第7話丑の刻〜ろく〜

僕と零は、件の騒音の発生地だと思われる林に来ていた。

さっき沼御前の沼に行く際に通った道をまた通る。

沼御前は余程のことがない限り池から離れないので、池に取り残してきた。

林の違和感の正体が分かった今、違和感だったものは異変として訴えかけてくる。

例えると神社に鳥居がないのと同じような感じだ。

「ほんとに低級妖怪どもがいない。霊もなんにも居ないし、変すぎる。昔だったら直ぐ気づいたはずなのに何で僕、さっきは気づかなかったんだろ。もしかして糖分足りてないのかも」

「単に腕が落ちただけだろ。糖分のせいにするな。さっきも黒色の飴ガリガリ噛み砕いていたろ」

「僕の腕が落ちるなんてことありえないよ。失礼だな。そうだ、サルミアッキ。零も食べる?」

肩からかけていた小型のカバンから手乗りの箱を取り出し、軽く振り訊ねると零もそれに応じ、僕の方に手を出してきた。

箱を小刻みに揺らしてその上に黒色で菱形の飴をひと粒だす。

「くれるのか?ありがとう」

零が口に入れるのを見て、にやけ顔を晒さないようポーカーフェイスで必死に抑える。

今日の悪意たっぷりの悪戯第2回。ちなみに1回目は零の家の前で叫んだことだよ。

零の運命は、果たして。

「ん、変わった味の飴だな。コーラかと思ったが全然違う」

「こんの味音痴が!?」

「は?これコーラ味なのか?」

零を横目で見つつそれまで周囲の様子に隈無く目を走らせていたが、心底信じられないという風に零の頭に目を移す。

もしかして味覚障害だったりするのかと思ってつい凝視してしまう。

そういえば昔から重度の味音痴だったことを思い出し、10秒間ほど見つめやっと零の頭から視線を外す。

零に考えが筒抜けじゃないことだけが救いだったな。言ったが最後、地面とお友達になるとこだった。

また周囲の観察に戻りながら、

「違うよ。ああつまらない。沼御前にでもあげてくればよかった。それは、世界一不味い飴っていわれてるフィンランド産の飴なんだよ。現地で買ってきたんだ」

「はぁっ!?なんていうもんくれてるんだ。性格ひねくれすぎだろ」

「今更何を言ってるの。そんなの大昔から知ってるでしょ。というか誤魔化さないで答え合わせしてあげたんだから感謝しなよ。僕がネタばらししなきゃ、コーラ味だって考えてたままだったんだから」

批評を諸共せず否定するどころか肯定する僕にいつもの事ながら零は呆れ顔だ。

客観的に自分を見ることが出来るのが僕の美点なのに酷い奴だ。

客観的にと言えば……

「どう考えても感謝することなどないだろ。出すなら普通の飴をだせ。……ってどうかしたのか」

数歩遅れてからいきなり僕が立ち止まったことに気づいた零が足を止めたようだ。

何があったか訊ねてくるが今はただそばに植わっているある木たちを凝視することしか出来ない。

沈黙の中、無言のままパーカーのポケットから札を取り出すと両手でそれを挟み呪いを唱える。

次の瞬間現れたのは銀フレームのモノクルだった。慣れた手つきでそれを右目に装着する。

付ける際に一瞬閉じた目蓋を開ければ、視界が切り替わる。

これは霊力を目視できるようになる呪具だ。

あくまでも呪具なので大量の霊力を使うという問題点はあるものの膨大な霊力をもつ僕には関係ない。

が、視界が劇的に変わり線だけの世界になる為酔いそうになるからあんまり好きじゃないらしい。

まあ、僕からしたら酔いそうになるぐらいしか欠点がなく、結局便利なので多用している。

今も顔を歪めるとまではいかないものの目を僅かに細めて出来るだけ視界を狭めている。

レンズを通す視界には幾重にも木に伸びる白く細い線。

僅かに線が歪んでいる同じような木ばかりでここ一帯の霊力が乱れていることがよく分かるのだがその中でも特に歪みがでている木に目が止まる。

ふっと息を吐き、

「うーん、やっぱり気配がないな。小動物の気配もない。何かがあったことは間違いないかもね、さっきは気づかなかったけどここ一帯の霊気が乱れてる。零は感じない?」

「なんか、空気がいつもと違う気がしないでもないが」

「それが感じられたなら落第点かな。このぐらいなら、ほんとに僅かしか乱れてないし霊力感知が得意な人も意識しないと分からないだろうね。僕も見ないとちゃんとした確信がもてないほど」

「じゃあ関係ないんじゃないか」

僕でも確信を持つのが難しいなんてよっぽどだ。

ただ時間が経ったからかそれとも作為的なものだろうか。

普通に考えれば前者の可能性のが高いが、後者だったら余程の陰陽師や術士の仕業だ。

だけど、霊気の乱れが作為的だろうとなかろうと事象自体はたまたま起こったなんかじゃないと確信が持てる。

「それはないかな。んじゃ零、その右後ろにある木を調べてみてよ」

「いきなりなんなんだ」

「いいから」

「これか」

有無を言わさない口調で指示を飛ばすと、零は急いで右後ろにある木を振り返る。

零が軽く叩いた木を見て頷く。

右後ろといっても沢山あったのによく分かったな。と密かに感心するが勿論言葉には出さない。

「ふう」

一旦気になった木の調査は零に任せて、僕はモノクルを外し、手でそれを遊んでいると、

「この木変だぞ。こっちに来てみろ」

零に手招きされ、後ろに回りこんで零の指した木の表面を同じように見る。

ふむふむ、興味深いかも。

「穴があいているね」

木の幹には何かが打ち付けられたような穴が不規則に空けられていた。

直径五ミリ程の穴だろうか、深さはかなりあるようだ。当たり前だが奥が見えない。

「何か分かったのか。この木を指定したってことはこの穴以外もなにかあったってことだろ」

「うん。この木には異常といっても差し支えない程の霊力の歪みがみられた。多分、この木ひいてはこの辺りで何か原因となることが起こったんじゃないかな。これだけは言える、これは人為的なものだ」

「本当に人為的なものなのかよ。啄木鳥が開けた穴とか自然発生した霊力の歪みとかじゃないのか」

「違うよ、啄木鳥はこんな穴開けない。そう考えると開けるの人間しかいないし、見た感じ霊力の歪みって呪術的なものみたいだし。それに、その二つ隣の木も見てみて」

「こっちは何にも無いぞ」

頭にこの現場の形跡をみて、思い当たるような行動や術はいくつか思い浮かぶものの、まだ状況証拠だけだ。流石にこれだけじゃ断定することは難しい。

謎解きの基本、色々な要因を調べ候補を消していって残ったものが正しいものなのだ。

自然要因の最重要容疑者である啄木鳥だったらもっと穴が大きいし、啄木鳥のあける穴は気持ち悪いぐらい木の至る所に沢山空いているので、自然要因は容疑者候補から外れる。

「穴はどっかの悪ガキが開けてこの跡は呪術なんて関係なくて音は人だったっていう可能性もあるんじゃないか?」

「限りなくゼロにちかいけどね。一本の木に空いた穴。しかも無数……。なんか見覚えがあるんだよね。どこでだったかな……」

モノクルを弄りながらしばらく考え込む。

一回のみならず何回か見たことがある気がするんだが、思い出せない。

「考え込んでても進まないんだし、ここは定石通りに目撃者探しから始めないか?あ、でも生物の気配がないんだったか?」

「それは問題ないだろうけど、面倒だけど聞き込みねぇ。何時もなら呪具だよりだけど禍津日神たちに会うだけのつもりだったからあんまり道具持ってきてないしなぁ。それに」

「それに?」

「聞き込みみたいな肉体労働なんか頭脳派な僕の性にあわない」

「確かに絶対揉めること間違いなしだもんな」

真顔で言い放った僕の言葉を受け、何かを悟ったように頷く零。

からかっているならまだしも、おそらく本気で納得しているので余計にムカつく。

「殴っても?」

「いいわけないだろ。お前の愛想と性格が悪さが要因になって変に拗れるのは目に見えてんだ。だからその手を下ろせ」

仕方なく掲げていた握りこぶしを解く。

僕が交渉とか話し合いとかに向かないのは自覚があるけど酷い言い草だ。

自虐するのと貶されるのはムカつき度合いに天と地ほどの差がある。

「じゃあ零に任せるよっ。と言いたいとこだけど聞き込みを眺めているのも退屈だろうし、ぱぱっと終わらせちゃおう」

「ぱぱっとってどういう事だよ」

「ふふふ、目撃者がいなかったら作ればいいじゃない作戦〜。はい拍手〜」

「お前、フランスも行ったのかよ」

「ノリ悪いよ。マリーアントワネットの名台詞のオマージュなの分かったんなら拍手は必要だとだと思うよ」

「それぐらい知ってんに決まってんだろ。常識だろ。そんで、どんな作戦だ?」

この台詞、実は本人言ってないって話だけどね。まあ、零の知識の間違いを正すのはどうだっていいか。

「ものすごく簡単にいうと、忍びの真似事だよ。ちょっと待ってて、これだったかな」

モノクルをだしたパーカーのポケットをガサゴソと探ると、目当ての物だと思わしき物を見つけた。筆で多分、虚無と書かれた和紙だ。

取り出して六芒星をきると息を吹きかける。

「わっ」

零が短く声を上げる。

零の間抜け顔をみるつもりであったのに、辺りには風が吹き上げる。こうなることが分かっていたはずの僕も目を思わず瞑ってしまった。

やっと風が収まり目を開けると目の前には、10歳前後の姿をし女の子が虚ろな目で僕達を見上げていた。

今時お宮参りでも見ないような黒地に大輪の椿が咲いた着物を着ていて、着物の色よりも艶やかな黒髪は綺麗に肩で切りそろえられている。

可愛い姿をしているが利便性は折り紙付き。

零と一緒で今世も僕の傍にいる物好きの妖。

よかった、札間違えて無かったようだ。何年も札なんて使ってないし、僕の書いた字は自分でも識別しにくいので本当に虚無と書かれているのか不安だった。

そんな僕の安心なぞ露知らず零は驚きの声を上げる。元気だな。

「きょーちゃん!?」

「やぁ、久しぶりだね。虚無」

「生きていたの。最近合わなかったからもう死んだかと思ってた」

「そっか。残念だったね、まだ生存中だよ。それで、久しぶりの再会にいきなり悪いんだけど君にピッタリな仕事があるからやってくれる?」

「悪いなんて全然思ってないくせに」

嫌味なんて全く籠っていない声音で呟く虚無。

「よかった。やってくれるんだね」

「麩菓子10ダースよろしく」

「いいよ、了解」

「うん。それと、後ろの人はいいの?」

「ああ、零。さっきからうるさいよ」

放っておきたかったのに虚無に指摘されてしまった。

超安上がりな報酬を了承し、仕方なく虚無が現れてからずっと騒がしかった零の方を振り向く。

「おいっ!?なんで、きょーちゃんがいるんだよ?今、どこから現れたっ」

すぐに零が、混乱しながら問いただしてくる。

これじゃ、折角虚無まで呼んだのに話がすんなりと進まなそうだ。

なるべく早く終わらせたいんだけどな。

「零、落ち着きなよ。幽霊が目の前にいてもケロリとしていたのに。ていうかまって、その年して女の子をきょーちゃんとかふふっ」

零が虚無のことをきょーちゃんと呼んだことに途中で気づき腹を抱え爆笑する。

いい歳して少女をあだ名でよぶとか面白すぎる。

「いやいや、10年前に消えた近所の女の子が突然目の前に現れたら誰でも騒ぐだろっ」

「ふふっ。そう言えば、ふっ。虚無って零の初恋だったっけ。僕の式神に恋するって面白すぎて、当時は注目観察対象だったよ」

「なんで知ってって、、。ホント性格悪いな。って式神っ。きょー……虚無ちゃんがっ!?」

驚いたり突っ込んだり忙しそうだ。

思い返せば、あの頃の零は虚無を前にするとやたらカッコつけてたな。

零は虚無のこと僕の式なのに近所の女の子だと思ってたみたいだ。

すっかりネタばらしするの忘れてたので虚無が姿を消した時なんて一週間は落ち込んでた。

虚無が消えた3日後、零は明らかに泣き腫らした腫れぼったい目をして登校、僕は笑いを堪えるのが大変で筋肉痛になって歩き方変だし、今思えば対照的な2人だっただろう。

「私は、満の式で吸血鬼の虚無。よろしく。零様、大きくなった。ますます清文様に似てきた」

虚無が零の前にいってぺこりとお辞儀をする。

そして、近くにいた僕にも聞こえるか聞こえないかぐらいの小声でポツリ。

どうせなら僕にも聞こえない声で言って欲しいものだ。

10年も経てば成長期の人間の背なんてすぐ変わるし、顔も少しは変わるよね。

でも、そんなことを気にするのは虚無だからこそかな。

「えーっとあぁ、うん。きょっ虚無ちゃんは……」

「昔と同じようにきょーちゃんでいい」

「えっはいっ。虚無でもいいか。俺も零でいいぞ」

「ん。零様は零様。で、満は何用?用がないなら今までと同じようにずっと呼ばないで」

零の方を向いていた虚無がくるりと体の向きを変えて僕に問う。

いい感じに軌道修正してくれたので、何故か感激している零を放っておいて話を戻す。

「そうだった。1ヶ月ぐらい夜にここの見張りを頼みたいんだ」

「それだけ?」

「うん、おかしなことがあったら教えて欲しい。そういうの得意でしょ、虚無」

「承」

静かにコクリと頷く虚無。それと同時に姿が空気に溶けていく。

「えっ、もう帰ちゃったのか」

残念そう零が呟いた言葉も既に姿を消した虚無には届かず消えていく。

さっきは思いっきり笑わせてもらったし少しぐらい慰めてやるか。

「零に煩い姑みたいに色々聞かれるの分かってたからで、零が嫌いなわけじゃないから平気だよ」

「誰が嫌われてるだ。近況ぐらいしか聞こうと思ってない。大体、終始何が何だか分からなかったんだぞ。説明しろ」

「ありゃりゃ、やぶ蛇だったかな。えっとね、吸血鬼だから夜目は充分に効くだろうし、闇に溶け込むのはお手の物だろうし。見張り系には、これ以上無い適任なんだ。面倒臭い術を使って久しぶりに呼んだかいがあったというものだよね」

「そうだったのか」

「そうそう、じゃあ。近くに彩乃屋があるし、寄ってこ」

「ああ、色々聞くのは彩乃屋の団子の前だな。素直に話さなければ食べれると思うなよ」

聞き間違いかな。

彩乃屋の方向に進めていた足を止め、後方を見ればニッコリ笑顔の零が。

「えっ。空耳じゃなかった?」

虚無戻ってきて、一緒にどうやって質問地獄を掻い潜るか考えよう。

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