#045 収穫の季節④

「聞いたか? とうとうウチの村長、悪事がバレて義賊団とか言う連中に狙われだしたんだと」

「まったく、先代が草葉の陰で泣いておられる」


 ドルイドの村、旧区。ここでは代々農地を受け継いできた者たちが、代理村長のアドバーグの指導のもと、小麦を中心に多くの作物を栽培していた。


「手段はどうあれ、アルフ様も国税を納めるために奮闘した結果です。村を存続するために手まで汚した若村長を、悪く言ったら罰が当たりますぞ」

「おぉ、これは不味いところを聞かれてしまいましたな。アドバーグさん、畑の見回りですか?」


 背後から現れたアドバーグが、すかさず村長をフォローする。アドバーグは裏の事情を知っており、真に批判するべき相手が『本当は誰なのか』も当然知っている。しかし知っていてなお、村民が先走らないようアルフを"程よく"悪役に仕立て上げる事で、村の暴走を抑制していた。


「それもありますが、収穫祭も近いので国のお役人様が収穫具合を視察に来るので、その、お出迎えですな。それより、義賊団の話は、どこから聞いたのですか?」

「え、それは……」


 言い淀む村民。それもそのはず、村は偏狭であり外界との交流は殆どない。義賊団が襲撃したのも新区であり、隣接していない旧区の住民には"知り得ない"情報なのだ。


「その話なら、とっくに村に広まっていますよ? 出所は、てっきりアドバーグさんの所だと思っていたけど、違ったんですか?」

「いや、ワシの所では無いですぞ。まぁ新区あそこは王国軍の施設があるので、大方、徴兵や軍拡を良く思わない者の犯行なのでしょう」

「あぁ、確かに」


 旧区では新区の出来事を、どこか他人事の様にとらえる風潮になっている。それは接点が少ないのもあるが、それ以上に閉鎖的で排他的な村民たちにとって、荒くれ者が多い(印象)冒険者や軍人には"関わりたく無い"と言う意識が根強かった。


「おっ、立派な馬車が来ましたね」

「おぉ、その様ですな」


 そんな話をしていると、木々の合間から村へとやってくる馬車が見え隠れした。





「いやはや、フィーア様。お越しいただけると分かっておりましたら、歓迎の準備をいたしましたものを」

「お気遣いは不要です。むしろ、抜き打ちの様な形になってしまったことをお詫びします」

「めめめ、滅相もありません!」


 領主の娘・フィーアの訪問に狼狽えるアドバーグ。それもそのはず、収穫前の視察は形式的なものであり、代理とは言え貴族がわざわざ視察に来ることはあり得ない。本来は、末端の役人がやってきて収穫量を確認し、『不作などで収穫量が極端に減った』場合などの状況に対して"減税措置"が受けられるかを判断するのだが……当然、領主の収入に直結する減税の認可が下りる訳もなく、あくまで形だけの行事であるはずだった。


「今回は、収穫量の調査もありますが、私が来たのは別件もあっての事です」

「なるほど。それで、別件とは?」

「そ、それは……。アルフと合流してからで、お願いします」

「はぁ……」


 視線をそらして答えるフィーア。


「それより! やはりドルイドの小麦畑は凄いですね。丘陵を利用しているのもそうですが、何より虫害や病害が全く見受けられない」

「おぉ、お褒めいただき光栄にございます。小麦は、農薬を使わず、鳥や、虫が嫌がる植物を周辺に植えることで対策しております。そして何より、重要なのは"風"です」

「風ですか?」

「谷を流れる風を、効率よく均等に小麦に当てる事で、葉に病害がつくのを防いでおります。羽虫も、風を嫌いますので」

「それは……平地で育てている他では、マネ出来ないですね」


 小麦の生育を、真剣に考えるフィーア。彼女は家名の継承権を持っていないとは言え、貴族としては異例。お付きの者たちに職務を任せることなく、現地に足を運び、自分で見、自分で考えて行動していた。


「風に関しては、正直に言いますとワタクシにもよく分かっておりません。一応、理論は理解しておりますが……時間帯や季節で常に変化する風の流れを読み解き、どこの木を切り倒せばいいのかなどの判断ができるのはアルフ様のみ。肥料の配分も含めて、この村はアルフ様無くしては有り得ません」

「ふふ、そうですか。流石はアルフですね」


 いつしか上機嫌になり、畑を見て回るフィーアであった。






「それではドルイドの村長・アルフよ。改めて、領主であるミウラーの判断を伝えます」

「……はい」


 突然やってきたフィーア様を会議室に通し、持参した証書を受け取る。


「村を襲う"賊"に対し、領主はこれを正式に彼の賊と認可し、報奨金を支払います」

「……はい」

「よって、領地を管理する"長"であるアルフに……領主に代わり、報奨金の支払いを命じます」

「謹んで、お受けします」


 村を襲う賊の対策金を、その村に払わせる。これは本末転倒であり、常識的に考えれば受け入れられるものではない。しかし、証書には国の承認印まで押されており、この場でコレを断る事は許されない。


 この理不尽がまかり通ってしまうのが、貴族であり、階級社会なのだ。


「その、何と言ったらいいか……」

「いえ、ある程度は予測していた事です」


 やはり、冒険者を防衛に参加させないで"正解"だった。


 義賊団、なにより領主の狙いは『報奨金を村に出させ、散財させる』事だったのだ。領主としても、この矛盾した証書を作るために少なくない裏金を渡したはずだ。それでも捨て駒1人に100万だすよりは安上りなら、ヤラない手はない。


 もちろん、こんな無茶苦茶な内容だ。コチラも再審査を申し立てれば撤回される可能性は高い。しかし、それでもこの証書が現段階で有効なのは変わりなく、今から手続きをしても収穫祭までには間に合わない。不本意ではあるが、この場は素直に受け取り、大人しく払うしかないのだ。


「私も、この書状が無茶苦茶なのは理解しています。ですが、その……」

「気にしないでください。むしろ、この書類を預かったフィーア様のお気持ちは、察するに余りあるかと」

「そう言っていただけると、助かります」


 結局、領主のミウラーからしてみれば、娘であるフィーア様は都合のイイ"使いっ走り"なのだ。下手に階級の低い役人だと、貴族であるエスティナ様に対応できないので、最低限反論できる身分を持っているフィーア様を当てがった。


 日本人の感性を持っている俺から言わせれば『娘は溺愛する対象』なのだが、この世界での"貴族の娘"は本当に『ただの道具』。着飾ってお茶会に参加させお家の繁栄をアピールしたり、政略結婚をさせたりする為の存在。少なくともミウラーにとっては、そうなのだ。


「えぇ……少々早いですが、夕食をご用意しましょうか? お急ぎになられるのでしたら、何か包みますが」


 気持ちを切り替え、この後の予定を聞く。夕食としては早すぎるが、それでも今からイーオンに帰れば、到着する頃には日が沈んでいるはずだ。


「その事なのですが……」

「はい?」

「その、もう1つ"命"を受けておりまして。その、しばらく、ドルイドに滞在させて、貰います」

「はい!?」

「その! 貴族としての待遇を要求するつもりはありません。いや、要求するよう言われているのですが……なんなら平民として、ただの客人待遇でいいので! しばらくアルフの傍に、居させてください!!」

「はい……」


 軽くない眩暈を覚える。どうやら俺は、無理のし過ぎで幻聴が聞こえる様になってしまったようだ。




 こうして、現実逃避をしながらも、フィーア様が村に居座る事となった。

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