#048 イオネアの入り江①

「確かにここ1年の間、イオネアでは大量の資材が取引されている様だ。しかし、それはあくまで交易用で、幾つかの商会が買い付け、船で各地に送っているそうだ」

「怪しいと言えば怪しいが、直接イオネアで何か起きている可能性は低くそうですね」

「まぁ、イオネアには普通に住民が暮らしているからな。大げさな事はしにくいだろう」


 場所は兵士訓練施設内にある作戦室。そこにエスティナ様と師匠、そして俺の3人で、イオネアの件についての調査資料を確認していた。


「やはり、そうなると"ココ"が怪しいですね」

「そうだな。あるとすれば、そこだろう」


 卓上に広げられた地図に視線が集まる。この場所はベヨネアとイオネア、そしてドルイドの土地が交わる海岸線。周囲に切り立った崖が多い事から利用されていない土地で、冒険者の出入りがなく、イオネアが管理する灯台があるだけの場所だ。


「そうなると、そうとう大掛かりで、ヤバいシノギって事になるな。まぁ、意外性は無いが」


 フィーア様の証言を受け、俺は師匠にイオネアを調べてもらった。残念ながら時間に余裕がないので細部の調査は甘いが、もとより目星をつけていた場所もあるので、そこへ至る状況証拠がつかめただけでも充分な成果だ。


「こうなると、本格的に軍を動かして正式な調査がしたいところだが……」

「どうでしょうね。まず、今の段階では証拠らしい証拠は上がらないでしょう」

「領地を開発する事自体は、領主の権利だからな」


 推測するに、領主の目的は『秘密の港を作る事』だと思われる。


 国に無許可で大規模な公共事業を実行するのは問題だが、未完成の段階ならバレた所で言い訳する方法は幾らでもある。問題なのは完成後の"利用目的"であり、それが非合法であるから"言えない"のだ。


「それでは、どう攻めるつもりだ? 私は姫様より、アルフ、キミの判断を見届けるよう"命"を受けている」

こっちにも事情がありますからね、現状では会長好みの派手なのは、お見せできませんよ」

「時間があった場合、どうするかを聞いてみたいところだな」

「残念ながら、無いものに考察を巡らせる時間的余裕はありません。それより、頼んでおいた"モノ"は用意してもらえましたか?」

「ん? あぁ、これの事か」


 そう言ってエスティナ様は、机の上に小さな"包み"を無造作に置く。そしてその包みに、事情を知らない師匠が手を伸ばす。


「何だコレ? 何かの魔法素材か??」

「魔法素材なのは確かですね」

「そうだな」

「? ……げっ! これって!!?」

「ルイズ王国記念硬貨です」


 包みから出てきたのは、眩い光を放つ、ちょっと大きな硬貨。材質としては金とミスリルの合金で……まぁそっちは今はどうでもいい。この記念硬貨は、貴族が大きな事業をする際に用いられる格式高い通貨で、これ1枚で1億の価値がある。そんな高額硬貨が、机の上に無造作に20枚ほど置かれている。


「とりあえず、20枚用意した。追加は、代金を受け取ってからだな」

「はい、助かります」


 そう言って記念硬貨を受け取り、受け取りを示す証書をエスティナ様に手渡す。


 今、俺の懐には20億もの大金がある。このまま逃亡すれば、一生遊んで暮らせる……とはいかない。20億の価値に嘘は無いが、この硬貨、格式が高すぎて両替に難がある。王都、それも王城でのみ両替可能であり、そこには必ず証書での"証明"が必要となる。つまり、記念硬貨だけあっても使えないのだ。


 そんな不便な記念硬貨だが、不便ゆえに信頼性が高く、悪用すれば厳しい罰則も定められている。例えば、これで国税を払ったとして、その際に領主が受け取ったにもかかわらず『受け取っていない』と言い出した場合、コチラは証書をタテに支払いを国に証明できる。そして、無いはずの記念硬貨が領主の元より見つかれば貴族特権を回避(領主対平民ではなく、領主対国の状況が作れる)して領主を処罰できる他、地球で言うところのマネーロンダリングが出来ないのも大きな利点となる。


「しかし、20億は多すぎるだろ? 10億あればイイところを」

「20枚だけでは無いですよ? 可能な限り、両替を続けます」

「両替、ね」

「はい、だから多少の手間がかかるだけで、直接的な損失はありません」


 俺はこの記念硬貨を、ツテを活用して近隣に流通させる。本来なら、両替に手間がかかる記念硬貨での支払いは拒否されて当然。しかし、今の時期は何処も1億程度の納税をひかえており、王都で処理が必要な記念硬貨の"消化"は容易。あとは適当に余っている魔道具をオマケでつけると言えば、良い返事がかえってくるだろう。


「まったく、キミの着眼点はいつも独特だな」

「誉め言葉として、受け取っておきます」


 この両替で損をするのは、オマケを用意する俺と……国税の徴集窓口となる"領主"だ。


 領主は領民より受け取った国税を幾らかピンハネした後に国に納める。国税に領地税を上乗せするのは適法なのだが、基本的にどこの領主もあの手この手で国に申請している領地税以上に税金を回収しようとしてくる。


「なるほどな。納税記録を国に届ければ、非合法な領地税を規制できるってわけか」


 では、そこで記念硬貨を使われるとどうなるのか? そうなれば、各地の長や商会が支払った額面が、国に届けられる形で記録に残ってしまう。もちろん、これだけで領主を裁くことはできない。領主としてはあくまで『国に財布の中身を覗かれる』だけで、直接的には何の問題もなく、受け取りを拒否する理由にもならない。あくまで、適法の範囲内での納税ならば、だが。


「しかし、領主だってバカではないぞ? 何かしらの形で"理由"を用意してくるだろう」


 実際のところはそうなのだ。ドルイドの10億で言えば、領主は本来利用不可能な森を"農地"として課税対象に加えた。起伏の激しい未開拓の森を農地として利用するのは本来不可能であるが、それを開発しないのは村側の責任。加えて言えば、開墾していないだけで、冒険者を利用して自生可能な作物を育てているので、俺も"不可能の証明"は出来ない状況だ。


「でしょうね。自分も、これで税が軽くなるとは考えていません。あくまで"保険"ですよ」


 因みに、小麦の受け取りを偽るのは不可能だ。領地内で一等小麦を生産しているのはドルイドだけで、一等の認可は国の役人が立ち会う。立ち会う役人を買収される危険性はあるが、そこは会長の名前を出せば問題無い。あれでも会長は、この国の王族なのだから。


「ハハッ! まだ、何か考えてるって顔だな」

「さぁ、どうでしょうね。……さて、そろそろイイ時間ですね。何もなければ、これで解散にしたいのですが?」


 会議はこれにて終了。しかし、俺にはまだ"話"が残っていた。





「まぁ、勿体ぶって隠すほどの事じゃないので言っちゃいますけど、もう1つの理由は、領主にイケない買い物を控えさせる為ですね」

「そんな事だろうと思ったぜ」


 帰り道、俺は師匠と軽く回り道をしながら残された話を消化していた。


「ミウラーは、稼いだ資金を使ってイオネアに秘密の港を作っています」

「そうだな。時間が無くて場所の特定まで手がまわらなかったが、間違いなくそうだろう」


 国税とは別に、商会などが支払いに記念硬貨を使うようになれば、港に流すための資金が用意できなくなる。もちろん、領主やイーオンは少なくない額の臨時予算を持っているだろう。それでしのぎつつ、王都で両替すれば済む話ではあるが、そうなれば一時的にイーオンに流通する貨幣が激減する。


 つまり、一時的に領主の懐を空に出来るのだ。それはその場しのぎではあるが、それでも確実に、領主の自由を縛る"見えない枷"となる。


「幸いなことに、俺は頼れる仲間が大勢います。少しくらい村を離れても、何とかなるでしょう」

「乗り込むつもりか? 秘密の港に」

「そうなりますね」


 別に、俺が村を離れる事は珍しくない。しかし今は収穫時期であり、義勇団の襲撃もあって村はどこもフル稼働。そんな時期に、村を離れるリスクは計り知れない。


「エスティナ嬢に丸投げするのはどうだ?」

「事が大きくなりすぎます」

「本音は?」

「少し、足りないんです」

「ハハッ! それはエスティナ嬢には言えないな」


 残念ながらそうなのだ。ここまで何とか資金を集めてきたが、それでも10億の壁は高く、厚かった。そんな訳で、ちょっと『領主の隠し資産を略奪する』必要が出てきてしまったのだ。


「もちろん、保険は幾つか用意してありますが……ベストなシナリオからは、大きく外れてしまいますね」

「…………」

「そんな訳で、しばらく村の防衛をお願いします。期限が近づけば、領主は手練れの傭兵も送り込んでくるでしょう」

「そうだな。お前がそう判断したのなら、それが最善なのだろう」

「そうですね」

「最善なのは理解した。したが……それでもこの話、断らせてもらおう」

「え?」

「俺にドルイドの結界を管理する力はない」

「そうですが……」

「俺が港に乗り込んだ方が早いだろ?」


 師匠がそう言うのは予測していた。しかし、師匠に魔術の知識は無い。ドルイドの結界を操作できないのと同時に、港の防衛を"秘密裏に"突破するのは不可能だ。間違いなく大事になって、それを力ずくでねじ伏せる展開になる。


「ですが、師匠では目立ちます。一応、大戦の英雄なので、顔を知った相手が出てくる可能性だってありますよ?」

「一応は余計だ」

「"仮"の方が良かったですか?」


 師匠には、すでに1億の資金提供を受けている。一流冒険者が老後のために貯めた資金を借り受ける形で、ドルイドに投資してもらった。もちろん返すつもりだが、この上で犯罪行為まで強要しては、恩を返しきれなくなってしまう。


「同じだバカ! まぁなんだ……3日寄越せ。それで舞台は整えてやる」

「相変わらず、お人好しですね」

「お前にだけは、言われたくないな」




 こうして俺は、名実ともに"悪い村長"になった。

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