第20話虎の刻〜いち〜
障子が横にスライドされる音と共に慣れ親しんだ気配が部屋に入って来たのを感じる。
家に自分以外の人の気配が増えたと感じた時から僅かにしか時間が経っていない。
恐らく玄関からこの部屋まで直行してきたのだろう。
「何時まで寝てんだ。もう一時だぞ。起きろ」
頭上から掛かった声に、僕、芦屋満は寝る訳でもなく唯閉じていた目を開けた。
軽い音ともに薄暗かった視界が明るくなる。
仰向けの状態からお腹に力をいれ、起き上がると、ちょうど幼馴染の三善零が閉ざされていた障子を開けているところであった。
窓からさす日差しが眩しい。
「暗いところで何してんだよ。せめて、電気ぐらいつけろ」
「ん〜暗いの好きなんだよね。落ち着く」
「そのうち、目が悪くなるぞ」
「零って本当に主婦みたいだよね。別に片付けないでいいよ。後でやるやる」
僕が床で転がっていると、零が床に広がっている本を手に取って集めていく。
部屋の端に本の山があっという間に出来上がった。
「お前がいい加減でだらしないだけだろうが。『お前の後でやる』はあてになんないのはよく知ってんだよ。いいかげん引きこもりも真っ青なこの部屋どうにかしろよ」
確かに、少々ごちゃごちゃしているが、引きこもりも真っ青という言葉には異議を唱えたい。
本が山積みになっていて、文机だけではなく床にも札やペンが転がっているだけだ。
寝る場所も確保してあるし、歩けるので問題はない.......と主張する。
「ってまた怪しげな本よんでやがる」
首をひねって零の方を見ると、四・五冊の本を左手でかかえて、右手で一冊の古本の表紙を見ていた。
やや黄ばんだ古めかしい表紙に書かれた本の名は
『水虎と隠された人間』
これを買い上げた古本屋ーーあやかし系の資料が揃っている古本屋だがーーが言うには、かなり昔の本だそうなのだが、
「それは、眉唾ものだったから。事実無根さ」
「なんで分かるんだよ」
「分かるもんは分かるの。筆者の実体験とか言ってるけどが多分殆ど創作かな。一回だけ読んでその辺に置いといたんだ」
「置いとくんじゃなくてしまえ。本の為の部屋があるだろうが」
零はどこからか持ってきた紐で本を縛る手を動かしながら言う。
「その部屋はもうしまう所がないほどつまってるんだよね〜」
僕の部屋を出ると直ぐの所に書庫があるんだが、そこにある本棚は少し前に埋まってしまった。
今では床にも侵食していて、いつ床が抜けるか気が気じゃない。
補強しなければ。
まあ、書庫まで行くのが面倒でその辺に置いているのだが。
「おい、これはなんだ?」
書庫のことを考えていれば、零の声に意識がそちらに引き戻される。
「そこはダメ!」
慌てて声を上げれば、零はおかしな格好のまま固まった。
床に伸ばされた長い手が所在なさげに彷徨う。
零が足を踏み入れようとした……一般人からみたら怪しげなものが乱雑に転がっているその場所。
零の指先から少しのところにあるのは、不思議と目を引く美しい丸い球体だ。
この一見、透明で美しい球体であるが、特殊な事前準備無しに触ると、その者の一番成りたくない姿になるという呪いがかかった呪具である。
触る前に阻止できて良かった。
かかるのが、自分の容姿が大好きなナルシストだったなら爆笑間違いなしのお手軽爆笑グッズだが、流石に幼馴染の変わり果てた姿は余り笑えない。
呪具の無駄である。
仕方なく立ち上がって零のそばに行く。
「この辺は、危ないよ。死ぬより悲惨な目にあいたくないならこの一角は無視して」
「おおう、すまん」
零は、バッと飛ぶように後ずさった。
僕は、自らがかからないように術をかけてから球体を拾い上げ、後ろの呪具の山へと放る。
ガシャンと音を立てて、上手い具合に山の中腹に引っかかったのを見て、ゴロンと床へと転がる。
「あー、だる」
呆気に取られたように僕の行動を見ていた零だったが、片付けを再開する。
「って、お前。そこは自分で掃除しろよ」
「え、やだ。大体、零が勝手に始めたんじゃん。僕はこの部屋が快適だよ」
畳の上でゴロゴロと転がりながら零を見上げる。
「立ち上がって、手を動かせ、手を」
小言を受け流し、せかせかと動く零の姿をぼんやりと見つめる。
のんびりするのはいいのだが、あまりにもすることが無い。
本は、零にその辺に転がっていた紐で縛られている真っ最中で、スマホはどこかへと失踪中。
だからといって探すに行くのも億劫で、ただ見慣れた天井を眺める。
「そうだ、これ。ポストに入ってたぞ」
そう言って零が投げてきたのは、桜色の文だった。
畳に放られた文を拾い上げ、開いて目をはしらせる。
「げ」
その文の内容に思わず苦々しい声がもれた。
「何が書いてあったんだ」
「ちょっとね、暇人共からお誘いが来たんだよ」
「暇人?」
「そうそう。ただぷかぷか浮いてるだけの超暇人共」
「お前か?」
「僕は浮いてないから。そこにあるマッチとお皿とって」
体を起こして、零の右横付近の机の上を指して言う。
「暇人てとこは否定しないのかよ.......お前、煙草吸ってたっけ?」
「吸ってない。いいから渡して」
所々に焦げた後のある皿を片手に首を傾げる零から、皿とマッチを奪い取る。
皿に文を乗せ、マッチをすると、赤い部分に直ぐに火がつく。
幸い湿気っていなかったようだ。
火のついた先を文の真ん中に乗せ、印を切り、呪文を唱え始める。
「お前、何してんの?」
怪訝な顔で零が見てくるが、気にせず文が燃え尽きるまで唱え続けた。
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