悪徳村長、はじめました。

行記(yuki)

#001 プロローグ

「その、本当によろしいのですか?」

「あぁ、構わない。もちろん村人に反対されていることは知っている。しかし……それでも必要ならやるまでだ。俺、いや、私は人に好かれたくてこの村長の座せきについたわけじゃない」

「ですが! ……いえ、わかりました。それでは手配します」


 苦虫を噛み潰した表情を浮かべつつ部屋を後にする"ナタリー"姉さん。彼女は俺の2つ上の幼馴染みであり、現在は俺の秘書として頑張ってくれている。


「はぁ……。異世界こっちに来ても、世間が理不尽なのは変わらないな」


 俺は俗に言う"転生者"だ。前世では、何の変哲もない一般家庭に生まれ、普通に学校を卒業して、親元を離れて普通の会社に勤めていた。社会の歯車として無個性な日々を何千回だか繰り返したある日……俺は死んだ。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。もう終わったことだ。それで、俺が転生したのは剣と魔法のファンタジー世界の……ド田舎の村長宅だった。裕福では無かったが、それなりに権力はあった。残念ながらポンコツ美少女女神やチート能力は授からなかったが……それでもこの世界に記憶を引き継ぐ形で生を受けた。


 そして俺は、足りなかったこの異世界の知識を本格的に学ぶために、この国で最も権威のある学び舎、王立ケールズ魔法学園に入学した。まぁ、俺も例に漏れず幼いころから剣や魔法の修練を積んでいた事もあり、学園ではそれなりの成績だったし、そこそこ充実した学園生活を送れていたと思う。


 しかし2年目の終わりに、突然両親が"処刑"されてしまった。


 理由としては、実のところ詳しくは分かっていない。秋の収穫にあわせて領主が領地内の街や村を廻っていた。その流れで、我が村"ドルイド"に訪れた際に何かが起きて、その場で両親は領主に処刑されてしまった。


 自慢じゃないが、俺も前世の記憶もあわせれば結構な歳なので『出る杭は打たれる』ことくらいは知っている。だから地球の知識をひけらかさず、うまく立ち回っていたつもりで……実際それまでは上手くいっていた。しかし、交通事故と同じで自分だけが注意していても防げない災いは存在する。


 そんなわけで、俺は急きょ学園を中退して、親の跡を継ぐ形で村長になったわけだ。


「はんた~い。よそ者を村に入れるなー」

「ドルイドの村は住人の力で……! ……!!」

「精霊の加護を受けた土地を守ろぉ! ……!!」


 外から聞こえてくる村人の声に、心の中で「またか……」とつぶやく。


 ここのところ毎日、村人が抗議に訪れる。流石に相手にしていられないので応対は拒否しているが、結果として"座り込み"と言う名の騒音をまき散らすようになった。


「――コンコン―― ナタリーです」

「入ってくれ」

「お待たせしました。"例の件"で書状が届いていたので、お持ちしました」

「あぁ、すぐに目をとおそう」

「その……どうぞ」


 あいかわらず渋い表情の姉さん。


 それもそのはず。例の件とは"風俗営業許可"の申請だからだ。女性であり、俺のお姉さんとして昔から世話をしてくれた女性に任せる仕事としては倫理的に問題がありすぎるのだが……この手の許可は、後から必要になって申請しても直ぐに下りるものでは無い。現状では不要になる可能性もあるが、それでも前もって用意しておくべきだと判断した。


 あの領主は、一方的に父さんや母さんを処刑しておいて、その場で自分の息子を新しい村長に指名したのだ。これは明確な村の乗っ取り行為であり、当然、俺や村人はキレたし、国もコチラを擁護してくれた。確かに領主は貴族であり、絶対的な権力を持っている。しかし、それは国から与えられたものであり、土地の管理に関わる大きな変更(国の財政を左右する問題)は領主の一存だけでは決められない。そのあたりの話は長くなるので割愛するが、とりあえず、村の乗っ取りは阻止できた訳だ。


 しかし、それでも領主は諦めず、結果として税金を(一時的にではあるが)限界を超える額まで釣り上げられてしまった。その額はなんと"10億"。それまでの1億も辺境の農村に課すには大概だったが、どうやら税金の未払いを理由に再度、村を奪う策のようだ。


 そんなわけで俺や村の将来設計は大きく狂い、村を存続するためにコチラも限界まで税金を引き上げ、更には倫理に反する金策も余儀なくされてしまった。


「その、ただでさえ心証の悪い施設なので、温情と言うか……国へ助けを求めることも、必要かと」

「それは、そうだがなぁ……」


 姉さんも、これが村の存続をかけた瀬戸際であり、なりふり構っていられない状況なのは理解している。姉さんの家系は、ウチの分家であり、代々村長を補佐してきた。実際、姉さんも物心ついた頃から、次代の村長である俺を補佐する役目を命じられ、共に村の管理について学んだ。まぁ、転生の影響もあって頭は俺の方が勝っていたが、それでも信頼のおける姉さんとして、家族同然の存在だと思っている。


 そんな事を考えていると……。


「……! ……さん、大丈夫ですか!?」

「え? あぁ、少し意識が飛んでいたようだ。気にしないで続けてくれ」


 最近ほとんど寝ていなかったので、一瞬、意識を失ってしまった。冒険者に憧れて体を鍛えていた事もあり、体力はそれなりに自信はあるのだが……やはり回復魔法で疲れを誤魔化すのには限界があるようだ。


「気にします! ご飯もろくに食べていないようですし、アナタに倒れられたら……」

「す、すまない」


 ポロポロと涙をこぼす姉さん。流石の俺も姉さんの涙には勝てない。


「すまないじゃありません! 無理をしないといけない状況なのは理解していますが、それでも自分の体を大切にしてください! 普段の業務なら私や父さんたちだけでも、何とかなりますから……」


 体を優しく抱き寄せられる。この感覚は久しぶりだ。


 そう、まず何とかしないといけないのは"人材"だ。物語のようにチートで、何でも1人で解決する力のない俺には、頼れる部下が必要……なの……。




 気が付くと俺は、柔らかい温もりに抱かれ……眠っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る