第9話丑の刻〜はち〜
午前1時半。
草木も眠る丑三つ時というように良い子のみならず大勢の人が夢の彼方へと飛び去っているだろう時間だ。
夜行性の鳥の声がどこからから遠くに聞こえ、夜空には月が煌々と輝いている。
都心だからかあまり星を見ることはできないのが残念だが、月がでているおかげで周囲をある程度見渡すことが出来る。街灯はぼんやりと薄い光が灯っているだけで役立たずだ。
「おお寒い寒い」
中々風が強い中で一際強い風が吹き、Tシャツにパーカーという薄着で来たことを少し後悔しながら零を待つ。
約束した時間から十分程経過してから尾時公園へと息を切らしながら零はやってきた。
ジャージにダウンといういつもよりラフな出で立ちだ。
恐らく寝ていたのだろう、アホ毛を筆頭に寝癖があちこちについている間抜けな姿を晒している。
「はぁ。はぁ。こんな時間にいきなり呼び出して何事だ」
「やぁ、いい夜だね。それに個性的な髪型だ。でもそんなんじゃ、僕の話は逸らせないよ。まいまいの帽子を被ってくるぐらいしないと。何か弁明は?」
「なにが、人のことをカタツムリ呼ばわりして弁明は?だよ。お前が理由も伝えずに突然呼び出したんだろ。しかも、こんな夜遅くだし、お前が一方的に指定した時間だし、多少の遅刻ぐらいは許されるはずだ。いい加減、常識を弁えろお前は」
「はいはい」
零の文句を横に聞き流しながら夜の公園を歩く。当然ながら人っ子一人見当たらない。
しかし、あくまでも人はだ。
古来より昼は人間の、夜はあやかし達の活動時間だった。
この辺にはあやかしがいないものの日中、子供たちが遊んでいた丘などではあやかし達が酒盛りを繰り広げている。
「結局、俺は何のために呼ばれたんだ?例の依頼のことがなんか分かったのかよ」
「その通り。ついさっき、虚無から連絡があったんだよ。謎の音の正体が分かったって」
「で、その正体はなんだったんだ」
「丑の刻参りだったよ」
「丑の刻参りって、あれか?藁人形と五寸釘のやつ。昔、読んだ小説に出てきた気がする」
「うん、それそれ。あと、白袴と蝋燭があれば完璧かな。写真とか髪の毛とか必要だとかいわれてるけどやっぱり想いと言葉が一際、大事なんだよね。そういうのは、補助的要員って感じだし。割と現代でもメジャーな呪術だよね」
零も知っていたらしい。
学生時代、妖関係の本を零の鞄に紛れ込ませてたり妖関係の依頼に連れ回していた甲斐があったというものだ。
1ヶ月もすれば慣れたもののそれまでの間は零が鞄の中を見て首を傾げる度にバレるかと柄にもなくヒヤヒヤしたものだ。
「メジャーって。本当にそんなことやるやつ居るかよ」
「ん〜。いるんじゃない?前にもなんか、かけられたっぽい人からの依頼あったし」
一瞬、零の動きを止める。己の耳を疑うと言った様子でおずおずと聞き返してくる。
様子を見るに話したことがない話だったようだ。
依頼が入ると、零を引き連れていき、それが無理そうだったら必ず事後報告はしているというのに話すの忘れてたのか、珍しいな。
いや、大抵、そういう話の時は僕が自身の活躍を歪曲しながら話していると思っているようだから零が聞き流していた可能性のが高い。
「いつ依頼があったって?まったく聞いた覚えないんだが」
「あー、インターネットからサイトに依頼があってさ。つまらなそうだから断ったんだよね」
「はあっ!?断っただとっ。しかも、そんな理由で。あんなインチキそうなサイトに来た貴重な依頼じゃないのかよ」
「別にいいの。暇つぶしでサイト開設も依頼もこなしてるだけだから。僕からしたら割のいいバイトって感じだし。なんか興味本位でやってみたら呪いがはね返ってきたとかいう自業自得っぽい依頼だったし。それより、何がインチキっぽいって?」
面倒臭さがりな僕だが、形から入るのは結構好きなので幾つか依頼を受ける手段を用意している。
誰から受けるかによって異なった手段にしているのだが、一般人用の手段の一つとしてインターネット上から依頼を受注出来るようにサイトを開設しているのだ。
零にスマホの使い方を伝授された際にノリで作ったものなのだが、遊びで作った割には内容も機能もしっかり出来たと自負している。
「あれはないだろう。呪術師あしや〜解呪も妖関係のお悩み解決〜とか如何にも胡散臭いサイト名だし、ネオンカラーで見てるだけで目がチカチカするし。普通に困ってたらあんなのに依頼する前に神社とかお寺とか行くわ」
「公で神聖なところを頼れないから僕の所に依頼をするんだ。ちょっとぐらい怪しい方がいいんだよ」
「一理あるといえば一理あるか」
「僕は頭脳も呪術の腕と同じぐらい天才だよ?占星術みたいな準備が面倒な術なんて使わなくても三手先ぐらいまでは予想できるよ。まあ、いいや。はい。この話はここで終わり。目前の問題が残ったままだよ。お喋りしてたら日が登っちゃう」
零が頷いたのを見て、手をたたいて話を元の話題に戻す。
このままじゃ丁度いい今の時間が過ぎてしまう。
虚無を待たせているのだから早く合流しなければ、そろそろ林が目の端に見えてきた。
こんな時間にここまでやってきたのは小学生の時に夏に蛍狩りに来た時以来だろうか。
虚無と昼間に別れた場所、数十歩離れた林が本格的に見えてきてふとそんなことを考える。
あの時は林の木の合間に蛍が何百匹といてとても幻想的な光景だった。
そういえば、蛍が出ると教えてくれたのも奇しくも沼御前だったか。
珍しく有益な情報だったので驚いたのか記憶に残っている。夏になったらまた来てみるのも良いかもしれない。
足を進め、入口である道標の看板のところに僅かに生き物の気配があった。
この時間のこの周辺にいる生き物なんて虚無ぐらいだから虚無に違いない。
流石、吸血鬼だ。これほどとないぐらい闇と同化している。
林の入口だからか静かさは先程までいた所と比べ物にならない。
「あ、いたいた。虚無ー」
小声で虚無がいるであろう辺りに呼びかける。つい大声で呼び掛けそうになったが、咄嗟に声を抑えた。
林の中で反響して原因の元が消えてしまったら意味が無いんだった。
「寝ぼけてんのか。虚無の姿どころか虫影すらないぞ」
キョロキョロと辺りを零が見回しながら言う。
零の言う通り、周囲には虫の羽音も夜行性の鳥の囀りも聞こえない。不気味なほどだ。当然人の姿も視覚出来ない。
「寝ぼけてない。あそこにいるの見えない?わっ。いきなりライトつけないで」
「悪い」
零が痺れをきらしたのかスマホのライト機能で当たりを照らし、僕は目を瞬かせる。
しかし、やはり明るくなっても状況は変わらない。
「虚無〜零が僕のこと馬鹿にするように見てくるから早く人型になってよ。眠いから早く終わらせたいし。」
小声で木が茂っているあたりを見つめて呼びかける。そちらに零がライトをむけるが何も無い。
すると、僕の言葉に答えるようにしてどこからともなく何が擦れる音が聞こえ、
「道満、私はそっちにいるんじゃない。」
無表情だが僅かにブスくれた顔の虚無の姿が突然後ろに現れた。
「っっ!」
僕も肩をゆらしたが、零はいつもの如く声にならない叫び声をあげ、手に持っていたスマホのライトを即座に虚無の方に向ける。その光に眩しそうに目を細めた虚無に気づいて直ぐにライトを下げた。誰もいなかった暗闇から人が浮き上がってくるように見えたら驚くだろう。
「ん?そっちにいたのか。あっ、忘れてた。完全に気配消せるんだったよね。さっきゲームしてたから混ざっちゃった。でも気配は感じたんだけどなぁ」
あまりにも虚無と会っていなかった為か吸血鬼の基礎知識がゲームの設定と混ざってしまった。
現実と二次元混同するとか僕らしくない。やはり夜は昼に比べて調子が狂うな。
「私は吸血鬼」
「だから素直に謝ったでしょ。気配がしたから勘違いしちゃった」
「零様大丈夫?」
「ああ。次からはもうちょっとゆっくりの登場を希望するがな」
僕の言い訳は全く聞くつもりはないようで零の方を向いて、どこか零を気まずげに見る虚無。
脅かしてしまったのを気にしているようだ。
零に気を使うのはいいけど、雇用主にもそれぐらい気を使って欲しい。
「おーい。で、どうだった?」
「うん。バッチリ」
傍目には何を言っているのか分からないような会話をしていると案の定、零が目で説明しろと訴えている。
僕が懇切丁寧に説明する訳がなくそれを虚無に丸投げする。
「虚無面倒いから説明よろしく。時間もないし、出来るだけ簡潔にお願い」
虚無が相変わらず虚ろな目で頷くのを確認すると、携帯を取り出してゲームを開く。
零への説明は虚無に任せるとして、どうせ暇だし週クエストも消化してしまおう。
「まずね、私が気配を消したら絶対に見つからないの。だから見張りが仕事のこの任務にはうってつけだった」
「なるほどな。満が自分の式神完全に把握してないのかと思ったわ」
「あはは。それ面白いね。ただでさえ少ないし流石に僕でも式神は把握してるよ。あんまり呼ばないし会わないからたまに名前と顔合致しなくなるけどね〜」
不名誉な認識がつきそうだったので顔を上げて弁明しとく。
ほら、大抵一人で解決出来ちゃうからと笑う。
零たちがジト目になるのを見て弁明するようにあいつとか十二体もいるし普通の陰陽師や呪術師とかだと式神がいないのって死活問題なんだけど、僕天才だから。式神って個人情報筒漏れだし、個性豊かで面倒な奴多いからあんまり活用しないし、問題ない。と続ける。
「それ、把握してるって言うのかよ」
「いうに決まってんじゃん」
当たり前でしょという風に胸を張ると虚無が、
「言わないと思う」
「だよな〜」
キッパリと言い切りそれに零が賛同するように頷く。
「まあ、僕の式神事情なんて至極どうでもいいよ。で、具体的には何が掴めたの?」
「霊力の異常な揺れを感じたから発生源に行ってみたら白い女人がいた。それも手に釘と槌もった物騒な女人」
「それって幽霊が丑の刻参りしてたってことか?」
「違う。どっちかっていうと鬼になりかけてたけど。まあ、行ったら分かると思う」
「鬼になりかけてたか……」
ちょっと急がないと危ないかもしれない。鬼になりかけてたってことは妖に落ちかけてる。
そして、大分術が完成系に近づいているということだ。鬼となって年月が経っていない鬼と言えど、なってしまえば僕からしても人間に戻すのは大変だ。
「それって相当やばいだろ。早く行って止めるなりなんなりした方がいいんじゃないか」
「大丈夫だよ、そんなに早く儀式も終わらないだろうし。それに、どっちにしろこのままじゃ行けないよ。まあまあ落ち着いて」
焦燥に駆られた零が深刻そうに言うので宥める。
「落ち着いてってな」
「大丈夫大丈夫」
「だから何が大丈夫なんだよっ」
それまで黙っていた虚無が口を開くと、
「満、隠蔽系の術でもかけるんでしょ。勿体ぶってないで早くかけていこ」
「ちぇっ。バレたか」
急かされてしまったので仕方なく目を閉じる。
淡々とした口調で呪文を唱え、六芒星をきった。
「何も変化ないぞ。珍しく失敗したんじゃないか。」
零が怪訝な態度を隠さず言う。零からしてみたら僕が変な言葉を発しただけでこれといった変化がないからなんだろうけど。
「成功」
「うん。ほら、」
僕が答えようとした零の問いかけには、虚無が答えた。口まで出かかっていた言葉を飲み込み頷くだけに留め、ポケットから手鏡を取り出すと零に投げ渡す。
受け取った零がその手鏡を除けば、
「なんでぼやけてるんだ!?」
ここから見ることは出来ないが、鏡に写る零の姿は、形は辛うじて分かるもののモヤがかかったように輪郭が捉えきれなくなっているはずだ。
それもそのはず、僕がかけたのは宵影の術。
他者からの認識が曖昧になる隠密や隠蔽に最適の術である。かけられた本人や術士には変化がないので呪文が成功したか本人達には分かりにくい。
今回、第三者だった虚無には零のことが認識しずらくなっていたように周りに人を置いておけば確認が取れるし、機密性に飛んだ方法をとる場合は鏡が必須だ。零が成功を疑ったのも仕方がない。
また、本来ならもっと長くて厨二病的な詞が入る列記とした呪術で、暗殺術に使うものなのだ。大分僕に失礼な発言だったが、大分省略してしまっているせいで、呪文ぽくないのも零が僕の失敗を疑うことになった一因だろう。
僕がもう一度同じように呪文を唱えて自分にかけると準備は整った。
虚無は自分で出来るので掛ける手間いらず。
「よしこれでいいかな。虚無案内してよ。眠いし、今度こそ早く行こう」
虚無にその白い女性がいた場所まで連れて行ってくれるように促すと虚無は先導してくれるように前を歩きだす。
虚無の後を着いていくが、女性と鉢合わせしない為に舗装されている道ではなく木が生えている場所を進んでいくので暗いのもあり足元が覚束無い。
零がライトの明かりで足元を照らしてくれるので少しは転ぶ可能性が下がった。
虚無は元より無口であるし、零は久しぶりの妖関係の事件の現場に行くのに緊張しているのか会話という会話もなく時折、僕が欠伸をするだけという奇妙な空気が漂う。
突然、立ち止まった虚無の小さな背中に、立ち止まるとは予測していなかった零がぶつかる。
「うわ、すまん」
「着いた。ここ」
虚無は上空を一瞥すると舗装された道の方を指す。丁度、昼に僕たちが穴の空いた木を見つけた場所だ。
しかし、木々の間から伺えるその先には人影も気配も無い。
一行は木をかき分けて道の方に出ていくが、昼間見た風景が少し暗くなっているだけの風景が広がっているだけだった。
「いない」
虚無がポツリ。正しくここにいる三人の心の声を代弁したセリフだ。
虚無と零が向き合うように話し始める中、話の輪には加わらず僕はフラフラと木の方に近寄っていく。
何かが足に当たったのを感じ、その場で屈みこんで地面をよく見れば面白いものがあったので、それを拾い上げた。
「虚無を疑うわけじゃないんだが、本当にここだったのか?誰も見当たらないぞ」
「ここにいた筈。この子を残しておいたから確か」
ふよふよと飛んでいるコウモリを見ながら虚無が言う。
「じゃあ、何処に」
今度の零の質問には虚無も答えられず黙ってしまう。
虚無は虚空を見つめているし何を考えているのか分からないが多分2人が思案に暮れていると、
「あ〜あ、逃げられたか。」
手を頭の後ろで組み呟く。
零が凄い勢いで振り向き反応してきたので一寸面食らってしまった。
「何か分かったのかよ」
零の問いに直接答えず、鼻を人差し指で二回叩く。
その動作の意味が分からずハテナを飛ばした零だったが、直ぐに思い当たったのか鼻をひくつかせて辺りの匂いを嗅ぐ。
虚無も見よう見まねで真似をするが、何も分からなかったのか辞めて首を傾げる。時間帯と状況を考えなかったらかなり微笑ましい光景だな。
「……煙の匂い?」
「正解。今夜は風が強いのにまだ残っている。しかも、数えたら穴が空いてる木が1個増えてた。つまり間違いなくさっきまで誰かいたってことだ」
「マジかよ」
「だから、逃げられたって言ったの?」
「うん。大方、僕達の動きとか気配が察知されちゃったんだろうね」
「でも、すれ違わなかっただろ。どこに消えたんだよ」
「沼御前の池の方だろうね。僕としたことが、相手が素人っぽかったから油断しちゃったよ。けどさ、現場は押さえられなかったけど下手人の手掛かりは掴めたよ?」
得意げな顔で人差し指と中指で挟んで小さな何かを振る。僕の手の中で軽やかに音を立てて揺れるそれは金属製のイヤリング。
一昔前にはお洒落といわれていたような前時代的なデザインだが、ワンポイントとして埋まっている緑色の石が目を引く。
「満、流石」
珍しく虚無は素直に僕の活躍を褒めてくるが、零は難しそうな顔を依然として崩さない。
「確かに手掛かりといったら手掛かりと言えるかもしれないが、それだけで分かるのか。ただのイヤリングに見えるぞ」
「このイヤリング結構使い込まれてるから大丈夫なはずだよ。ほら、この辺とか塗装が薄くなってるし」
零たちに見えやすいように手のひらの上にのせ、僅かに擦れている金属の外装を指し示す。さほど目立たないもののよく見れば石にも傷がいくつかついており、全体的にかなり長い年月使われていることが分かる品物だ。
「だから、それがどうしたんだよ」
「僕を誰だか忘れてないかい?稀代の呪術師、芦屋満様だよ?こういう時こそ僕の技を使わなくちゃ。っと言いたいとこだけど今やるのは嫌だから明日……違うな、もう今日だね」
「何で今やるの嫌なの?」
「今、何時だと思って思ってるの。虚無もいる事だし、幼女と青年2人がこんな時間に町を彷徨いてたら通報間違いなしだよ」
「お前にもそんな常識備わってたのか」
あたかも初めて知ったという風に驚く零。
「心外だな。ふぁあ、じゃ、午後1時時頃に僕の家に集合ね。僕は家に帰ってもう一眠りするとするよ」
眠くて怒る気も起きず欠伸を噛み殺しながらさっさと告げる。
零と虚無が頷くのを確認すると、用は終わったとばかりに歩き出す。
零は虚無に暫しの別れを言ってからその後を追い、虚無の姿は林の暗闇に溶けていった。
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