示を出す。


「……。それで、目標金額に届かなかった場合は……」

「!!?」


 声こそ上げないものの、上官様があからさまな反応を見せる。村の者からしてみれば、資金は揃っているので意味のない指示でしかないのだが……その事実を知らない者からしてみれば、これは『金になる情報』に見えるだろう。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない、続けてくれ」

「はい、それでは。目標金額に届かなかった場合は、ホープス商会や魔法学園に、"秘密裏に"資金を借りる約束があります。その方法は……。……」


 上官の頬が吊り上がる。まず間違いなく、手紙の終盤は切り取られて闇に葬られるだろう。


 まぁ、これで領主が手を緩めてくれるとは思えないが、少なくとも更なる警戒はされないだろう。決着の時は近い。その時の為にも、手札は出来るだけ伏せ、相手を油断させる立ち回りが求められる。




 その後は、エスティナ様の働きかけもあり『証拠不十分』で無事釈放された。しかし、手続きで散々ゴネられ、結局村に帰ったのは収穫祭前日となってしまった。

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