第14話丑の刻〜じゅうさん〜

橋を渡って、一行は尾時公園へと足を運ぶ。

少し広場から外れたところにある六人がけのテーブルベンチがちょうど空いていたので、そこでお茶をすることにした。

各々が適当に席につく。

僕の1席空けた隣に零、向かいにはマドカ、対角線上には虚無が座っている。

席につくも、早々に零が財布片手に立ち上がる。

「その辺で飲み物買ってきますね。何がいいですか?」

「はーい。僕、甘いジュース系で」

「お前に聞いてねーよ。えっと、マ……貴方は?」

「ま?」

零の失言もどきのせいでマドカが首を傾げる。

そろそろ名前を聞いておかないと零が無意識のうちに呼びかけて、ストーカーの疑いでもかけられそうだ。

「えっと、お名前教えて貰ってもいいですか?苗字でも名前でもいいので」

遠慮がちに尋ねれば、マドカは目を瞬いて、忘れてたとでもいう風に両手を合わせた。

「そう言えば、自己紹介してませんでしたね。私は花笠円香といいます。あなた方のお名前は?」

「俺は、」

「こっちの無自覚女たらしは零。僕は満。それで、そっちの子は虚無」

零の言葉に被せるようにして、零と僕の自己紹介をする。あと虚無のも。

「よろしくね、虚無ちゃん」

円香は、少し背を曲げて虚無に目線を合わせると微笑む。

しあしわ虚無はこくんと頷き、目線を直ぐに逸らす。

「えっと嫌われちゃったかしら?」

少し寂しそうな顔をする円香を見て、零が気まずげな笑みを浮かべる。

「いや、そんなことないと思いますけど」

「虚無は人見知りなんです。ねえ零、早くジュース買ってきてよ。マドカさんは何にする?」

「あ、そうでした。お茶でお願いします。私が行きましょうか?」

「大丈夫ですよ。行ってきますね。」

「行ってら〜」

飲み物を買いにいった零の後ろ姿に手を振る。

よし、いい感じ。

固い木製の椅子の上で、思いのほか作戦が上手くいったことに心の中で自分に賞賛を贈る。

「あ、あの。虚無ちゃんは、どちらの妹さんなんですか」

沈黙に耐えかねたらしい円香の視線は空をボーッと見つめる虚無に向いている。

やはり二人の成人男性と小学生ほどの年齢の幼女の関係といって真っ先に考えるのは兄弟関係らしい。

歳の離れた兄弟の子どもとも考えられそうだが、姪というほど年齢が離れている風には見えなかったのだろう。

兄弟関係どころか血縁関係がない僕の式神で、かつ何百年も虚無が年上という事実を知ったら円香はどんな反応をみせるだろうか。

「どちらの妹でもないですよ」

「え?」

「まあ、それは置いておいて。円香さん本当に暇なんですよね。今日、用事あったら申し訳ないですから」

「ないですよ。橋で写真を撮ったら今日は部屋でぼんやりしようかなって思ってたところです」

「質問があるんですけど、いいですか?」

「なんでしょうか」

サラリと流された話題に一瞬首を傾げた円香だったが、急に変わった雰囲気を察してか背筋を伸ばす。

「最近、誰か振られたり、振りませんでした?」

「ないですけど」

「じゃあ、変わった事とか」

「もしかして、私ナンパされてます?それか何かの勧誘ですか?」

神妙な顔で小首を傾げる円香。

だよね、そう思うよね。僕も自分で言ってて途中からそう思った。

零に任せとけば良かった。何か飽きてきたし、もういっか。

「あー駄目だ。回りくどいのは面倒なので率直に言わせていただきますが、夜にこの公園の林で丑の刻参りをしているのはあなたですよね」

「!」

明らかに顔色を変え目を見開いた円香。

更に追求しようと身を乗り出すが、

「おい、俺が居ないうちにお前は何してんだ」

いつの間にか背後にいた零に思いっきり頭を掴まれる。

「いたたたっ。痛いからやめてっ」

抗議すれば、直ぐに離された。

「ちっ、すみません。何したか分かりませんが満が失礼なことしましたね」

「そこは疑問系じゃないの?」

僕の疑問をスルーして、円香に頭を下げる零。

「えっとちょっと怖かったけど大丈夫ですよ」

「本当にこいつがすみません。もはやお詫びになりませんがお茶買ってきたのでどうぞ。自販機しかなかったのでペットボトルなんですけど」

机には零が買ってきたペットボトルが並ぶ。一つだけ缶だけど。

左から、お汁ココア、ブラックコーヒー、緑茶×2。

やっぱり一つだけ変なのが入っている。

零から円香へと緑茶が手渡される。

「わっ、ありがとうございます」

「お前はこれな、飲め」

そう言って僕の前に置かれたのはあの変な缶ジュース、お汁ココア。

「えー、そこ置いといて」

「ああ。勿体ないし、後で飲めよ」

念を押すと零は僕の隣に座る。

絶対、面白がっているに違いない。先日の仕返しかな。

さて零に乱された空気を仕切り直して、

「で、貴方が丑の刻参りの犯人なんですか?」

「おい、満」

「零は黙ってて」

一睨みで零を黙らせると、改めて円香に微笑む。

「どうなんですか、花笠円香さん?」

「しっ知りません。いきなりなんですか。失礼しても?」

「ダメ、まだ終わってない」

席を立ち上がり、この場を去ろうとする円香の裾を虚無が掴んで止める。

先程まで虚空を見つめていた瞳は、しっかりと円香を捉えている。

「まあまあ、落ち着いてください。虚無もそんなに凝視しないの」

座るように促すと、円香は元の場所へと戻り居住まいを正す。

顔は幽鬼でも見たように青白い。

「知らないというなら、先程顔色を変えたのは何故です?今も顔が真っ青だ。」

「気の所為じゃないですか?大体、丑の刻参りって何ですか」

「逃亡するのは何かあるってことなんですから、失敗したらもう素直に話すべきでは?」

「本当に知らないんです。私が知っているのは、夜の記憶が無くなっていることがあるだけ」

円香は相変わらず青い顔をしたままだが、嘘をついている様子は見られない。

「無意識なのかあ」

張り詰めていた意識を解いて、机の上に突っ伏す。

ずっと黙って見てくる零の視線も痛くなってきたし、真剣モードは疲れる。

「今いいところじゃなかったか?」

体は脱力したまま顔だけを向けると、眉根を寄せた零と目を点にした円香が。

「うん。でも疲れたし、なんとなく形は見えてきたんだよね。円香さん、夜の記憶が無くなるのって一週間に一度ぐらいのペースじゃない?」

「なんでそれを.......」

誰にも知られていないことを指摘された円香は驚いた表情を浮かべる。

「言ってなかったけど僕達専門家なんだよね。まあ、そこは置いておいて。答え合わせといこうか」


ーーーーー

お汁ココアは創作です。商品名出すのは確かに駄目ですよね。

前出したサルミアッキは伝統菓子だから大丈夫なはず……多分。

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