#044 収穫の季節③
「ん~、来ませんね……」
「あぁ、その様だな」
昼過ぎ、俺は今日も書類仕事に勤しんでいた。しかしいつもと違い、場所は警備用に建てた警備塔であり、警備にあたっている兵士たちから視線を浴びながらの作業となる。
「来ないのはいいんですが……」
「気になって手が止まっているな」
「うぅ、すみません」
このやり取りを何回繰り返しただろうか? まぁ、犯行予告に兵士の目、気になる気持ちは充分に理解できるが。
「失礼します。アルフ様、輸送の人たちから聞き込みが終わりました。やはりルードとイーオン、共に馬車は襲われていないようです」
報告にやってきたのはクロエ。予想通りすぎる結果ではあるが、それでも裏付けはとっておくに越した事は無い。
「やはりそうか」
「これは、間違いないですね」
「その様ですね」
ダイン義賊団が、領主の手ゴマである可能性が90%から99%に上がった。やはり、馬車の護衛強化に対して、馬車を無視して『直接村を襲う作戦』に切り替えたようだ。野党狩りは美味しい稼ぎになっていただけに残念だが、それで商人や馬車が襲われなくなるのは良い事。現状で"お金"と"安全"、どちらが欲しいかと問われれば……内心は前者だが、それは口にも顔にも出さないでおく。
「しかし、これだけ好き勝手して、お咎めと言うか、何か(領主を)注意する方法は無いのですか?」
「直接は無理だな。まぁ、方法が"黒"なのは事実だから末端を潰していく分には問題無いが」
「失礼しま~す。アルフ様、小麦の収穫予測が出ました。一等級は……。……」
憂鬱な空気を塗り替える使者・ネロがやってきた。ドルイドの小麦は貴族向けであり、王城で使用される事もある高級品だ。農村として、小麦を納めるのは義務であり、現金化はされないものの1億分の国税として扱われる。
「ん~、二等小麦が少ないな……」
「その分、一等小麦が多いので、むしろ良い事なんじゃないですか?」
「一等は、平民である俺たちが消費する事は許されていない。このまま行けば、来年は他の村から小麦を買うハメになるな」
「それは……なんと言ったらいいか」
「何せ食い扶持が増えましたからね~。まぁでも、来年ならいいんじゃないですか?」
「そうだな。今年度さえ乗り切れば、あとは何とでもなる」
「「……………………」」
また重たい雰囲気になってしまった。
――ポーーン――
「「!!?」」
備え付けられた水晶に赤い光が灯り、一同に緊張が走る。
「アルフさん、お願いします」
「あぁ、見よう」
兵士に声をかけられ、水晶を読み解く。
この水晶は魔道具であり、精霊魔法を用いて結界内の情報をこの場に表示している。しかしその内容は、魔力的で抽象的、とてもデジタル信号の様な分かりやすい代物ではない。地球にあるもので例えるなら解像度の荒い超音波ソナーが近いのだろうか? 生物の接近などは簡単に分かるが、詳細を読み解くには専門の知識と勘が必要となる。
「やはり、100人と言うのはハッタリの様だな」
「「…………」」
安どの吐息が部屋に満ちる。それでも馬鹿正直に日中を選んできたのは驚きだが……裏の事情も含めて考えれば、何となく連中の思惑は見えてくる。まぁ、現段階では様子見。突入は日暮れを待つつもりなのだろう。
「まだ後から増える可能性もあるが、取り合えず今いるのは30人程度だ。魔法使いや精霊が反応するような強い波動の持ち主もいない」
結界が捉えた反応は10人前後の班が3つ。単純な偵察だけなら2~3人程度で充分であり、構成も含めて動きは素人同然。一応、身を潜めているようだが、隠ぺい系のマジックアイテムを使った形跡は無し。本来なら、魔法やアイテムも絡めて身を隠し、その消された痕跡による僅かな"乱れ"を読み解く技術が求められるのだが……乱れは全く無い。
まぁ、裏に控えている"先導者"からして見れば、村への干渉は失敗続き。俺が魔術に長けている事は承知しているので、姿を表す愚行はしないだろう。故に、逆転の発想で義賊団は完全な捨て駒としてあえて無策で突っ込ませるプランなのだろう。実際、コチラとしては作物や主要施設を破壊されると"詰み"なので『数にものを言わせたごり押し作戦』は正直に言って辛い。具体的には精神衛生面が特に。
しかし、義賊団も素人なりに知恵を絞り、生き残る事を前提に挑戦する。その辺りで先導者と義賊団の思考に差異が生まれ、結果的に行動に矛盾が生まれる。今回で言えば、中途半端な"小賢しさ"を見せてくれているおかげで、後手後手にまわらずに済んでいる。
「今なら応援が到着する前に、連中を一網打尽にできますが……如何いたしますか?」
「コチラの索敵範囲を知られたくはない。通常通り、ある程度引き込んでから対処してください」
「了解しました」
防衛方針は通常通り。結界で捕捉した侵入者は、基本的に気づかないフリをして引き込み、人数に応じて程よいタイミングで対処する。通常なら侵入者は少数であり、その場合はあえて『警備網に穴をつくり、村内まで引き込んで取り囲む』プランとなるが、今回はそれなりに人数が多いので『防壁前で発見して、弓などを利用して対処する』プランになるだろう。
「冒険者への応援要請はどうしますか? 出すなら、早くしないと……お酒を飲み始めてしまうかと」
「冒険者には、今日も稼ぎを村に還元していて貰おう。確証は無いが、冒険者は出さない方がいいだろう」
「「??」」
*
「なあ、団長。まだ突入しないのか? 早くしないと店が閉まっちまうぜ」
「だから言っただろ。突入は日が沈んでからだって。悪いが祝杯をあげるなら明日にしてくれ」
森に潜む武装集団。彼らを指揮する団長は犯罪で冒険者を続けられなくなった訳アリの傭兵で、連れているのは各地で拾い集めたチンピラ。そしてソレを、更にスラムの住人で嵩増ししている。
「でも、依頼主にはサッサと突撃しろって言われたじゃん? 安全策なのは分かるけど、ド田舎の村を襲うのにビビりすぎだろ」
「この業界、長生きしたければ情報収集を怠るな。このドルイドって村は普通の村じゃねぇ。迂闊に突っ込んだら、生きては帰れないぞ」
領主と対立しているドルイドの武勇伝は、商人を中心に有名になりつつある。
「つってもよ、
「それは、まぁ、あくまでカカシだからな」
今更ではあるが『景気付け用の酒を用意しておけば良かった』と団長が思いを巡らせる。彼は、本当の依頼主が領主である事を察している。そして何より、この依頼が"生存"を前提としていない作戦である事も理解している。
これは珍しい事では無い。元より真っ当な依頼なら冒険者か王国軍に頼めばいい訳で、何より、資金を節約したいと言ってもスラムの住人まで集めるのは異常だ。なにせスラム組は、ロクに食事をとれていない者など当たり前。手や足を失っている者までいる始末だ。これは本当に底辺の仕事。傭兵としては"ありがち"な、非合法で、人権を尊重しない依頼なのだ。
「団長は、成功報酬を狙っていないのか?」
「狙っていない訳じゃない。しかし、一発で決める事に固執する気は無い。それだけだ」
そんな非合法の依頼でも、団長とその側近に関しては、ある程度作戦の概要が伝えられている。彼らの仕事は『現地で指揮をとり突撃する。そして頃合いを見計らって離脱する。そしてまた集められた底辺の戦力を先導し、村に送り続ける』事なのだ。
「さいでっか。まぁいいや、それじゃあ日が暮れるまで昼寝してますんで、時間になったら起こしてください」
「お、おぉ……」
その後は、空が赤く染まったタイミングで突撃し……あえなく返り討ち。3班を指揮していた者を除き、27人が拿捕、あるいは戦死した。
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