第16話丑の刻〜じゅうご〜

見た目は戻った円香だが、まだナニカは円香から消えていない。

「もう暴れる力もないと思うし、完全に離そうと思って。ここに乗せて」

零に円香をベンチまで運ばせると、付喪神の少女が虚無の服から出てきて円香の近くに行く。

円香を心配そうに眺めている。

僕も同じく円香の顔を覗き込み、

パチンッ

「何やってんだ」

ぎょっとした顔で僕を見てくる零。

「何って、デコピンだけど。ほらほら、見て出てきたよ」

円香の頭上に湯気みたいなもやもやが現れる。

飛んでいこうとするそのもやもやをすかさず虚無が捕縛する。

「わたあめみたい」

「絶対健康に悪いから食べちゃ駄目だよ。後で買ってあげるから」

もやもやを凝視している虚無が変なことをする前に釘を刺しておく。

すると、もやもやから顔が浮かび上がってきた。

しかめっ面の女性の顔だ。

「離して!」

「成仏出来なかった典型的な怨霊だね」

「おい、聞きたいことがある。何でこの人だったんだ」

零が落ち着いた声で静かに問う。

「私のいた橋を通ったからよっ!」

ケラケラと耳障りな声で嘲笑うナニカ、もとい怨霊。

「幸せそうな顔で写真なんか撮っちゃって!」

「え、さっきは円香さんが浮気してたからって言ってなかった?」

「そんなこと言ったかしら。とにかくムカついたのよ!」

先程とは違うことを言う怨霊だが、怨霊にとってはさほど重要ではないのか自己完結している。

「完全な八つ当たりじゃないか」

零が深いため息を吐く。

「まあいいや。君、何週間もかけて丑の刻参りするなんてどこで知った?結構、専門的な知識がいるはずだけど」

調べれば通販でキットが売っているけど、丑の刻参りなんて現代で生きている感覚では滅多に思いつかない方法のはずだ。

「話すわけない」

怨霊は敵意を表すかのようにこちらを睨めつけてくる。

「虚無」

怨霊を捕まえている虚無の術は、雑巾を絞るかのように怨霊を締め付けていく。

「ぐぬぬ。そっちのほう、こいつを止めろ!」

悲鳴をあげる怨霊。

助けを求めるように零の方を見るが、口を引き結んだ零は顔を逸らす。

先程の怨霊らしい自分勝手さに思うところがあったらしい。

「まだ喋る気ない?僕そんなに気が長い方じゃないんだよね、惨たらしい方法で滅しちゃってもいいんだよ」

面倒なのでそんなことするわけないが、脅かすようにわざと冷たい声音で言う。

「話すものか」

「あれれ、こんなところに幽霊にも触れられる木の棒が。これ痛そうだな」

もう一押しとばかりに木の棒で手のひらを軽く叩く。

因みにその辺に落ちていたただの棒なので幽霊なんか触れられない。

完全にハッタリであるが.......

「話すっ!話すから」

それでも功を奏したようで、怨霊は怯えたように引きつった声をあげた。

「それがいいね。で、誰に聞いたの?」

「確か、普通の男.......いや女だったような」

怨霊は曖昧な記憶を辿る。

「もっと詳しい特徴は?」

「何か特徴のある服を着ていた気がするが、特徴などなかったような気もする.......」

「それだけ?」

「いや.......」

怨霊は無い首を傾げ、ぶつぶつ呟く。

何かに阻害されているかのように容量を得ない回答だ。

物理的な方法で思い出させるかと思案していると、突如、結界が揺れた。

「零っ!構えて!」

怨霊のほうを注視していた顔をあげて、辺りに素早く目をはしらせる。

僕の緊迫した空気が伝わったのか零はすんなり刃を鞘から引き払う。

「いきなりなんだ」

「いいから!!虚無も警戒!」

「だから何がだよっ」

零がやっと祢々切丸を構えた。剥き出しの刃が空気に晒され、鈍くひかる。

虚無も警戒するように辺りを見回す。

「零!」

己に向かってきた数本の矢を零が薙ぎ払う。

矢の飛んできた方向を目で追えば、木々の間に人影が見えた。

僕は札を片手に、既に先を走る零を追う。

「何者だ」

息を切らしながら追いつくと、僕より足の速い零が矢を射ったらしき人物と対面していた。

白いパーカーを着たどこにでもいるような服装の人物だ。

ただ街中には溶け込めそうにはない。

.......その顔を隠すようにつけているひょっとこのお面のせいもあるだろうが、雰囲気が異常だ。

「だんまりかな?そっちがその気なら武力行使も厭わないけど」

札を振りながら、押し黙ったままのひょっとこに尋ねる。

「お前が何か関わっているんなら、洗いざらい吐いてもらうぞ」

珍しく零がその切っ先をひょっとこに向ける。

「おっ、本気だしちゃう感じ?」

「うるさい、だまれ」

ひょっとこに視線は固定したまま、軽い口調で茶化せば、対照的に硬い声の零に一喝されてしまった。

「.......」

緊張状態が続く。誰も身動ぎもしない。木が風にそよぐ音がやけに耳につく。

しばらくして、やっとひょっとこが口を開いた。

「詰めが甘いですね、道満」

そのまま、流れるようにくるりと方向転換をすると逃げ出す。

白い丸腰の背中が目に入る。

丸腰?丸腰.......?

「あ!」

あることに気づいてしまった僕は思わず叫んだ。

零が追いかけようと走り出す変な体勢のまま固まる。

「しまった!矢を射ったのはこいつじゃない!」

矢も弓もひょっとこは持っていないことに気づき、急いで円香たちの元へと振り向く。


パシッ


視界に1本の矢が続けざまに円香の方へと空を飛んでいるのが目に入る。

まさか怨霊が関わっただけの円香が狙われるとは思っていなかったので、油断していた。

一番近くにいた虚無も怨霊を捕まえていた術を霧状にして広げるが、それでも距離があるため間に合いそうにない。

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