#047 番外編・アルフの講義
「はい、それでは今日も始めていきます。まずは、ルイズ王国とスーンとの戦争についてです」
冒険者ギルドの会議室。ここでは、村長であり、国内で最高位の学び舎・ケールズ魔法学園に在籍してたアルフが、不定期で講義をひらいていた。
「スーンですか?」
孤児組、特に若い子たちは耳なじみのない言葉であった。
「スーンは25年前から10年間、つまり15年前までルイズと戦争をしていた国の名前です。まぁ、正確に言うと国ではなく、部族の集合体なのですが……ザックリ纏めると、それぞれの亜人の血を濃く保つ事が良い事だと言う思想に賛同する"同盟"ですね」
ルイズ王国は、混血にとても寛容な国であり、純血種族は殆ど居ない。これはそもそも、この大陸に渡ってきた人類が『土地を追われた混血種の集団』であり、言わば大陸自体が『混血種、最後の楽園』なのだ。
「そう言えば、戦争する前のルイズって、結構裕福だったって聞いた事があります」
「当時の人たちは、そうは思っていなかったようですが……戦争を経て、結果的に国力が大きく衰退したのは事実です。戦争に勝ち、領土を大きく増やしたにもかかわらず、ルイズは貧乏になりました」
スーンとの戦争は熾烈を極めた。その悲劇は、当時、最前線が"レッドライン"と呼ばれたほどだ。これは、兵士の流した血が一面を真っ赤に染め上げた事から来ており、まさに現世の地獄。
結果的にルイズでは、当時の成人、現在の30代から50代の男性が殆ど戦死し、経済や資源に計り知れない損失を負った。そしてその経済不安は、15年たった今も続いている。
「15年たっても、まだ戦争の傷が癒えないのですか?」
「そもそもの話になってしまいますが、領土を拡大し、国力を増しても、国は豊かにはなりません」
「え?」
「もちろん、領土拡大や植民地政策は、一定までは効果があります。しかしそれには限界があり、それを超えると、国は自重を支えられなくなります。その境界が、スーンだったわけです。例えば……。……」
植民地から食料をタダで供給できるようになったとする。当然だが、そうなれば国は潤うし、実際に25年前のルイズは潤っていた。しかし、スーンの大地は広大で、即座に利用可能な耕作地は限られ、尚且つ点在していた。その結果、輸送に必要な人員を維持するために、そこで得られる数量以上の食料が必要になってしまったのだ。国は、なんとか現状を打破しようと様々な投資をおこなったが、結果は振るわず、慢性的な不況に悩まされている。
「それならもう、その土地、手放しちゃえばいいんじゃないですか?」
「そうですね。ですが、15年たった今、それは簡単な事では無くなってしまいました。その1番の原因と言われているのが、貴族の増加です」
貴族を支える平民が戦争で大きく人口を減らすと、当然ながら貴族1人あたりの"取り分"は減る。しかも、戦争が続いた事で功労者は増え、貴族の総数と階級が格上げされているのだ。
貴族も多くが戦争に参加し、実際に何人かは戦死した。しかし、特権に守られた貴族は基本的に安全な後方から指示を出しているだけで、戦死する確率は極めて低い。国も、これ以上貴族を増やさないように対策をしているが、真の問題、"事の本質"を改善できない以上、事態が好転する事は無い。
「また貴族様か。ほんと、有難すぎて涙も枯れるぜ」
「国も現在、必死になって貴族を減らし、スーン地方への投資も再検討しています。ですが、仮に貴族の総数を25年前と同じにして、スーン地方も完全に放棄しても、かつての栄光は戻りません」
「え? ダメなんですか??」
それまで好調だった経済がレッドラインを越えた途端に崩壊したのは、何も距離だけが問題なのでは無い。貴族は様々な特権を有しており、様々な方法で自身の利益を確保している。実のところ、国の経済が疲弊している現在でも、貴族はあの手この手で富を得て、肥え太り続けているのだ。
分かりやすく俗っぽい言葉で言えば……ピンハネ率が高すぎて、平民だけでなく、国家にまで利益(金や食料)が廻らなくなってしまったのだ。よって、必要なのは貴族に対する"規制"と"節度"の再教育なのだが、当然ながら特権の剥奪が受け入れられるはずもなく、結果として元老院議会は、本質から目をそらし、15年間水掛け論を繰り返している。
「……。どっかの領主もそうだが、国の力が衰えたせいで貴族のタガが外れて、好き勝手出来る情勢が出来上がってしまったんだ」
例えば領主は、定められた国税を領民から徴収し、国に納める義務がある。その業務に対して、国は領主に給料を払う事は無い。領主の基本的な収入は、領地内の様々な税金であり、すなわち領地税だ。つまり『自分で稼いだ分は、自分の取り分に出来る』訳で、このため領主は、法律と自身の貴族特権で許される範囲内で、ギリギリまで搾り取ってくる。
国は『貴族の特権』を憲法で保証しており、この状況も"通例"として容認している。仮にこれを改め、独自の税を制限するならば、当然、貴族の賛同は得られず、強引に強行したところで欲に目が眩んだ貴族が圧政をやめるわけもなく、王族や元老議員が支持基盤を失うだけに終わってしまう。
「うぅ~、難しすぎて目が回ってきた。でも! 原因は欲に目がくらんだ
「まぁ、間違ってはいないが、"欲"だけって訳でも無いぞ」
「「??」」
「それまではスーンがライバルであり、貴族も、国も、様々な事でスーンに勝ちたいって気持ちが強かったんだ。でも、競う相手が居なくなった事で……ある者は自制が利かなくなり、ある者は現状に満足してしまったんだ。お前たちも、ちょっと上手くいかない事があっても、今は何とかなっていて、これ以上悪くなる心配が無いなら、現状維持でイイやって思うだろ?」
「「あぁ……」」
結局のところ経済は衰退していても、一部の貴族や国の重鎮は確り自分の利益を確保している。だから王族や元老議員は、経済の衰退にそれほど関心がなく、それよりも真に恐れているのは『求心力の崩壊』なのだ。
「これって、ある意味、燃え尽き症候群ってヤツだな!?」
「そうとも言えるな。実際、国王も歳で、ここ数年は子息が生まれていないようだし」
余談だが、現国王は『色欲王』の二つ名を持つほど精力旺盛な人物で、子供はなんと50人を優に超えると言われている。国王のハーレムには、敵対していたスーンの姫も少なからず存在しており、その間に子が生まれる事も少なくない。真紅の薔薇姫・レイナもその1人で、流石に王位継承権は認められていないが、騎士団を預かり勢力的に活動している。
「そうらしいですね」
「ルイズの繁栄の象徴も、寄る年波には勝てないか。なんだか、ちょっと寂しい気もするな」
ルイズの経済は衰退しており、貴族の評判は(表立って言えないものの)地に落ちている。しかし、国王の評判は、実のところそれほど悪くない。良くも悪くも"女"が1番で、それ以外は貝殻集めにしか興味がなく、子供っぽい性格をしている。実は王城を頻繁に抜け出して、平民の子供と普通に遊んでいたりするほどだ。
そんな裏の顔を知る王都民は、王を憎めず、敵国の姫であっても、時間を共にすれば彼に惹かれ、彼を支えるハーレムの一員になってしまう。そして国民、特に男性は、そんな国王のカリスマに憧れ、自分もそうありたいと思ってしまう。
「あれだけ子供がいても、跡目争いの話を聞かないのは、本当に凄いと思うよ。まぁ、引退はまだ当分先だろうが」
「そうなのか?」
「あぁ。王都に住んでいれば、割と頻繁に見かけるぞ。お前たちも、王都に行く際は気をつけろよ。肥え太ったどっかの領主と違って、国王はバリバリの武闘派だ。知らずに喧嘩を売って、切り殺されるバカな余所者が絶えないらしい」
「うげっ、マジか!?」
「まぁ王都では、緑の服を着たギザ歯の剣士には注意しろって事だ」
こうして村長の講義は今日も、逸れに逸れて終わった。
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