#051 イオネアの入り江④
「久しいなザナック。アレから随分出世したみたいだが……そんなお前が、こんな地方で子守とはな」
「それはこっちのセリフだ、ガレット。まさかこんなところで、子守をしていたとはな」
入り江を臨む丘の上、そこには歴戦の戦士が16年ぶりの再会をはたす姿があった。
「子守って、もしかして俺たちの事か? 調子に乗ってると……グフッ!」
「ちょっと黙ってろ」
煽りにつられた仲間を、ガレットが拳で黙らせる。ザナックとガレットは地獄の戦場を生きて乗り越えた英雄。その2人からしてみれば、見習いもチンピラも大して変わりはなかった。
「しかし、見くびられたものだ。それとも、アンタの方がモウロクしただけか? 俺をつり出すのに、わざわざ人質を使うなんて」
ガレットの傍らには、拘束された見習い冒険者の少女の姿があった。
「あぁ、
「その文句、戦場でも使う気か?」
「冗談だよ。小細工が通じるなんて、ハナから思っていないさ」
人質をアッサリ開放するガレット。彼は理解していた。お互い命を懸けた勝負を断るつもりは無く、何より人質の為に剣を捨てるなど、ありえない事を。
「「…………」」
周囲を差し置き、2人が剣に手をかけ、ジリジリと距離を詰める。周囲は困惑するも、声をかけられる空気ではなく、ただただ固唾をのんで見守るほかなかった。
*
こうしていると、泥棒になった気分だな。いや、やっている事は、まんま泥棒なんだけど。
そんな事を考えながらも俺は、入り江に作られた秘密施設に潜入していた。丘の上では現在、師匠がこの施設の戦闘員をつり出し、にらみ合っている。まぁ、師匠なら負けはしないと思うが……入り江(ドルイドの敷地外)に逃げられると手出しできない状況には変わりない。
「なぁ、ザナックだっけ? ウチのボスと、どっちが強いんだ??」
「知らねぇよ。まぁ、ウチのボスが負けるとは思えないが……ザナックは冒険者として戦後も活躍している。基礎的な戦闘力ならザナック。しかし、汚い対人戦ではボスが有利って感じじゃねぇのか?」
残された見張りが、お喋りに花を咲かせている。話の内容が気にならないと言えば嘘になるが、今はこのザルな警備に感謝しつつ、施設を物色させてもらう。
「なぁ、今更な質問、していい?」
「なんだよ。勝手に言えば?」
「そもそもウチのボスって強いの?」
「なっ! いや、俺も本気で戦っているところは見たこと無いけど、強いのは間違いないぞ」
施設の年代は、古くもなく新しくもなく、1~3年ほど経過している。一度基礎工事を開始した形跡があり、そこから中断・放置している様子だ。
推測するに、ドルイドの乗っ取りと
立地としてはイオネア内なので、そのまま工事を進めてもよかったはずだが……よほど見られたくなかったのか、はたまたドルイド対策に資金や人材を回しただけか。
「ボスって、戦争で活躍した英雄なんだろ?」
「そうだな。終戦が15年前で、ボスが離反したのは16年前だから、多少は面識があるんじゃないか?」
「ボスが離反したおかげでザナックが有名になれたって事は、ボスの方が強かったって事か?」
施設は魔道具による結界で守られている。しかし、魔法使いが常駐している形跡は無い。まぁいくら領主と言っても、貴重な人材をこんな辺境で遊ばせておけるほどの余裕は無いはず。息子の方はイオネアの港にいるようなので、その護衛として同行し、たまに顔を出して保守点検をする感じか?
「どうだろうな? 結果としては、ボスが戦場から去って、14年続いた戦争が1年で終わったんだ。それだけって事は無いだろう」
「それ、指揮官だった貴族が無能だった、とも言えるよな?」
「二世貴族が無能なのは世の常だ。まぁでも、そう言う事なんだろ? 知らんけど」
おっ、あったあった。なかなかどうして、結構ため込んでいるじゃないか。
魔力反応から目星をつけて調べたら、早々に目的のものを発見した。この入り江は、イオネアの港から資材や食料を調達している。しかし、港に出入りする商人や漁師を全員買収するのは不可能。基本的には『出入り禁止地区』にして、一般人の侵入を制限している。しかし、警告を無視する冒険者や漁師は少なからず居たはずだ。そう言った輩は、この施設に常駐している戦闘員が、山賊や海賊を装って撃退する。
その結果得られた収穫は一度倉庫に保管して、後に裏市場に流す形で換金する。そしてその保管庫がココであり、薄暗い倉庫には統一感の無い木箱や装備品が騒然と並んでいる。
「ボスの指揮官がクソで、それが我慢できなくなったから……
「そうだな。しかし、ボスの代わりに英雄になったザナックも、結局手柄を全部貴族に吸い上げられて無名のまま退役したらしい」
まさか、
持ち運びやすい金目のものを物色していたところ、床下から金塊や証書、果ては設計図などの資料までもが見つかった。工事は中断しているのだから『持ち帰れよ!』とツッコミを入れたくなるが……どうやら見られて不味い取引はこの入り江でやっている様で、尚且つ最近の受取証明書も幾つか見つかった。つまり、資材調達などはコツコツ続けていた訳だ。
「そうなのか? けっこう有名人だったって聞いたけど」
「ザナックが有名になれたのは戦争で活躍したからじゃあない。後に冒険者として活躍して、その過去が美談として語られるようになっただけ。実際のところは当事者しか知らない。歴史なんて伝言ゲームと同じさ」
「結局、何も分からねぇんじゃないか」
「そうとも言うな」
まぁ、金塊は有難く頂戴します。
しかし、確信資料を盗むのは悩ましいところ。領主からすれば痛手だが、俺が持っていても金にならないどころか"災いの種"でしかない。それこそ、領主を失墜させるまでの資料であればよかったのだが……現状『秘密の港建設と領主の繋がりを証明』したところで、得られるリターンがリスクに見合わない。
やはり資料には手を付けず、後でエスティナ様経由で王国軍に処理してもらう事にする。君子危うきに近寄らずだ。ただし金塊は除く。
*
「やるじゃないかザナック! しばらく見ないうちに、ここまで腕を上げていたとはな!!」
「そらどうも。そういう
見習い冒険者や下っ端の賊を置き去りにして、歴戦の勇士が激しい攻防を繰り広げる。
「ザナック! やはりお前は俺の仲間になれ! ここで殺すには、惜しい男だ!!」
「戯言を! 罪人として戦士の誇りを汚しながらすがる"生"に、なんの価値がある!?」
「分かっているだろ? この国は腐っている。お前だってあの地獄で、真の"悪"を見たはずだ」
「…………」
「俺についてこれば、無能な貴族に仕返しするチャンスをくれてやる。金や女よりも、そっちの方が、好みなんだろ?」
「相変わらず、垢にまみれたヌルい剣だな」
相容れない2人。2人は似た境遇、同等の剣才、そして何より、戦場で同じものを見た。
「確かにお前は強い。それこそ、俺よりも"強い"と言ってもいいだろう」
ガレットの体に外傷は無く、対するザナックは無数の切り傷から零れ落ちた血で全身を赤く染めている。致命傷こそ無いものの、傍から見れば誰しもが『ガレットの方が強い』と思うだろう。
「そうかい? 攻撃が届かないから、実感が湧かないな」
「そう、勝つのは俺だ。それは単純に相性の問題。お前は冒険者になり、強く、重い剣を極めた」
「…………」
「対する俺は裏稼業に身を置き、早く、鋭い剣を極めた。だから対人戦において、お前が俺に勝てないのは"道理"なのだ」
ガレットの使う曲刀は、速さと切断能力に特化しており、尚且つリーチも充分にある。総合的な戦闘力ではザナックが優っているが、それでも先攻の有利が確約されているガレットの"優位"を揺るがすには届かない。
「改めて言うぞ! ザナック! 俺のものに成れ!!」
「わるいが俺に男色の趣味はない。誘うなら、他をあたるんだな」
「なるほど。それでは惜しいが……決着を、つけるとしよう」
ガレットが剣を鞘に納め、低い姿勢で構える。
「上等、冒険者の底意地の悪さ、見せてやるぜ!」
ザナックが剣を掲げ、大きく構える。
「「……………………!!」」
わずかな睨み合いの後、同時に2人が駆け、剣を交える。
世界が"刹那"を"永遠"まで引き延ばす。
ガレットの居合が、ザナックの脇にゆっくりと吸い込まれていく。しかし、ザナックの剣は、まだ遥か高い位置にある。
ガレットの切っ先が、革鎧がゆっくりと切り裂き、その中へと突き進む。しかし、ザナックの剣は、まだ高い。
ガレットの刀身が、ザナックの革鎧を両断する。ヌルりと滑る感覚が、ガレットの腕へ、そして脳へと伝わっていく。ザナックの左手が、剣を離れていく。
ガレットが身をひるがえし、ザナックの剣が間近を掠めていく。
「!!??」
ザナックの左手が、ガレットを掴み……切っ先がガレットの背中を貫く。
「悪いな。冒険者ってのは、装備を駆使して強敵を屠る者の事を言うんだ」
「小賢しい、マネを……」
ザナックの胴を捉えた斬撃は、深く喰い込むことなく、滑りぬけた。これは装備の差。ザナックは革鎧の中に、もう1つ革鎧を纏っていた。しかし、それは普通の革ではない。
サンドドラゴンの革鎧:サンドドラゴンの腹の革で作られた軽量鎧。摩擦に対して非常に高い耐性を持ち、打撃以外の攻撃を大きく軽減する。非常に高価で滑りやすい事から、全身を覆う形状には適さない。
「お疲れ様です」
「そっちも終わったか」
「まだ、終わってないですよ?」
「?」
「いや、その人、どうせ賞金首でしょ? このまま死なれちゃ、賞金額が……」
「戦士として! このまま……」
「その人は戦士ではありません。ただの犯罪者です」
「あぁ……まぁ、それもそうか」
こうしてイオネアの入り江の開発は、表ざたになる事なく、静かに闇へと消えていく……はずであった。
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