第5話丑の刻〜よん〜

「あっ、鳥居が見えてきた」


旅行中の土産話や零の日常の様子を聞いていると、時間が経つのはあっという間で視界に大きな黒塗りの鳥居が見えてきた。

数十歩歩けば、鳥居の前に着いた。


三善神社。


そこそこの大きさを誇り、近所の人々に親しまれている神社だ。

鳥居の前で一礼し、鳥居の内側へ一歩足を踏み出せば空気が変わった。

ここからは禍津日神たちが住まう神域だ。


「うっわ、よくやるな」

「なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない」


人影が全くない。


観光客は平日の昼間だから居ないのか、それとも主な参拝客である近所の人達は今日が週一回の定休日だと知っていることもあるかもしれないが、境内に人影は不自然なほど見当たらないのは少々おかしい。


手水舎で身を清め、石畳でできた参道をぬければ拝殿が見えてきた。

拝殿は素通りして社務所へと向かう零の後を着いていく。

拝殿は一般人が参拝する社殿で賽銭箱がよく置いてある建物だ。


一方、本殿は御神体が鎮座しているので年に数回しか空くことがない。

拝殿も本殿も茅葺き屋根の歴史を感じる厳かな見た目だ。

何回も改修工事を行っているが元を残しつつ少しずつ行っている為見た目も本殿より後に作られた拝殿のほうが本殿より比較的新しい。

拝殿に入ると2人並んでお賽銭箱の前で二礼二拍手一礼してお参りする。

零は慣れているだけあって流れるような作法だ。


“こんにちは。さっさと出てきたらどうですか。ご親切に神社一帯をご神域にするぐらいなんだから”


最後に深く頭を下げると参拝は終了だ。

先に参拝を終えて後ろの方で立っている零の所へと向かう。


「久しぶりにお参りしたんだからお賽銭をしろよ」

「どうせ宗教法人なんだからいいでしょ」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。今の発言で全国の宗教法人を敵にまわしたからな。宗教法人だって大変なんだぞ。労災降りないし」

「ネットで呟いてるわけじゃないんだから怖くないね」

「全国放送でいってもお前ならケロッとしてるし、寧ろ御託を並べて論破するだろ」

「当たり前でしょ。僕の言っていることは理路整然としていることばかりだもの」


何を当たり前のこと言っているんだろうか零は。


僕に不覚はないし、他人など怖くない。僕の前世をなんだと思っているのだろうか。


というか、本当にあの神様たちはどこにいるのだろう。


てん.......てん.......てん、ころん。


不意に鞠が転がったような音が聞こえ、音のしたほうに目をむける。

こちらに背を向け鞠を足元に転がした中学生ぐらいの背丈をした神様が二柱。


「やっと姿を見せたか」


僕の声で僕達の存在に気がついたようで、首を痛めそうな勢いでこちらを振り向くその二柱。

ぱっちり二重がゆっくりと瞬かれる。


「「あっ緋衣くんと鈴蘭くんだ〜。よく来たね〜」」


次の瞬間には歓迎の声とともに僕たちの元へ走り出してきた。

登場のタイミングのおかげで少しわざとらしく感じてしまう。

疑問に思った瞬間に出てくるとか絶対待機してたでしょ。

どうせなら拝殿で拝んで直ぐに出てきてもらいたかった。


このお茶目な神様は禍津日神たち。正式名称は八十禍津日神と大禍津日神。


神様なので性別は禍津日神であるらしく、少女にも少年にも見える中性的な神様だ。因みに何故か学ランとセーラー服を着ている。

どちらも禍津日神なので鏡合わせにしたように瓜二つで見分けるのは非常に困難だが、僕には僅かな神力の違いで判別がつく。

神力に違いはあってもないようなものだが、零もなんとなくでわかるようだ。

まあ、どちらがどちらでもあまり変わりがないようなので見分けがつかなくてもよいと本人たちは言っているのでいいとしてる。


「歓迎ありがとうございます。久しぶりに鈴蘭を連れてきました」

「まがつくんたちこんにちは。一年ぶりに帰って来たから顔を出したんだ」

「一年〜?」

「鈴蘭くんが旅に出るって言って来なくなってからそんなに経ってたんだ〜」

「そう言えば神在祭も初詣ももう終わったね〜」

「あっそっか。それにしても神在祭つまんなかったよね〜、つっくん来ないし〜」

「ね〜、でもさ。いっくんとかはさ、」

「あの、俺は忘れ物取ってきますね」


禍津日神たちが違う話題の会話を始めて二人の世界に入ってしまったので、零は一応一声かけてもうひとつの目的を果たすために社務所の方へと行ってしまう。


残されたのは僕と会話に熱中している二人。


神在祭の内容に特に興味がある訳でもないので手持ち無沙汰になってしまった。


大体、禍津日神の付けるあだ名は独特すぎてどの神のことを指しているのか特定するのも一苦労だ。


揶揄うネタにもなりやしない。


心の中でぶつくさと文句を書き連ねているといつの間にか会話を終えていた禍津日神たちから見つめられていた。


「「鈴蘭くん」」



「前世の」



「精算は」



「「出来た?」」


ガラス玉のように何でも見通しているような眼で鏡写しの二人が問う。

間延びした語調も無く厳格な神そのものの雰囲気だ。


意図的ではないんだろうけど意地悪な質問だな。


森羅万象を見通す神様にとって答えなんて分かりきっているだろうに。

思わず挑発的なしかしどこか自嘲したような笑みを浮かべその問いに答えようと口を開いた。


「神社を丸ごとを神域までして聞きたかったことはそれか。出来なかったよ、残念ながらね」

「「そっか。弟切くんは罪深かったもんね〜」」

「久しぶりに聞いたよその呼び名。零は緋衣草で前世から固定されてんのに僕は鈴蘭になっちゃったわけ?弟切草で良くない?結構気に入ってたんだけど」


前世と変わった禍津日神からの呼び名に疑問を呈する。

どーでも良かったからスルーしていたものの今世で出会った時には既に変わっていてずっと頭の片隅で疑問に思っていたのだ。

どうせ零はこの場にはいないし、聞いてみた。


悪用する気はないとはいえ真名は神隠しなどの要因にもなるので禍津日神は普段は僕と零をそれぞれ鈴蘭と緋衣草にあやかった名で呼んでくれているのは分かっている。


一応由来も大方の予想はついているのだが、


「緋衣くんは」


「変わらないもの。それより、」


「「“満”、おかえりなさい」」


「ただいま」

先程までの雰囲気など感じさせない穏やかな笑みを浮かべる禍津日神。

僕も先程の笑みとは比べ物にならないぐらい穏やかにふっと笑うと笑みを浮かべ返事を返した。


しかし、それとこれとは話が別で、


「で、零が変わらないっていうのはどういうこと?」

「お待たせしました」


詳しくきこうと問い詰めようというタイミングで横槍が入った。

勿論恐ろしくタイミングが悪い槍を入れてきたのは忘れ物を取りに行っていた零だ。

出ていった時には何も持っていなかった左手にはスマホを持っている。


「緋衣草くんだ〜」

「待ってたよ〜」

「遅くなりました。?変な顔してんぞ、どうしたんだ」


何故か僕の顔を見て零が首を傾げる。なかなかに失礼なやつだ。

しかし、嫌味のひとつでも言う気だったが、その様子に毒気をぬかれてしまった。仕方ないのでため息ひとつで済ませることにしよう。


「本当にタイミング悪いよね。確かに零は変わってないわ」

「「うん。うん」」


僕に同調するように首を縦に振る禍津日神たち。

零は何のことを言っているのかさっぱりわからずぽかんとしている。

禍津日神たちに同意されるのは何とも言えないが零はいい気味だ。


「は?」

「それより、やっぱりメールを見ていなかったのは君の過失のせいだったわけだね」


零の左手には、確かにスマホが握られている。

零はメールボックスを確認しなかったのではなくスマホを社務所に忘れて見れなかったのだ。

スマホをチェックしないなんていくらなんでも現代の若者離れしすぎではないかと密かに心配していたので良かった。

そんな優しい僕の心配を他所に決まりが悪そうに口をとがらせて零は言い訳を一つ。


「悪い。けど、前日に送る方も送る方だと思うぞ」

「はは、スマホわすれるとか間抜けだね」

「おま、喧嘩売ってんだろ。お前だって散々忘れ物や無くし物してきてるだろ」

「僕はスマホは忘れないもん」


スマホ忘れてる時点で相当な間抜けで僕の言っていることは的を得ているはずなのに逆ギレされた。

僕達のじゃれあいを微笑ましげに見ていた禍津日神だったが突然声をあげ、視線も自然とそちらを向く。


「そうだ〜僕達〜」

「頼みたいことがあったんだ!」

「面倒なことは嫌だよ」

「まだ聴いてもいないのに断るなよ。頼みたい事ってなんですか?」


ニコニコと無邪気な子供のように笑う禍津日神に嫌な予感がし、ジリジリと後ずさる。

認めたくないが悪い大人が天真爛漫な子供の光オーラに気圧されているように見えなくもないだろう。


悲しきかな実情は天真爛漫な子供よりも悪戯好きで愉快で厄介な神様だ。

僕が警戒態勢をとる一方、零は神に仕える神主としての義務を果たすべく背筋を伸ばし真摯に聞く体制だ。

面倒事に触れてしまうのような予感をひしひしと感じつつ一応、耳を傾ける。


「「あのね〜」」

「「沼御前が困ってるらしいの〜」」

「はい?沼御前ってどなたですか?」

「げっ、零覚えてないの?沼御前って尾時公園にいるオバサンじゃん。どうせあの人が困るとかくだらない話でしょ」


予感的中。沼御前の関わる話なんて聞くまでもなく面倒事だ。

それにしても懐かしい名前を聞いた。

尾時公園、小さい頃零と満が遊んでいた自然公園だ。

成長するにつれ行く回数は減りここ数年は行っていないが、多い時は週に何回も公園内にある沼に通っていた。

沼御前はその沼に住んでいる妖でよく遊んでいたのだが、海馬がお粗末な零はすっかり忘れたらしい。

今回のことは覚えてなくてもいい記憶だから忘れてもいいんだけどね。


「よく分からないけど」

「とにかく大変らしいの」

「「行って助けてあげて〜」」

「分かりました。行って解決して来ます」

「待って待って。内容聞いてないのに請け負うとかありえないから。どんな話だったとかも分からないなら無理でしょ」

「何時も常識外れな言動を繰り返しているお前が言うな」


安請け合いする零をすかさず止め、どうにかして頓挫させようとするが、上手くいかない。

一応僕の言っていることは正しいのに日頃の言動のせいか納得してもらえない。

嘘ばっかりついている人狼くんでもないのに理不尽だ。


「「う〜ん、分からないの。確か〜」」

「音〜?」

「肌〜?」

沼御前から聞いた内容を眉を寄せ必死に思い出そうと唸る禍津日神たち。

それぞれ左右に斜め45度首を傾げ、やっと捻り出した記憶の破片を告げる。


「音と肌ね。……それって関係性なくない?」


しかも、何故かどちらも音にして2文字、漢字にして1文字の単語。

ぱっと考えるに超音波系の美容アイテムしか思い浮かばない。

最初から詳しい情報を禍津日神たちが覚えているとは思っていなかったけど。

お願いを委託するほうなんだから細胞レベルとまではいかなくてもお願いの姿形が見えるぐらいの情報を教えてほしいものだ。


「まあ、内容は沼御前っていう方に聞けばいいだろ。むしろ今、聴いたら二度手間になるかもしれないぞ」

「沼に行けば〜」

「分かるはず〜」

「僕は荷解きがあるからパスで」


零の存外、的を得た発言に言葉に詰まったが、かこつけることのできる理由を見つけたのでそれを盾に回避しよう。

沼御前が関わってくる上に詳しい内容が分からないのに簡単に請け負うわけにはいかない。

まあ、理由としてはなによりも面倒というのが大部分をしめるのだが。


「団子買ってやる。お前好きだろ」


僕のあまりの往生際の悪さに零は僕にとって魔法の言葉だったものを引き合いに出した。

昔から大体その言葉を出せば頷いてきたので零からしたら勝算は十分だったつもりなのだろうが、


「お団子ごときで釣られる僕じゃないよ」


成長した僕の前ではあえなく失敗。


流石にもうその程度では動かない。そもそも昔だって子供らしさを演出するための演技だったのだ。

団子にただ釣られていた訳じゃない。


「彩乃屋の団子10本」

「うっ、10本……。いや100本でも嫌だね」


家の近所にある高級和菓子店彩乃屋の和菓子、しかも団子を引き合いにだされて僅かに気持ちが揺らいでしまった。

高級和菓子店というように団子の値段は少しお高めの250円。

しかし、値段がただ高いわけでもなく老舗ということもあり値段に見合う味をもつ。


僕もよくお八つに食べているが飽きることはない。それを10本。

いやいや、気持ちを強く持つんだ僕。帰国早々面倒事に首を突っ込むことになることは目に見えているじゃないか。

しかも、お世話になった妖のことならまだしもあの沼御前、請け負う気もしないのだろう。

なんだって、磨波留一男好きの妖で非常に対応が面倒臭いんだ。


しかし、

「満」

「お願い」


真剣な光を宿した四つの瞳に見つめられてついに僕の鋼の決心も折れた。

禍津日神たちは先程まで傍観を貫いていたのだから、ずっと貫いて欲しかったものだ。

言い訳をすると神様の頼みを断るのも零とまではいかないが複雑だし断ること自体もそろそろ面倒になってきたのだ。

傍観者で膠着状態を見るのも辛いが、生粋のめんどくさがり屋には当事者のまま膠着状態がずっと続くというのはもっとつらい。


「はあ、彩乃屋の団子全種と借りひとつだからね」

「おいっ。お前、さっき団子いらないって言ってなかったか?」

「やだな、あくまで団子ごときでは働かないよって言ったまでだよ」

「屁理屈……」

「で、いいよね」

「「うん。ありがとう」」


満面の笑みでコクリと頷く禍津日神。


良いように嵌められたようで癪に障るが大人な僕は笑顔で流してやろう。

零が呆れたような顔で見てくるが無視だ。無視。

でも、沼御前の問題を解決しなくてはならない流れになっているせめてものあがきとして好物と借り貸しを報酬として提示する。

が、結局なんでもない風に頷かれてしまったので諦めた。


「うん、決まりだね」


良く考えれば団子を買いに行くのも買うのも零であったので禍津日神たちへの意趣返しは失敗だ。


仕方ない約束を違えるギリギリの所をせめようと考えつつ、仮を返して貰う時は本当に大変で面倒臭いときにしようと決意した。

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