#050 イオネアの入り江③
「ザナックさん、これくらいで、どうでしょう?」
「あぁ、いいんじゃないか? 後は、登ってみて崩れなければ、完成だ」
「その言い回し、不安になるので、やめてくれません?」
2日目、簡易ではあるが監視櫓が完成した。もちろん周囲には、テントや炊事などに必要な施設も整えてある。まぁ、整いすぎて行楽気分のヤツも居るが、敵襲があるのは合意の上。それなら後は、生きるも死ぬも個人の自由だ。
「おぉ! この程度の高さでも、結構違うな! 海がよく見えるぜ!!」
「ちょっと、暴れないで! 倒れてきたらどうするのよ!?」
「このくらい平気だって! もしかして、高いところが怖いのか?」
「なっ、そんなこと!!」
櫓は、アルフが錬金術で作った金具と、村で使われている補修用の資材、そして
「あとは、どうする?」
「そうだなぁ……。適当にパーティーを組んで、食料を集める班と、加工する班。あ、あと監視の班もいるな。そんな感じで分かれて頑張れ」
「ん。わかった」
「相変わらず、アバウトですね」
「冒険者ってのは……」
「そういう生業なんですよね? 分かってますよ。まったく、よく、アルフさんとやっていけますよね……」
俺が聞きたいくらいだよ。
っと心の中で呟きつつも、潮の香りに意識を移す。のどかな景色ではあるが、ここは紛れもなく"戦場"だ。隙を作れば死ぬ。しかし、気を張りすぎても死ぬ。生き残りたければ、自然体で、流れに逆らわず、それでいて流れを制する。そんな"柔軟さ"が必要なのだ。
もちろん、これはただの持論で、人それぞれ"答え"は違う。しかし、俺はこうやって今まで生き延びて来た。だから俺はこれからも、死ぬまでこのスタイルを貫く。それだけだ。
「臭うな……」
「ザナックさん! 危ない!!」
「ん?」
俺に向かって飛んできた矢を、反射的に斬り落とす。斬り落とした後で、それを観察し"矢"を認識する。
「敵襲! 連中が攻めて来たぞ!!」
「夜まで待てなかったか。まぁ、その方が助かるけど」
2度目の襲撃。なぜ初日の夜に仕掛けてこなかったのかは謎だが、荒くれ者にセオリーは存在しない。我が強く、自分流や、ロマンを重んじる。そういう所は嫌いじゃないが……残念ながら連中は、秩序と、なにより人命を軽んじる。そういう部分は相容れない存在だ。
「ザナックさん! どうしますか!? 連中、森の中から矢を!!」
「そうだな。矢を払う自信の無いヤツは、無いヤツを守れ。俺が前に出る」
放たれる矢は、"矢"だ。木の棒でも無ければ、投石でもない。矢じりも新しく、錆もない。そこらの野党が使うには分不相応。間違いなく、武器や資金の供給先がある証拠だ。まぁ、分かっていたけど。
*
「ザナックが攻めて来たぞ! 撃て撃て!!」
「なるほど、俺の名まで知っている訳か」
矢を斬り伏せながら、連中が潜む林に向かう。樹上に弓兵が5、その根元には剣士が5。強い気配は感じられないが……この肌を刺す僅かな刺激は"毒"で間違いないだろう。
「何やってる! 掠らせるだけでもいい! 根性を見せろ!!」
「武器は大そうなようだが、身の丈に、合っていないようだな」
「なぁ!?」
隙をつき、一気に距離を詰める。
「弓は普段の鍛錬の差が、よく出るな」
「こなくそ!!」
手に包帯を巻いた剣士。コイツがこのパーティーのリーダーで間違いないだろう。何とか俺の初撃に対応できているが、それだけ。何ら脅威は感じない。
「甘い!!」
二の太刀で剣を弾き飛ばしたが、援護射撃のせいでトドメはさせなかった。
「クソッ! なんて強さだ!!」
「そらどうも。お前も、中々だと思うぞ」
「余裕ぶりやがって! しかし、いいのか? 俺にかまけていて??」
「…………」
俺もそれなりに場数をこなしてきたが……ここまでベタなヤツは逆に珍しい。
「確かにお前は強い。しかし! 仲間はどうだ? 今頃、俺の仲間があのガキたちを……」
「くだらん!」
「へぇ?」
「ガキでも、見習いでも、冒険者であり、戦場に出たならソレは等しく戦士だ」
アイツらは、俺が呼びかけて連れてきた作業要員ではない。危険を承知した上で、志願して参加しているのだ。もちろん状況によっては助けるが、基本的には自己責任。生きるも死ぬも、自分の力で勝ち取る。それが冒険者であり、戦士だ。
「強がっても無駄だぜ。それとも、ガキの命なんてハナから興味ないって……ぐほっ」
切っ先が、深々と賊の胸を貫く。頭は潰していないので即死こそしていないが、死ぬのは時間の問題だ。
「戦士を戦士たらしめるのは、剣技でも無ければ、ランクでもない。それは"矜持"だ。冒険者全てを美化するつもりはないが、少なくともアイツらには、戦う者の心構えは教えてある」
「……へ、お綺麗で、へどが、ゴホッ、でる……ぜ」
周囲の気配が散っていく。
人質作戦が通じないと分かったとたん我先にと逃げ出す。所詮こいつらは、真っ当な生き方が出来ない荒くれ者で、何よりも自分の命と金を優先する"クズ"だ。そんな連中の戯言に、付き合う価値などありはしない。
*
「おい、生きてるか? 死んだヤツは名乗り出ろ」
「ザナックさん、死んでいたら、返事、出来ませんよ」
ベースに戻ると、そこには血にまみれた冒険者たちの姿があった。
「だろうな」
「すみません。生け捕りには、出来ませんでした」
「どうせ生け捕りにしても、運ぶ手間がかかる。死者が出ていないなら、それでいいさ」
出来れば賊を拷問して情報を仕入れたかったが……今回は俺も手ブラなので、言えた義理は無い。
「この死体はどうします? 一応、賞金首なら死んでいても幾らか賞金は出ると思いますが……」
相手が賞金首だった場合(生死を問わないと補足が無ければ)死んでいても頭さえあれば賞金額の半値が貰える。しかし当然ながら、名も無き賊の頭は買い取ってもらえない。
「参照するだけ手間だ。適当に埋めておいてくれ」
「はぁ~ぃ」
こうなる事が分かっていたとばかりに、数人が埋葬用の魔道具を持ち出す。
死体をそのまま放置するのは、衛生的にも、魔物的にも危険な行為だ。1番は、穴を掘って焼き、そのまま埋めてしまう方法。しかし、それは手間であり、手間や火災への配慮も必要になる。よって、魔法で土葬するのが一般的な対処だ。
スクロールを広げ、死体を魔石で囲む。スクロールを起動させると、魔石に囲まれた範囲の土が液状化して……死体は泥に飲まれて沈んでいく。安物のスクロールを使う場合は死体が沈まないので、石を括り付けて重りにするが、アルフが用意したスクロールにその心配はない。
「「……………………」」
「さて、連中もすぐには仕掛けてこないとは思うが……気を抜くなよ」
「「はい!」」
黙祷を捧げ、葬儀は終わる。
「あ、悪い。もう1人、居たんだった」
「えぇ~、二度手間じゃないですか」
「す、すまん」
いまいち締まらない最後だが、軽傷だけで襲撃を乗り越えたのは重畳。俺はこの場では保護者的な立場にある。しかし、それでもって俺が助けて危機を乗り越えるのは、あまりよろしくない。死者が出るのは最悪だが、それと同時に、保護者に"頼る癖"がついてしまうのも問題だ。そうなると、極限の状況に陥った時、仲間を信じ、助けを期待してしまう。
それは傍から見れば感動的で、助ける側も英雄気分で気持ちがいいだろう。しかし、絶望的な状況でも、結局あるもので何とかするしかないのが現実であり……何より、仲間は"対等"な関係でなければならない。
「よし、さっさと処理して作業に戻るぞ! これ以上時間を無駄にしたら、メシ抜きだ!」
「しかし、1日、あまったな……」
「はい? 何か言いましたか??」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
これで舞台は整った。この襲撃でリーダーらしき者は殺した。しかし、アレが総指揮をとっているって事は無いだろう。まだ本格稼働していないとは言え、あの入り江はミウラーにとっても重要な場所。それなりの実力者と、不味い資料。そう言ったものが必ずあるはずだ。
こうして、俺は例の入り江の目と鼻の先に陣取り、注意をひきつけ、釣り出す形で賊を対処していく。
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