#049 イオネアの入り江②

「しかし、まさかココまで近くだったとは……」

「ザナックさん、この辺でいいですか?」

「おぉ、その辺に適当に転がして、適当に組み上げておいてくれ」

「うっす。適当にやっときま~す」


 場所はドルイドの森の南のはずれ。視線の先には、切り立った崖と海が見える。


「ごはん、つくる」

「おぉ、ガンガン火を使って、盛大にやってくれ」

「うん」


 俺は見晴らしのいい場所に陣取り、連れてきた冒険者見習いたちに炊き出しや"監視櫓"の設営を任せる。


「あぁ、腕が鳴るぜ! "賊"は、まだ来ねぇのか!?」

「サボってないで手伝えよ」

「いつ襲われるかも分からないんだぞ! ジッとしていられるか!!」

「剣を振りたきゃ、その辺の雑草でも斬ってろ。身を隠す場所を減らすのも、充分効果的だ」

「おっし! まだそっちの方が面白そうだな!!」


 連れてきた冒険者は、荒事に望む覚悟のある者たち。


 冒険者は魔物に関する依頼をこなすのが仕事であり、有事でも無ければ対人の案件は受けない。そう言うのは傭兵の領分であり、住み分けは確りできている。しかし、冒険者にも"人殺し"が求められる局面は意外に多い。例えば、馬車の護衛であったり、治安の悪い場所でのお使いだったり、中には人目が無い事をイイ事に同業者を狙う連中も居たりする。


 当たり前だが、人気の無い場所で悪意を持って襲ってくる輩に対し、説法だの、金を渡すだので見逃してもらおうとするのはお花畑な発想だ。相手からしてみれば、生かして帰す利点が無い。殺してしまえば全てを奪えるし、仕返しや指名手配されるリスクも減る。極限の状況で命乞いをしたくなる気持ちは理解できるが、そこで覚悟を決めて刺し違えるだけの気概の無いヤツに、冒険者をする資格は無い。


 まぁそれでも、未成年の連中に人殺しを体験させるのに、抵抗が無いと言えば嘘になるが……それでも、未経験の状態である程度歳をとると、いざって時に取り返しのつかない問題を引き起こす。こう言うのは、さっさと経験して、大いに悩んで、乗り越えられないなら冒険者を辞める。それが1番なのだ。


「お~ぃ、ちょっと戻ってこい」

「なんだよボス、もうメシか?」


 周囲の草を刈っているヤツを呼び戻す。コイツに限らず、孤児組は癖が強く、行動力がある。代わりに協調性は問題ありだが……まぁ、冒険者はそのへん似たり寄ったりなので言えた義理は無い。


「ほんと、お前は斬るのが好きだな。そうじゃねぇ、早速"ゲスト"だ。気を抜いてると、死ぬぞ」

「へぇ? ……って、おわっ!!」


 草刈り職人の目と鼻の先を、矢がかすめていく。当たり前だが、弓を使う魔物はいない。人、それも殺意を持つ者だけが使ってくる武器だ。


「いつも周囲の気配に気を配れって言ってるだろ! 生き残れたら、腹筋1万回だ!!」

「うっす!!」

「「…………」」


 木々の隙間から、腐った眼をした"賊"がゾロゾロと姿を現す。


「ココは俺たちの"シマ"だ。悪いが……」

「命は頂く、とでも言うつもりか?」

「…………」


 セリフを奪われ、怒りに顔を歪ませる賊たち。


「因みに、俺たちは土地の権利者に正式な許可を受けて、ココに監視塔を建てている。それでも襲ってくるというのなら、相手になってやるぜ」

「……上等だ」

「「…………」」


 睨み合い。本来なら、問答無用で剣を交えるところだが、今回は"わざと"捕り逃す予定だ。


「来ないなら、こっちから行かせてもらうぜ!!」

「あぁ、うん、頑張れ」


 残念ながら睨み合い勝負で真っ先に音を上げたのは草刈り職人だった。まぁ、うん。そんな気はしていた。





 泥臭い乱戦。賊の実力は、鍛えた見習い冒険者と同じか、少し上程度。俺が居るので負ける事は無いが、負傷は避けられない。


「がっ! やりやがったな! この借りは……10倍返しだ!!」

「ヌが!!?」

「へへ、ど、どんなもんだい」

「息が上がってるぞ」

「うっす!」

「いいから下がって止血しろ、ここは俺が受け持つ」

「なっ! 俺はまだ戦えるぞ!!」

「どうでもいいけど、集中しないと、死ぬよ!」

「なぁ!? 余計なお世話を!!」


 孤児上がりの見習い冒険者たちが少しずつ相手を押し返す。こいつらは境遇こそ同じだが、基本的に同族同士で助け合おうって意識は無い。互いがライバルであり、性格によって大きく2つのグループに分かれる。1つはアルフに人柄を認められ、綺麗で合理的な戦術を学んだ者たち。そしてもう1つは、アルフに認められず、俺に泥臭くも自由で荒々しい"冒険者"を学んだ者たちだ。


「これで貸し1つだな!」

「はぁ!? 上等だ! すぐに、利子付けて返してやる!!」


 アルフが見たら頭を抱えるだろうが、俺はこの無秩序な連携が嫌いじゃない。冒険者とは、本来こうあるべきだ。人を殺す覚悟の無いヤツは、殺される。傷を負う覚悟の無いヤツは、土壇場で役に立たない。助けてもらう事を当たり前だと考えるヤツは、どこかに油断が生まれ戦場に1番大切なものを落としていく。


「これで、最後だ!!」

「ぐふっ!? これで、勝ったと思うなよ……お前たちは、竜の巣に迷い込んだ……」

「サッサと死ね!」

「ちょま!!?」

「「あぁ……」」

「最後まで、言わせてやれよな」

「はぁ!? 興味ねぇし」


 どちらが正しいか? そんな話はこの際どうでもいい。お互いがそれぞれに適した剣を学び、そして今、同じ道を歩んでいる。それだけの話であり、そこに友情だのは求めていない。今は味方。明日も味方なら助け合えばいいし、敵なら戦えばいい。冒険者に限った話ではないが、プロと言うものは、そう言うものだ。


「おい、終わったのならサッサと手当しろ。特に草刈り職人」

「え? 俺!?」

「それ以上出血を放置すると、気絶するぞ?」

「はぁ!? まだ余裕だ……しっ」

「あ、死んだ」


 草刈り職人が、ダクダクと血を流しながら気絶する。普通なら死んでいてもおかしくない傷だが……まぁ、普段しっかり食べているので、このくらいなら死なないだろう。


「おわった? じゃあ、ごはん」

「お、おう」


 死者は居ないものの、この状況で平然としているのは、やはりスラム育ちのたくましさがあってこそなのだろう。





「はぁ? 冒険者が近くに櫓を建てているだって!? 冒険者ギルドはどうなっているんだ!!」

「それが……冒険者はイオネアではなく、ドルイドの森から来たようで」


 切り立った崖に囲まれる入り江。この場所には無数の足場と、そこに繋がれた船。そして質素な小屋が立ち並んでいた。


「ドルイドか。まったく、買収失敗のツケがこんな所にまで……。それで、始末は出来たんだろうな?」

「それが……」

「おい」

「へ?」

「手を出せ」

「いや、その……」


 不審な命令に、恐怖し、男が後退る。しかし、それが許されるはずもない。


「押さえつけろ」

「「へぇ!!」」

「聞いてください! 冒険者の中に恐ろしく強いヤツがいて、それでそれで……いや、やめ、そこは!? あ! アァーー!!!!」


 ナイフが手を貫き、深々と机に刺さる。男は必死に苦痛に耐える。今、ここで下手に動けば、手は完全に切断され、2度と元には戻らないだろう。


「ドルイドにはザナックがいる。問題は、ヤツが入り江ここを掴んで攻めて来たのか、それとも偶然か……だ」

「ヒィー、ヒィー」


 ナイフに添えられた手が、僅かに傾く。これは"裁判"だ。無能な部下の罪を量り、裁きを下す。


「ドルイドの乗っ取りは失敗した。しかし、それも時間の問題。1年、こうして我々は準備を進めてきた」

「お、お願いします。何でもしますから、ゆるしてくだ……アッーー!!!!」


 また少し、ナイフが傾く。


「まぁザナックは、俺がここに居る事を知らないだろう。知っていたなら、いままで俺を放置する意味がない」

「殺してきます、その男を、殺してきますから……」


 少し、ナイフの傾きが戻る。引き返したせいで零れ落ちる血の量は増えたが、この場でそれを気にする者は居ない。少なくともその余裕は、ありはしない。


「堂々と火を起こして、姿を隠す気は無いのか? いや、今アイツは冒険者だ。それなら、魔物除けのために火を起こすのは自然か??」

「そ、その男以外はガキばかりです。だ、だから幾らでも、やりようはあります! だ、だから、もう一度チャンスを!!」


 男はナイフを引き抜き、考えを巡らせる。


 彼の名はガレット。15年前の戦争で数えきれない武勇をあげた"元"英雄。彼は多くの称賛を浴びながらも、土壇場で国を裏切った。指揮官を務めていた貴族を殺害し、兵站を奪って逃亡した。そのせいで戦線は崩壊し、多くの土地と命が失われた。




 彼の名はガレット。極東に伝わる曲刀を使いこなす片目の達人にして、反逆者。隻眼のガレットだ。

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