第17話丑の刻〜じゅうろく〜
時がゆっくりと流れる。
急所に当たらなければ。と諦めかけた瞬間、矢の前に小さな体が立ち塞がった。
「円香っ!」ーーーーー付喪神の少女だ。
虚無が少女に駆け寄る。
僕はひょっとこを追おうとするが、
「離して、追わなきゃ」
僕の左腕を掴む零を見遣れば、焦燥がありありと見て取れる顔をしていた。
「そんなことより、命のが大切なんだよ!」
痛いぐらいの強さで腕を掴まれ、引きずられそうになるが地面を踏みしめる。
「駄目だよ、逃したら。絶対、何か知ってる。今ならまだ追えるから」
「それでも駄目だ」
視線が零なりの信念が込められている視線と交差する。
直ぐに逸らせば、もう一度掴まれた腕を引っ張られる。
「いくぞ」
仕方なく踵を返し、円香たちの元へと共に走り出した。
今までに無いほど全速力で駆け、円香たちの元へとたどり着く。
驚いたことに円香が体を起こして、イスの上に横たわる少女を虚無と囲んでいた。
涙を薄らと浮かべた瞳と普段よりも二割増で淀んだ黒い瞳が僕達をむかえる。
「円香さん、起きたのか!?」
「おばあちゃんから貰ったイヤリングの付喪神ちゃんが.......今までも心配してくれてたって.......助けてくださいっ」
「え、え、虚無言っちゃったの?」
円香が何故少女が付喪神だということを知っているのか虚無に説明を求める。
見えているのは怨霊に憑かれていたからとか少女との繋がりが強いからとかそんな理由だろう。
「成り行き。それよりもどうにかして」
あっさり後回しにされてしてしまったが、とりあえず頷く。
「そっか。ちょっと虚無、ズレて」
虚無が体を横に動かした隙間に入って少女を診る。
少女の存在が薄くなっていることに気が付き眉根を寄せる。
くたりとした小さな体のすぐ横には術符が巻かれた矢とひびの入ったイヤリングが転がっていた。
「これは、」
「あーら可哀想」
降ってきた声に上を向けば怨霊が高らかに笑っていた。
「アッハッハッハッ。ざまーないわね」
円香たちに気を取られていたせいで怨霊は虚無の拘束から抜け出して、空高くを浮いている。
「お前はっ!」
零がすかさず立ち上がり刀を向けるが上空のため届くことはない。
虚無も立って捕獲しようと術を展開するが、
「ふふふ、もうその手には引っかからないわ」
更に上へ遠くへと逃げていく怨霊。
「うわ、いいこと一つもないな.......しかもこれ、あれしかないか」
僕は諦め気味に息を吐き、淡々と手を動かす。
円香なんて怨霊には目もくれずただただ少女を心配している。
なかなか変わった女性だ。
「降りてこい!」
叫んでもどうせ無駄だというのに怒りに任せて零が叫ぶ。
降りてこいっていって降りてくる奴なんていないだろ。
「次にあった時は覚えてなさい!今度は私が遊んであげるわ」
そんな零を怨霊はニタリと笑うと、よくあるお決まりの捨て台詞を吐き怨霊は猛スピードで去っていった。
しばらくその方向をぼんやりと見つめていた零だったが、我に返ると悔しそうにこちらに戻ってきた。
「くそっ逃げられた」
「だろうね、見たら分かるよ」
顔を上げずに返答すれば、今度は横の虚無から質問が飛んできた。
「ねぇ、この子は助かるの?」
核心をつくその質問に視線が僕に集中する。
「助かりますよね.......?」
願うように円香が呟く。
「下手人と首謀者に逃げられて、こっちに被害が出るなんて僕が許すとでも?ちょっと静かにして、集中してるから」
そんな問答をしている間にもイヤリングにヒビが広がっていく。
急いで矢についていた術符を解析し終え、鞄から出した札に筆ペンで呪文を書いていく。
走り書きなので字が乱れているがまあいいだろう。
筆ペンにキャップを嵌める時間も惜しく、その辺に投げ出す。
「間に合った」
本体のイヤリングに札を貼れば、少女の体が淡くひかり消えていく。
「そんなっ、消えないで」
声を震わしながら円香が少女の体に手を伸ばすが、その手は空を切った。
「満、これは間に合ってねーよ」
泣き出した円香を見ながら沈痛な面持ちで零が呟く。
虚無も静かに頷く。
「いやいや、間に合ってるから。このイヤリングみてよ、壊れてないでしょ」
「壊れてないが、消えただろ」
言い訳は見苦しいぞという副音声が聞こえる。
「いや、本体が無事なら平気だからね。」
「そうなんですかっ」
円香が俯いていた顔を上げ、縋り付くように僕を見る。
「うん。力が貯まれば、そのうちまた出てくるよ。まあ、呪われてるけどね」
「よかった.......!私のせいで消えちゃうなんて駄目です.......」
「円香さんを守って、消えかけたんですから卑屈にはならないほうがいいですよ」
零が優しい声で窘める。
「そうですね.......」
目じりに溜まった涙を拭きながら円香が頷く。
そんなありがちな感動的なシーンをぶち壊し、虚無が何かに気がついたように呟く。
「呪われてる.......?」
「あっ、うん。普通に直すのは無理だったからこの世における縛りを強くするために呪いを付けたんだ。」
「「呪い(ですか)?」」
驚き声で尋ねてくる2人に僕は人差し指を立てて言う。
「そうそう、どうやっても円香から離れないっていう。半径1m離れると手元に戻ってくるよ」
「落し物に良さそうな呪いですね。私、よく物を無くすからいいかもです」
円香は先程までの泣き顔から一転綺麗に笑う。
「いや、それ。典型的な呪いの呪具だろうが」
的外れな感想をもつ円香に零が的確なツッコミを入れる。
「まあ、それはそれとして。この事件は解決だね。メールアドレス貰えるかな?」
「ここにきてナンパかよ?」
胡乱な目で見てくる零を叩いてから、連絡先を貰うため円香に手を差し出す。
「失礼だな。メールで色々説明してあげるし、聞くからよろしく」
大体、予想はついているが、まだ少し謎が残っている。
今日は疲れているだろうから話を聞くのは辞めてあげようと優しい僕は思う。
後日、会うのは面倒だからインターネットのがいいよね。
「用事が終わったら直ぐに消すように言っとくので安心してください」
「僕のは、依頼したくなった時用に取っといていいよ」
「馬鹿、依頼とか気にしないでください」
「ふふ、大丈夫ですよ」
破ったメモに連絡先を書き終わった円香は、それを僕に渡し、可笑しそうに笑う。
「じゃあね」
僕はメモに英数字がしっかり書かれているのを確認すると、手を軽く振って、歩き出す。
後ろを虚無が着いてくる。
「ばいばい」
「おい、ちょっと待て。すみません、帰りは気をつけて」
「はい。よく分からないけど本当にありがとうございました」
零と円香が頭を下げ合う。
「零、おいてくよ〜」
振り返った際、チラッと見えたのはイヤリングを大切そうに両手で包み頷く円香だった。
「あの!最後に貴方たちは何者ですか?」
後ろから投げかけられた声に、今度は振り返らず答える。
「今世でも最強の呪術師やってまーす」
芦屋満という名のね
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