#002 失われた栄光・鉱山都市ルード①

 ――ドン!――


「ちょ、こんなところでボケっと突っ立ってんじゃねぇぞ!」


 裏路地の曲がり角で、見知らぬ兄ちゃんにぶつかる。歳は俺と同い年か少し上、成人(15歳)しているかどうかってくらいの顔つきだ。派手さこそないが身なりは整っていて何より穏やかで優しい顔つきをしている。どこかの裕福な家庭のお坊ちゃんってところだろうか? 目元にはクマが浮かび、少し苦労している様にも見えるが……まぁ、寝てないだけだろう。


「ん? あぁ、すまない」

「ケッ! 気を付けろ!!」


 用は済んだので、さっさとこの場を後にする。こういうのは考える時間を与えないのが秘訣だ。





「おい、"ルーク"。こんなところで何をしてるんだ?」

「チッ! ツケられていたか」


 角を2つほど曲がったところで眼帯で片目を覆った薄汚いオッサンに声をかけられる。コイツの名はダイン。俺たちが暮らしている鉱山都市"ルード"の路地裏を仕切っているチンピラの親玉だ。


「ル~クよ~。俺に渡すもんが、あるんじゃね~のか?」

「さぁ、何のことか分からないな」

「チッチッチッ! ルードの裏路地は俺の庭だ。ここでシノギをする時は、俺に所場代を払えって言ったよ……な!!」

「ぐふっ!?」


 突然蹴り飛ばされ、肺から漏れた息が声にならない声となる。


「毎回手間とらせんじゃねぇつ~の! 大人しく所場代を払いさえすれば、痛い目"だけ"は見ずに済むってのによ! お? 結構重いじゃねぇか」


 俺の懐から先ほどスった財布を強引にブンどっていくダイン。


 また失敗だ。念入りに周囲は確認したのに……なぜだかダインは何処からともなく嗅ぎつけてきて、稼ぎを横取りしていく。俺も最初は所場代を払っていたが、結局、難癖付けて稼ぎの殆どを横取りしていくのは変わらない。それなら、一か八かでも挑戦するまでだ。


 そう、俺がダインのカラクリを暴かないと、次に食いものにされるのは、俺の弟分たちになるのだから……。




「おいおい、大の大人がそんな事をして、恥ずかしくないのか?」

「あぁ? なんだテメーは!?」


 そこに現れたのは、さっき俺がスリをした兄ちゃん。どうやらスラれたことに気が付いて財布を取り返しに来たようだ。


「なるほど、そういう仕組みか。なるほどなるほど……」

「はぁ!? いや、本当に何なんだよお前」


 しかし、肝心の兄ちゃんはダインの威圧もどこ吹く風。ヘタをしたら兄ちゃんもタダではすまない状況で、この呆けっぷり。やはり、世間知らずのボンボンなのだろうか?


「あぁ、お前に用はない。さっさと消えていいぞ」

「チッ! まぁいい、そのガキは好きにしな!!」


 それだけ言い残して去っていくダイン。普段のダインなら、舐めた口をきいた相手を見過ごす事はしないのだが……早く財布の中身を確認したかったのだろう。驚くほどアッサリ引き下がる。


「悪いが兄ちゃん、財布なら"もう"持ってないぜ」

「ん? あぁ、財布ってアイツが持っていった革袋の事か? それなら問題ない。アレに入っていたのはただの鉄屑だ」

「なっ!?」


 前言撤回。顔に似合わず、どうやら荒事にも覚えがあるようだ。


「ん~、とりあえず場所を変えよう。ココは"人目"が多すぎる」

「え?」


 人通りの無い路地裏で、人目が多いとは? ともあれ、革袋の中身を確認したダインがいつ戻って来るとも限らないので、移動すること自体は賛成だ。


 俺は疑問を覚えながらも、とりあえず兄ちゃんの後について行く。


「一応アドバイスしておくが、気づかれないように上を見てみろ」

「はぁ? 何のことだよ……。あぁ!!」


 俺が顔を上げたのに反応して、何かの影が家の中に引っ込むのが見えた。


「気づかれないようにって、言ったよな? こういう時は、同じ距離の別の場所に視点を合わせ、視界端に意識を集中して見るといい」

「え? あぁ……」


 そう言って表通りに足を向ける兄ちゃん。


「ダインだったか? アイツは上の連中とグルだ。暇を持て余した商店の隠居に金を渡し、上から犯行現場を監視させていた。だから、スリの相手の顔も知らない」

「あ、あぁ!! そういう事だったのか……」


 蓋をあければ驚くほど単純なカラクリ。今まで気づけなかった自分のマヌケさ加減に目眩を覚える。


「まぁ、そう気にするな。こういうのは知識と経験がモノを言う。次からは……大丈夫だろ?」

「お、おぉ!!」





 そうこうしている間に俺たちは、普段寝起きしているスラム街、通称"ゴミ溜め"にやってきた。


「こう見えて俺は無茶苦茶忙しくてな。各地を飛び回る事も多いから、身軽で、なにより信頼できる人材が欲しいんだ。条件なら可能な限り譲歩するから、何でも言ってくれ」


 話によると、なんとこの兄ちゃんは村長らしく、何故だか"孤児"をスカウトに来たようだ。どう考えても詐欺にしか思えないのだが、先ほどの一件もあるので、とりあえず話に付き合ってみる。


「信頼って。えっと、それじゃあ……そうだ! 1億! 1億だすなら考えてやるぜ!!」

「…………」


 ガキの俺にも分かるほど、一瞬で場の空気が凍りつく。嫌な汗が背中をつたっていく感触が、バカみたいにハッキリ感じられた。


「冗談で言った事は理解している」

「あ、あぁ……」

「世の中には、金が全てだと言い切る人は多い。しかし、俺から言わせれば金や権力ほど信用ならないものは無いと思っている。ルーク、キミはその意味が分かるよな?」

「え? あ、あぁ……」


 まったくもってその通りだ。俺は孤児になる前はそれなりに裕福な家庭で育った。孤児になってからもスリをやっていれば一時的に大金を手にする機会はある。しかし、結局金は無くなったらそれで終わり。そして金で得た仲間は、より金を持っているヤツに平気で鞍替えする。裏切られないような大金があったとしても、金に目が眩んだ亡者どもに奪われて終わり。そんな事、今まで嫌ってほど学んで来たはずなのに……。


「綺麗事を言うつもりは無い。世の中は、清廉潔白でやっていけるほどお花畑には出来ていない。だから手を汚す事も時には必要だ、逆に手を汚す覚悟の無い者は信用できない。しかし、"志"まで濁らせる必要はない。濁らせれば、キミもダインの様になってしまうぞ?」


 その言葉を聞いて、とある噂話を思い出す。


 ダインは俺たちと同じゴミ溜め出身で、当時は『希望の星』とまで呼ばれていた正義漢だったそうだ。しかし現実はご覧の通り。この話は全く信じていなかったのだが……今なら少しだけ、分かる気がする。


「えっと……その……」

「まぁなんだ。無理に言葉にする必要はない。その顔だけで充分理解できる」

「あ、あぁ……」


 色々なものが頭を駆け抜けていき、上手く言葉にできないが……それでも、この兄ちゃんが信用できる事は理解できた。




 こうして俺は、クソみたいな人生を塗りかえる生涯の恩人、アルフ兄ちゃんに出会った。

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