第18話丑の刻〜おまけ〜
最後の仕上げが終わった僕は、スマホを投げ出して仰向けに倒れる。
「はい、終了〜」
「何が終わったんだ?」
隣にいる零が熱い緑茶をすすりながら尋ねてくる。
「さっきまでパソコンいじってたし、どうせゲーム」
こころなしか満足そうな虚無が麩菓子を頬張りながらそう言う。
虚無の前には山盛りの麩菓子が大皿に盛られている。
その昭和の庶民じみた光景とは対称的に、僕の横には色鮮やかな団子が積み重なっている。
報酬である彩乃屋の団子ちゃんたちだ。
僕も虚無と同じようにその中から団子を一つ取りながら答える。
「違うよ。円香さんだよ」
「その話か、後遺症とかないってか?」
「うん、平気みたい。イヤリングがたまに無くなるけど、どうしてだって文句言われたぐらいだよ」
「もしかして、呪い」
虚無のもらした言葉に零がぎょっとする。
「おいおい」
「もしかしたら悪意のある人のとこにお礼参りに行ってるのかもって言っておいたよ」
「お前なあ」
零の目が鋭くなり始めたので、慌てて話を逸らす。
「そうだ。円香さんと答え合わせをしてたんだよ」
「ああ、なんのだ?」
相槌をうちながら、また零が一口お茶を飲む。
「えっとね、まず怨霊の正体だけど.......っ美味し。流石、彩乃屋の」
「それはそうだろうな、おかげで俺の財布はすっからかんだ」
げんなりした様子で零が嘆く。
「零さま、食べていいよ」
慰めているつもりなのだろうか。
嘆く零に向かって未開封の麩菓子を差し出す虚無を見て、笑う。
なかなか愉快だ。
「で?」
麩菓子の袋を開けるのに苦戦している零に
「怨霊の正体はズバリ.......痴情のもつれが原因で橋から飛び降りた女性だ」
名探偵よろしく人差し指を零に突きつける。
が、すぐに指を掴まれ、下に向けられる。
開けるのは諦めたようで、袋は端がよれた状態でお茶の横に置かれている。
「人を指さすな」
「行儀悪い」
「ちょっとぐらい、いいじゃん」
虚無にまで注意されてしまった。
「確かに恋愛関係で未練があったらしい様子だったな」
口をへの字にした僕を一瞥すると何事も無かったように話を戻す零。
「あー、名前は小泉 梨香子ね。彼氏だと思ってた男はまさかの妻子持ち。浮気相手にされたことにショックを受けて自殺だってさ」
食べ終わった団子の串を空の器に入れて、2本目を口に含む。
「その男、酷いな。男の風上にもおけない奴だ。でもなんで名前と事情まで分かったんだ?」
「光希が言ってたじゃん。この前、橋から飛び降りた人がいたって」
「そんなこと言ってたような.......」
「円香さんに聞いたところ、調べさせたその橋の名前と円香さんが行って憑かれた橋は一緒だったんだ。それで素性は分かったんだよ」
「そうなのか」
頷きつつもイマイチ驚きにかけた様子の零。
「更にね、その小泉について調べている最中に面白いことが分かったんだけど.......なんだと思う?」
「まだ死んでなかったとか」
今まで黙って聴いていた虚無がぽつりと呟く。
いつの間にか麩菓子の山は山の中腹まで無くなっていた。
「それじゃあ、生霊.......六条御息所じゃん。違う違う、既にお墓もたってるよ」
手を横に振って否定すると、今度は零が口を開く。
「その男が既に丑の刻参りの被害にあってたとか?」
「だいぶ体調くずしてたみたいだね、あとちょっとでやばかったかも。いいざま.......ってそれもあってるけど、その小泉がよく分からないサイトに出入りしてたみたいなんだよね」
「サイト?」
「そうそう、これ見て」
団子の反対側に置いてあったパソコンを引き寄せ、ディスプレイを開く。
うち慣れたパスワードを打ち込んでいく。
「よし、おっけー」
ただ閉じただけだったからか、零たちと話し始める前に開いていたサイトがそのまま表示された。
それを零と虚無の方に向ける。
画面を無言でスクロールし終えると、零は顔を上げて一言。
「お前のサイトとどっこいどっこいの胡散臭さだな」
「黒い」
「僕のサイトだってこれよりは胡散臭くないよ」
兎に角、このサイトは酷いということで意見が一致した。
黒の背景に白地でフォントは明朝体。
色味に関しては、目が疲れるという点以外問題ないのだ。
問題は、内容である。
書いてあることが怪しすぎる。
今どき、詐欺のオカルトサイトでも書かれないような事がつらつらと掲載されているのだ。
しかも、マニアックだ。
風邪が長引くのは風の神のせい.......現代に潜む座敷童子.......etc
極めつけは、呪術専門家による相談受付中の文字。
そこだけは特定の番号がないと入れなくなっている。
「これから丑の刻参りを知ったんじゃないかと思って。知り合いに調べさせたらこのサイトに何かを書き込んだ数日後、自殺してるらしいんだよね。そもそも見えないんだけど」
「偶然じゃないか?」
「いや、それがね。どうやら小泉は相当気の強い女性で、復讐する気満々だったらしい。普通に考えて、自殺して終わりな筈がないよ」
浮気相手にされていたことを知った後、相当荒れていたようだ。
ノートとスマホ片手にブツブツ呟いていた光景が目撃されていたというから復讐方法も考えていたのだろう。
「何かありそうでしょ?」
「しかしな。それだけじゃ、こじつけもいいとこだぞ。丑の刻参りだって生前知ったのかもしれないだろ」
「まだまだあるから。多分、怨霊の証言が曖昧だったのは誰かに記憶を弄られてたからだと思うんだよね」
どういい推理じゃない?と笑みを浮かべて零をみるが、零は渋い顔だ。
「第三者の介入を決定づける根拠が足りない」
「いやいや、何言ってんの。あのひょっとこが出てきた時点で背後に何かはいるでしょ」
「誰かさんが恨み買いまくってるせいで、決定打にかけるんだよな」
希望的観測と一蹴するところだが、恨みを買っているのは事実なので出来ない。
「ただ僕に嫌がらせしにきただけだって?ありえないよ」
「それもそうかもしれないがな。取り敢えず傍観してればいいんじゃないか?」
「ええー、書き込んでみようと思ってたんだけど」
特定の番号がないと書き込めない仕組みだが、どうにかしようと思っていたところなのだ。
「やめとけ。どうせこっち側ならいつか道が交わる時がくるだろ」
「.......虚無も反対?」
「うん」
麩菓子を口に運ぶ手を休まず、興味なさげに虚無が頷く。
「お前、いつも面倒くさがるのにこの件はなんでそんなに首突っ込むんだよ」
冷めてしまったお茶を両手で包むようにして持つ零が疑問を投げかけてくる。
「なんか、なんていうか、何となくかな」
何故か放っておくと更に面倒なことになる予感がするとか言えないよね。
「何となくかよ」
零の呆れ顔を見ていると、どうでも良くなってきてしまった。
「わかった!書き込みはしないことにするよ。番号もわからないしね」
「ああ」
「ん」
話題終了とばかりに頷く零と虚無。
しかし、僕の心には奇妙な予感が漂っているままだった。
丑の刻[完]
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