第13話丑の刻〜じゅうに〜

「きゃあっ」

細い道にマドカの悲鳴が響く。

マドカの目の前にいる虚無が持つカップは僅かにレモネードが残っているもののほぼ空で。

逆にマドカの洋服は濡れ、周辺の地面は雨が降った後のように跡になっている。

虚無にも少しかかったようで嫌そうな雰囲気を漂わせているのが後ろから分かる。

後で虚無の着物も新調させられる可能性が出てきたな。

そう言えば光希が安くしてくれるって言ってたし、丁度いいか。

光希といえば、他にも何か言っていたような。

「わっ、何してるんだ。虚無!すみません!お怪我は!?」

「だっ大丈夫です」

突然のことに何が起きたのかいまいち理解してなさそうなマドカに零が声をかけていた。

「いけない、そんなこと考えてる場合じゃなかった」

零が大根演技でマドカの応対をしているのだから僕がフォローしなければ。

心配そうな顔を作ってから3人の元へと急いで駆け寄る。

「大丈夫ですか!」

これが僕が考えた作戦。

走ってきた幼女(虚無)が勢い余ってジュースをマドカにかけてしまう。

そこに幼女のお兄さんたち(僕と零)が後から駆けつけお詫びすると言い出す。

お詫びにかこつけてお茶に誘い、話を聞く席が作れれば作戦成功。

レモン100%だからシミになる心配もないし、無糖だからそんなにはベタつかないはず。

クリーニング代はどちらにせよ、出すつもりだからあんまり関係ないんだけどね。

お気に入りの洋服だったら面倒くさそうだから。

コーヒーを断念した甲斐があったものだ。

「これ、ハンカチです。ちょうど新品なので使ってください」

用意していた買ったばかりのハンカチをボディバッグから取り出す。

札を持ってれば大抵どうにかなるので鞄は持たない主義なのだ。

しかし、パーカーからハンカチを取り出したら受け取って貰えなそうなので、零に貸してもらった。

「あっはい。ありがとうございます」

僕から受け取ったハンカチで濡れた箇所を拭いていくマドカ。

虚無はというと、自分の手ぬぐいで着物を拭いている。

「どうしよう。お洋服濡れてしまいましたよね。ほら、虚無謝って」

「ごめんなさい」

虚無がぺこりと頭を下げる。何で私がみたいな副音声が聞こえてきそうな謝罪だ。

これはこれで不貞腐れている子どもっぽいから平気かな。

「俺からも謝ります。すみませんでした。クリーニング代お払いしますね」

すかさず零が割って入り謝罪する。そしてクリーニング代の運びへと。

「いえいえ、大丈夫です。洗濯で落ちますし」

悪いと思ったのか両手を横に降って遠慮するマドカ。

今度は僕の番。

「でも、クリーニングのが綺麗に仕上がると思いますよ。シミになったら大変ですし、クリーニング代出します」

「そうですよ。出させてください」

「うん。当然」

1人だけ上から目線だが、3人で畳み掛ける。

「じゃあ、お願いします。でも!本当に最低料金でいいので」

僕たちが引かないと分かったのか折れたマドカ。

かなり謙虚だ。迷惑料としてもっと請求すればいいのに。

この作戦、ちょっとやりにくいかな。

眉根を寄せて困ったような顔を作り、

「クリーニング代だけじゃ悪いよね。そうだ、お詫びにお茶でもどうですか?」

「ああ、いいな。お時間ありますか?」

さも今思いついたように僕がお茶の提案し、それに零が乗る。

マドカがこの後暇なのは事前に少女に確認済みだ。

「ありますけど。クリーニング代だけで充分ですよ。」

「いえ。お時間があるなら、お茶でも」

「あの、本当に結構ですので.......」

あれ明らかに警戒されてる。

確かにナンパっぽいよね。

零は当たり屋って称してたけど、どっちかっていうと当たり屋じゃなくてナンパみたいだ。

虚無がいるからあんまり警戒されないはずだと予想していたけど、結構ガードが硬かった。

謙虚なのも防犯意識が高いのもいい事だと思うけど、今は厄介だな。

でも僕たちには、女性対応のエキスパートがいるのだ!

「すみません。いくら女の子がいるとはいえ、男二人だと警戒されてしまいますよね。でも、クリーニング代を出してもプラマイゼロですし。プラスにする為にお茶でも奢らせて貰えませんか」

マドカの手を取り、真剣な顔で真っ直ぐ目を合わせる零。

うげぇ、言っていることといい行動といい少女漫画にでも出てきそうだ。

しかも、大根演技になっていないってことは本心で言っているのだろう。

正直今すぐにでも立ち去りたい気分だが、一応僕もこくこくと頷いておく。

まあ、零のお陰で作戦は成功しそうだ。

なんだってマドカの頬が少し赤くなっている。

「そこまで仰るなら……」

やっとマドカが頷く。お茶する気になったようだ。

お茶という名の調査の聴き込みにね。

「じゃあ、公園にでも行きませんか。近いですし、お茶するって言っても手頃な方がお気になさらないでしょ?」

公園に行こうと思ってたから、ちょうど良いよね。

マドカの良心にも配慮して僕達の作戦も上手くいく。

「はい。お気遣いありがとうございます」

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