#003 失われた栄光・鉱山都市ルード②
「ふわぁ~~。うぅ、日差しが……」
アクビ交じりに家を出ると、今日もお天道様が容赦なく私の命を刈り取っていく。
と言うのは半分冗談で、単に私が夜型なだけだ。その気になれば普通に昼間も活動出来るのだが、やはり"種族特性"もあって日中に活動するのは苦手だ。
それはさて置き、昼過ぎ、今日も私は日課の商店廻りに出かける。この時間だと良い物は残っていないが、最初から"売れ残り"が目的の私としてはベストタイミングと言えよう。
「おっ、ティアナちゃん。今日も"いつもの"、用意してあるぜ!」
「ありがと~、おっちゃん。助かるよ」
「いいって事よ。むしろ、金を貰って申し訳ないくらいだ」
「お互い無理しない範囲でって事で」
商店を廻って、パンの切れ端やクズ野菜を買い漁る。聞く話によると、街によってはタダで配っている所もあるそうだが……街全体が貧乏なルードでは、パン屑1つ無駄にする余裕はない。だから、ギリギリ赤字にならないよう、原価分は払うようにしている。
正直なところ、私も生活は厳しいので、この生活がいつまで続けられるのかは分からない。しかし、それでも"あの子たち"を見捨てられない自分が居るのも事実なのだ。
「今年の冬は、温かいといいな……」
大きめの麻袋に、私1人では食べきれない量の食糧を詰め込む。しかし、残念ながらコレでは全然足りない。なにせスラムには、食べ盛りの子供が何人もいるのだから……。
*
「お! ティアナ姉ちゃん、待ってたんだぜ!!」
「え? ルーク君、どうしたの??」
スラムまで来ると、待ってましたとばかりにルーク君が駆け寄ってきた。いつもなら夕方まで粘っていて、この時間に帰っている事は殆ど無い。それに何より、妙に表情が晴れやかなのが気になる。ルーク君がスリで生計をたてているのは知っているが……もし、大金や、もっとマズい物を手にして浮かれているなら、それは非常に危うい状況だ。
「ティアナ姉ちゃんに会わせたい人が居るんだ。この人!」
「え? えぇ??」
現れたのはルーク君と同じくらいの(ギリギリ)子供。しかし、物腰は妙に落ち着いていて、身なりも整っている。そんな子が、なぜ私を訪ねてくるのか? 私絡みなら、普通は"アレ"しか考えられないのだが……。
「どうも、アルフです。ティアナさんですよね? 今日は折り入ってお願いがあって参りました」
何を隠そう、私の職業は"娼婦"だ。まだ勤続1年の若輩者ではあるが、それでも私に"夢魔"の血が混じっており、その力を利用して商人や冒険者などの外から来た人向けに淫夢を魅せる仕事で生計をたてているのは紛れもない事実となる。
私が務めている娼館は夢魔に限らず、様々な淫魔系種族や借金などで行き場を失った女性を揃えており、お酒や軽い食事などと合わせて提供している。基本的には『ちょっとエッチな酒場』なのだが、追加料金を払う事で店員を個室に連れ込めるシステムとなっている。
「えっと、ティアナです。その、ご丁寧にどうも……」
「なるほどなるほど。なかなか面白い色だ」
「??」
私は娼館で産まれ、娼館で育った。母も娼婦で、私は『お客との間に出来た子』だ。当然だが、母にも夢魔の力が備わっており、加えて娼館に所属する娼婦は避妊魔法を施す義務がある。しかし、避妊魔法は"絶対"ではないので妊娠してしまう事も。その場合は当然、中絶するのだが……中には娼婦を辞め、相手と結婚するために出産を決意する場合もある。
しかし、それまでは良い関係であり、結婚を前提としたお付き合いをしていたとしても、いざ子供が出来たら……。
結果として母は、私を娼館に残し、失踪してしまった。母親を恨む気持ちが無いと言えば嘘になる。実際に成人するまではハッキリ言って恨んでいた。しかし、娼館で育った私は、娼婦の大変さもよく理解している。この仕事は、本当にトラブルやストレスが多く、それでいて稼げない。そのあたりは景気や娼館次第な部分もあるのだろうが、少なくともルードでは、そこらの食堂で給仕でもしていた方がマシと思えるほどだ。
「失礼しました。それでは……お話の前に、まずは炊き出しの準備を手伝わせて貰えないでしょうか? こう見えて自炊は得意なんですよ?」
「え? えぇぇぇ……」
見た目には不釣り合いな言葉遣いと、その行動。もちろん、猫をかぶっている部分もあるのだろうが、それでもその仕草は堂に入っており、何より相手への気遣いが感じられる。年上とは言え、娼婦の私に対しても、だ。
*
「おぉぉ! すげぇ~」
「さっきのやって! もう1回やって!!」
「ん? こうか?」
「「おぉぉ~~」」
アルフと名乗る少年が、どこからともなく取り出したナイフで華麗に野菜を刻んでいく。宙を舞う野菜たちに、子供たちが歓声を上げる。最初は私も手伝っていたが……ほどなくして完全に舞台を奪われてしまった。
「ほぉ、なかなかのナイフ捌きだ」
「ティアナちゃん。ワシらも少し……」
スラムで暮らす大人たちも、騒ぎに釣られて集まってくる。
「ダメですよ。これは私"が"子供たちのために用意したものなんですから」
「ティアナちゃんは、そういうとこ確りしてるよな~」
もちろん、出来る事なら皆にも振舞いたい。しかし、それでは1番弱い立場の子供たちが飢えてしまう。特に、街が出資していた炊き出しが予算のために打ち切りになってからは酷いものだ。そのために冬を越せなかった子供が……少なからずいた。そう、本当は、もっと居たのだ。子供たちが……。
「ティアナさん。味見をお願いできませんか?」
突然、目の前に現れる少年の笑顔。
いけない、私としたことが、完全に自分の世界に入っていた。子供たちの前では、不安な顔は見せないよう心掛けていたのに。
「え? あ、あぁ、はい。いただきます。 ――ゴクリ―― あ、美味しい」
悔しいが、私なんかでは太刀打ちできないくらいに、スープは美味しかった。と言うか、これは本当に私が用意したクズ野菜から作ったのか?
口の中一杯に広がる野菜の旨味と甘み、そして爽やかに駆け抜けていく香草の香り。もう、私の語彙力では語りつくせいないほど……その、なんか凄いスープだった。
「それは良かった。では、冷める前に振舞ってしまいますね」
「え? あ、あぁ……」
そういって私の前から去っていく、凄いスープ。
って! そうじゃない。なんなんだあの少年は!? 見た目は若いのに、多芸で、なにより紳士的。こんな事を言うのも失礼だが……50過ぎのオジ様のような風格さえ感じられる。
それが、私の運命を変えた人。アルフ様の第一印象だ。
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