#052 ドルイドの村・収穫祭①

「フィーア・L・ヤークト、貴公の貴族権を剥奪し、国家反逆罪により拘束する!!」


 小麦の収穫も終わり、収穫祭に向けて準備が進められる中で、突然村に押し寄せてきた役人に……フィーア様は拘束されることとなった。


「ドルイド村の村長・アルフも同じく、国家反逆罪にて拘束する!!」


 ついでに俺も、拘束されるようだ。


「それでは、後の事はお願いします」

「「アルフ様!!」」

「ハハッ! これでこの村は終わりだ! 面倒をかけさせやがって!!」

「「…………」」

「なっ、なんだその目は!? この者たちは不敬をはたらいた! 処刑しろ!!」


 先ほどから無駄に吠えているバカは……なんとフィーア様の兄・オウツだ。


 本来、役人であっても平民が貴族を裁くことは許されない。故に家族のオウツが立ち合い、フィーア様を拘束する運びとなった。もちろん、俺もフィーア様も無実であり、出来る事なら従いたくは無いのだが……領主は正式な令状を用意してきた。これに逆らえば、それ自体が罪になってしまう。そんな訳で、大人しく拘束されて、拘留施設で無実を主張する。


「オーツと言ったか? 君は貴族として、品格に欠ける部分があるように見受けられる」

「ぐっ!」


 強権を振るうオウツに、エスティナ様がクギを刺す。貴族としての"格"はエスティナ様の方が遥かに高く、オウツに一切の反論は許されない。ただただ令状に基づき、粛々と俺たちを拘束する他無いのだ。


 領主が強行手段に訴えるのは予測していた。しかし、フィーア様諸共であったのは完全に予想外だ。シナリオとしては、『フィーア様は、イオネアで違法な開発事業を行っており、俺はその共謀犯』という筋書きの様だ。入り江の資料は、そのまま入り江に残してきた。その気になれば領主は"知らぬ存ぜぬ"で回避可能な状況だったはずなのだが……損切と言うべきか、不安要素を俺に押し付ける策に打って出た。


「そ、それでは……2人の身柄は、イーオンで預かります。村の者は引き続き、操作に協力するように!」

「「…………」」


 当然、村も家宅捜索をうける。もちろん、証拠などが見つかるはずはない。それでも村の業務に大きな支障が出るのは必然で、今から引っ搔き回される役所の姿を想像すると……怒りと悲しみで、どっかのバカを殺してしまいそうになる。


「それではエスティナ様、後はお願いします」

「うむ、任された」


 エスティナ様は村に残ってもらう。正直に言えば付いて来て欲しいのだが、それでは領主の息がかかった役人に好き勝手されてしまう。幸い、捜査令状の効力は1日なので、それを乗り越えれば済む話。まぁ、エスティナ様には徹夜で頑張ってもらう形になるが……悪いのは全部領主なので、恨むのならソッチを恨んでください。





「その、アルフは、怖くないのですか?」

「もちろん、怖いですよ? いつ、刺殺されても可笑しくないですからね」

「「…………」」

「え? それはそうですけど……」


 イーオンに向かう馬車で、フィーア様と話す。もちろん手足は拘束されており兵士が左右を固めているので、下手なことは言えないが……それでもフィーア様は領主の娘。一時的に貴族権は剥奪されているとはいえ、一般の兵士は(あとで何があるか分からないので)それなりに丁重に扱ってくれる。


「フィーア様の不安はお察しします」

「私は、正直なところ、あまり驚いてはいません」

「そう、ですか……」


 政略結婚の道具として、家から切り離されて育ったフィーア様。しかし、まるで秘書を切り捨てるかの如く、不祥事を娘に押しつけて逃れようとするのは、この世界の感性から見ても"著しく良識を欠く"行為だ。そして何より、実の娘にソレを悟らせてしまうミウラーの"闇"に弁護の余地は無い。


「アルフは、不安では無いのですか? こうしている間にも、村は……。そして、アナタ自身も……」


 もちろん不安はあるが、村の強制捜査は予測の範疇。充分に対策してあるので、エスティナ様が見届けてくれるのなら何も問題はない。


 家宅捜索令状は、村全域に無制限・無期限に適応されるものではない。例え重要書類を押収されたとしても、複製は別途保管してあるし、新区の配置や警備の情報は今となっては賞味期限切れ。後は小麦と、納税用に両替した記念硬貨を守りきれば済むところまで来ているのだから。


「村は、頼れる者に任せてあります。自分に関しては……まぁ、最悪死んでも、国税さえ……」

「ダメです!!」

「…………」

「そんな事、言わないでください」

「失礼しました。軽口が過ぎたことを謝罪します」


 この世界に転生してから色々なものに慣れた。言葉、価値観、人殺し。しかし、女性の涙は、未だに慣れずじまいだ。


「アナタたち」

「「…………」」


 フィーア様が兵士に声をかける。立場もあって返事は無いが、その言葉が耳に届いているのは事実だ。


「アナタたちが何処まで知り、何処まで関わっているのかは存じません。しかし、御父様、ミウラーは遣り過ぎました。近い将来、間違いなく重い罰を受けます。その時に、巻き添えにならないよう、身の振りを考えておく事を、お勧めします」

「「…………」」


 兵士の今後を気遣いつつも、さり気なく『領主に協力するのはやめろ』と苦言を呈する。これは、この場にいる兵士もそうだが……真の狙いはその向こう、この言葉を『兵士仲間に広める』事なのだろう。


「あぁ~、これは独り言だけど……。すでに10億の国税は用意して、安全な場所に保管してあるんだよな~。あと、俺には魔法学園や王族の後ろ盾もある。そっちは、何処かの領主よりも遥かに格上だから"証拠"が揃えば、いつでも潰せるかもな~。まぁ、派手に動かなければ処罰される事は無いけど、派手に動かなければ、なあ~」

「こ、小麦は?」

「おぃ!」


 思わず兵士が口を開いてしまい、仲間に制止される。しかし、その一言だけで内容は充分に理解できる。


「小麦は近衛直属の王国軍が守ってくれているし、最悪、焼き払われても問題無いんだよな~」

「「!?」」

「あ~、しかし助かったな~。このまえ侵入してきた賞金首のおかげで、小麦無しでも国税が納められちゃうんだから」

「「!!」」


 嘘です。そんなに簡単に稼げたら世話はない。しかし、兵士の予想では『領主は最終的に小麦を焼くか、難癖をつけて小麦の受け取りを認めない』と思っているはずだ。それが、その策さえも対策済みだと分かればどうだ?


 貴族を信じ、協力する者がいるのは、結局"貴族"という肩書があるからであり……ミウラー自身のカリスマや手腕は誰も評価していない。それどころか『いつかは罰せられる』と思われていても可笑しくないほどだ。


「そもそも、エスティナ様が国税の受け渡しに立ち会って頂ける時点で、勝敗は決まっているんだよな~」

「そ、そうですね、ね~? 御父様の誤算は、騎士のエスティナ様が村に在中してくれた事です、ですね~」


 下手! 演技下手!!


 無理に口調を合わせて、面白い事になるフィーア様を見て、必死に笑いを堪える。


「今はエスティナ様に、家宅捜査の立ち合いをお願いしていますが……事が落ち着けば、イーオンに来ることも可能です。当然、エスティナ様には不当な証拠や裁判は通じませんからね」

「それに! エスティナ様は王族のレイナ様の家臣でも在らせられます。御父様の横暴は、すでに王城の知るところ~、です!!」

「ですです」

「「…………」」


 この話は、瞬く間に兵士の間に広まるだろう。それこそ、イーオン中に広がっても不思議は無い程に。




 こうして俺とフィーア様は、妙なテンションでイーオンにドナドナされる事となった。

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