第15話丑の刻参り〜じゅうよん〜
「まぁでも、本人に自覚がないなら自覚持たせるしかないよね」
「はい?」
「何しようとしてるのか分からないが、やめろ。嫌な予感がする」
僕がこぼした呟きにハテナを浮かべる円香。零は顔を顰めている。
「ということで、えいっ」
机に肘をついて円香の方へ身を乗り出して、先程コソッと取り出してあった札を円香の額に押し当てる。
不意をつかれたであろう円香は目を瞬き、次の瞬間には頭を抑え始めた。
椅子から転げ落ち、痛そうに唸り声をあげている。
「おいっ、今何した!?」
「やばい、結構痛みがあるっぽい術だった。傷害罪に問われると困るね、後で記憶抹消しなきゃ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろうがっ」
零が掴みかかってきた。
無理やり顔を横に向けられ見せられたのは、円香の変わってしまった姿。
日本人らしい茶色だった瞳は血のように赤く。前髪を持ち上げ額には小さな角。
口の僅かな隙間からは尖った犬歯という名の牙が生えているのが分かる。
……鬼になりかかっている。
「うっそ〜僕が貼った札、隠れている意識とか失われている記憶とかを思い出す術が込められた札だよ。鬼にするのじゃないし、急展開すぎない?何か姿ブレてるし」
「どうせ札間違えたんだろっ。今はどうにかしろっ」
「うんうん。分かったから、一旦離して。どうしよ、今日人に戻すような札持ってない」
大分焦り気味の零から解放された肩を回す。
肩こりになったらどうしてくれるんだ、もう。
「僕は、この辺に結界張るから円香さんの相手よろしく」
「はぁっ!?」
「周りに被害が出たら困るでしょ。虚無も零を手伝って!これあげるからっと」
円香の姿が変わってからもボーッとしていた虚無に指示を飛ばしながら札から日本刀を取り出す。
柄まで出し終えると、それを零に向かって投げつける。
「おわっ」
間抜けな声をあげながら両手で零が受け止めたのを見ると、円香は零たちに任せて僕は結界を張り出す。
刀があれば持ちこたえられるはずだ。最悪虚無がどうにかするだろう。
それより早く結界をはらなければ人が来て巻き込まれでもしたら大変だ。
「落ち着いて、えっと、深呼吸とか出来ます?」
「おのれ、おのれぇぇ」
零が両手を向けて宥める動作をするが、円香は意味不明な言葉を吐き続けている。
「いきなり札貼られたら怒りが湧きますよね、でも1回落ち着いて」
検討はずれのことを言って零が説得しているのが後ろから聞こえる。
どうやらまだ日本刀は使っていないようだ。
「話をするのは無理そう」
やっと結界をはり終わり、零を眺めながら突っ立っている虚無の隣に並ぶ。
虚無が腕をクロスして、バツの字を作る。
「そりゃそうだよね、なんか円香さん人格変わってない?山姥みたい。やっぱり姿が二重に見える」
「そう?記憶を思い出して鬼になりかかってるからだと思う」
「憎しみか怒りか知らないけど、それに引き摺られて鬼になるかなぁ」
「何、呑気に話してんだよっ。お前は打開策を考えろっ。ちゃんと結界はったんだろうなっ!」
こちらを振り返って零が叫ぶ。
「目を離さない方がいいと思うけど」
「許さないぞぉぉ」
「うおっ」
円香が一際大きい喚き声をあげ、零の注意が円香に戻る。
「言わんこっちゃない。結界はバッチリだよ」
外からしたら女と男2人と幼女が談笑している不思議な光景が引き続き展開されているはずだ。
半径200メートル程の範囲までカバーしている上に、結界の強度は防弾ガラス並に固くはっているのでもはや別空間である。
「多分何か憑いてるよね、円香さんに」
目を細めて見ても円香の姿に焦点は合わない。
僕の経験上、姿が重なって見える時は霊か妖が憑いている時だ。
ブレて見えるようになったのは、円香が鬼(仮)の姿になった時からだから初めは気づかなかった。
恐らく隠れていた憑き物の意識が現れたから見えるようになったのだろう。
僕が気づかないほど上手く隠れるなんて、余程、臆病なのか慎重なのか。
多分、突然甘いのが好きになったりしたのもそのナニカが憑いたからじゃないだろうか。
一応、想定内だが。
そんなことを考えていると、服の裾を引っ張られる。
「満、手伝うべき」
「サボってる虚無に言われたくないなぁ。けど、零が怪我でもしたら大変だしね。もう少し傍観したいところだけど手伝うか」
ちょうど円香がいつの間にか伸びていた鋭い爪で零に襲いかかっているところに走っていく。
温厚そうな女性の面影はもう無い。振り乱された髪はボサボサだ。
鬼になりかかっているせいで情緒不安定なせいもあるだろう。
今は怒りにメーターの矢印が振り切っているようだ。
「ころしてやるうぅ……」
半狂乱で襲いかかってきた円香を交わしながら木が疎らに生えている場所まで躍り出る零に合流する。
零は片手に刀をもっている。
鬼になりかかっている円香に襲われているというのに会話は続く。
「わあ、突然の殺害予告だ。二ヶ月ぶりに聞いた。僕、年に数回はされるんだけどなんでだろう」
「自分の行動振り返ってみろ」
「っ!ちょっとまって」
頭を狙ってきた三十センチほどに伸びた爪ををダンスのステップをふむように交わすと、走っていたときに取り出していた札を円香に投げる。
不意をつかれたのか上手く円香に当たり、札が長い縄状になりその体に巻きついていく。
逃れようと体を捻る円香だが腕も一緒に縛られているため動けないようになっている。
「どうしよう、振り返ってみたら善人なはずなのに心当たりが多すぎる。まあ、宣言した人に殺されたことないしいいかな」
手を顎に当て真剣に考えているふりをする。
「お前、今話す話じゃないだろ。なんでわざわざ円香さんの動き止めたんだよ。お前なら止めなくてもどうにかなるだろ」
「ちょっとの時間稼ぎと零の指示に従って考えてみただけだよ。多分、悪霊か何かに憑かれてるよ」
「それを早く言えよ。どうやって剥がすんだ?」
「出てくように説得するとか。でも剥がさないで一緒に斬っちゃおうよ」
「いちいち物騒なんだよ。説得すればいいんだな」
真面目な顔で決心したように深く頷く零。
「いやいや、そんな面倒なこと……って零!」
「おい、円香さんに憑いてるやつ。聞こえるか」
僕が止める間もなく零はもがいているナニカに近づき、話しかけた。
腰を屈めながら真摯に向き合う。
「あんたが何を思ってその人に憑いてるか知らないが、生者に迷惑はかけるな。何かあるなら俺が話ぐらいは聞いてやる」
「うるさい、うるさい!お前に何がわかるのだぁぁ。愛する人に裏切られた私の気持ちがぁ!」
縄を引きちぎる勢いで、円香に憑いたナニカが絶叫する。
「円香じゃなくて、中のやつが恨み持ちだったんだね。話は出来なそうだけど、どうするの?」
「どうもこうもないだろ。あんたも大変だったんだな、でも無関係の人を巻き込むのは駄目だろ。円香さんを解放してくれ」
零はナニカに畳み掛けるようにして訴える。
しかし、ナニカは聞く耳など持たず。
「いやだ!この女は私の恨みを果たし、死ぬのだ!あいつが言っていたこいつもあの浮気相手と同じ穴の貉だと!」
八つ当たりもいいとこのことを言うナニカ。
「円香はそんな子じゃないっ!お付き合いしてる人なんていなかったもん!」
そう言って反論を叫んだのは虚無の着物から顔を出すあの付喪神の少女。
「うわっ、水掛け論になる予感。虚無、大人しくさせててよ」
虚無は、返事なしに少女を着物に押し込む。
「うるさぁいわ!」
そうこうしているうちにナニカが暴れていたせいで縄の所々に綻びが出てきた。
その事に気がついた零が焦りが滲む声を上げる。
「おいっ、術弱まり始めてるぞ」
「おっと流石鬼になりかけてるだけある。馬鹿力だな。零、鞘から早く出して構えて」
零が手にしている刀を顎で指す。
零の愛刀、祢々切丸。
日光山で祢々という妖を斬ったことで名付けられた由緒正しき退魔刀。
面倒なので鬼退治は零に任せる気なのだが、
「いやだ。お前が術でどうにかしろ。さっさと剥がせ。女性に刀傷は申し訳ない。……お前ならどうとでも出来るだろう。剥がすのも人に戻すことも」
零らしい理由であえなく断られてしまった。
まだその刃は鞘に収まったままだ。
零に斬らせる気満々だったので、一瞬呆気にとられた僕だったが付け足された言葉を聞いて笑う。
「出来るけど、悪霊ごと斬った方が早いよ」
「殺人者になりたくない。大体、円香さんに罪はないし、元はお前が原因だろ」
「あっ、そうだね。じゃあ、虚無〜」
案外、現実的な理由に思わず納得して同意すると、先程から全く立ち位置が変わっていない虚無を呼ぶ。
「お前がやるって流れだっただろ。お前がやれ」
「面倒だもん。要は丑の刻参りが止まればいいんでしょ、退治しちゃえば終わりじゃん。行方不明者なら伝手があるからどうとでもなるはず。虚無、おいで〜」
再度呼ばれた虚無は、二回目の主からの要請は無視出来なかったのか二人の方へやってきた。
「虚無、倒さなくていいからな」
「もとよりそのつもり」
零の言葉にコクコクと首を縦に振る虚無。
この式神、主に似て面倒くさがり屋である。
まあ、どっちにしろこのままだと僕に味方はいないようだ。
「来るぞ。満、どうにかしろよ。あの人を人に戻せば和菓子奢ってやる」
零が刃を鞘に収めたまま円香に向って構える。
「仕方ない働くか。……言質は取ったからね」
僕が駆け出すと同時にナニカを捕らえていた縄が胡散する。
捕縛用の縄といえど簡易型、限界を迎えたようだ。
「うわ、もうほぼ鬼じゃん。もうちょっと捕まってくれてたら簡単だったんだけどな。」
襲いかかってくる爪という名の凶器と蹴りを曲芸師のように躱す。
また札を貼ろうとするが二回目とあって警戒されているようでめちゃくちゃに繰り出される攻撃に阻まれる。
「なんで……殺す……しんじて……死ね……」
「さっきまで会話出来てたのに完全に正気失っちゃってるね。零たちが煽ったせいだよ〜」
要領を得ないことをぶつぶつと呟くナニカ。
急速に鬼に近い風貌になっていっている。
このままでは、ナニカに円香が呑まれて鬼となってしまう。
紙一重で躱していた攻撃だが、元々体力が無い僕には長引くほど辛くなってくる。
間一髪のところで体を捻り腕には当たらなかったものの、遂に服の袖が切れた。
「っと、虚無〜麩菓子増やすから手伝って」
疲れてきた僕は、虚無に助けを求めることにした。
退治するのなら簡単だが、今回は零から人に戻すように頼まれている以上、迂闊なことは出来ない。
奇しくも零と同じ手段を使うことになったが、やむを得ない。
「ん。分かった」
「はやく、鎌鼬の鎌よりはマシだろうけど当たったら痛そう」
「後で手当はしてやるから思う存分やれ」
「嫌だね……虚無、今だっ」
僕の掛け声の後、すぐさま虚無が術を使う。
黒いモヤがナニカの周りを取り巻き、暴れていたナニカの様子も段々大人しくなっていく。おそらく力が出ないのだろう。
札を片手に虚無の術によって隙が出来たナニカに向かって僕も空に六芒星を描いていく。
最後の頂点を繋げると光り出す。
六芒星を保ったままの光が円香の体に当たり、溶け込むようにして消えていく。
「うおぉぉ……」
最後の悪足掻きとばかりの咆哮をきりに鬼化も徐々に溶けていき、人の姿に戻っていく。最後に残っていた額の赤い角が落ち、完全な人の姿となった。
拘束していた虚無の術もいつの間にか消え、膝をついた円香。
そのまま重力にしたがって倒れるのを零がうけとめた。
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