第4話丑の刻〜さん〜

やることもなくどうせ帰っても暇なので零の提案に乗った。


予定が決まった零は上着を取りに階段を登って2階にある自室へと行ってしまった。


僕は僕で残しておいた最後の団子を一口で食べきり、玄関へ向かう。

どこぞの商人のくれたプレゼントされた脱ぐのは簡単だが履くのが面倒なスニーカーに格闘し終えると、階段を下ってくる音がした。


階段の方へ顔を向けると案の定すぐに零がやってきた。


「待たせたな、行くか」

「うん」


玄関を出て、零が鍵をかける。

待つのは時間の無駄なのでさっさと行く道を歩き出すと、慌てて零が追いかけてきた。

見慣れた住宅街の道を零と肩を並べて歩く。これも1年ぶりの光景だ。


「おい、少しぐらい待てよ」

「先に行っていた方が効率的だからね。ちょっと走れば追いつけるんだからいいじゃん。僕が走っていないだけ感謝して欲しいな」

「学生の頃、遅刻しそうになっても持久走でも走らなかったお前が嫌がらせ程度で走ることなんてないだろ」

「僕、走るの嫌いだからね。息がきれるし、最悪だよあれ」


嫌なことを思い出したとばかりに顔を歪める。


完全な夜型な為か朝が非常に弱く、学生時代は毎日零に叩き起こされ学校に通っていた。

持久走は健康体にも関わらず体が弱いと嘯いてグラウンドの隅の日陰でレポートを書くだけで終了。

レポートを書くのもかったるいが走るよりはましだ。

走るのなら早歩きをした方がまだいい。


「なんなんだよ、その意味不明なこだわり。お前、タダでさせ出席日数ギリギリだったのに遅刻までして俺がどんなに胃を痛めたか」

「出席日数は数えてたし、遅刻だって幾らでも理由なんて考えられたんだよ。零が悩む必要なんてなかったのに難儀な性格だね」


学校に行くまでの道のりを歩くのが面倒で、出席日数ギリギリだったのは否定しない。


あと、1日休んでたらいくら成績が良くても留年の危機だったかも。


留年になる日数は数えていたので間違いない。

我ながら3日ぐらい余裕を持っていればいいもののギリギリの所を攻めたものだ。

運動会、合唱コンクール、修学旅行に至るまで行事のときなんかも休もうとすると零に引き摺られて行っていた。

零は小学生の頃から剣道をやっていたから僕のモデルばりに綺麗な腕では勝てる訳もなく。

修学旅行中なんかは、荷造りもスケジュール管理も行い凄腕マネージャーばりの活躍だった。

修学旅行なんて行かなくてもいいのに思い出作りとかなんとかいわれて非常に怠かった。


無理やり行かせれたのを全然、全然根に持っている訳ではないのでそこは注意だ。


そこまで執拗い性格はしていない。


「学生時代といえば、お前は不思議ちゃん病弱キャラ極めてたよな。俺、芦屋と話せるのはお前だけだとかいわれて伝達役任されてたんだぞ。不本意ながらニコイチ扱いされてたし」

「八方美人な零が悪いんだよ。僕は利点がなさそうなら馴れ合うつもりはなかっただけだから。ニコイチ扱いは古典を教えてあげてたからwin-winだったはず」

「対価としてはお前の負担が軽すぎて相応しくないが、古典を教えてくれるのは助かってたな。お前何故か古典の点数はずば抜けてよかったから。他もムカつくほど良いんだけど」

「ふん、まあね」


平安時代を生きていた僕に古典などちょろいもの。

こちとら告白するのも悪口をいわれて言い返すのも和歌だったんだぞ。

前者は一度も使い道がなく後者ばっかり役に立ったが、万葉集やら古今和歌集やらが分からないわけが無い。


知ることは知的好奇心を満たしてくれるので好きだった。だから数学や歴史を学ぶことは楽しかった。


数学は呪具作成にも応用出来るし、前世での出来事を客観的に見てあったなと頷くのも事実との乖離を知るのも中々面白かった。


「そういえば、大学時代はまだしも高校の時の連絡先持ってたりする?」

「ああ、持ってるが何か用があるのか。お前が理由もなしに欲しがるとは思えない」

「いや、ただっ……うっわ」


いきなり横から水がかかってきた。完全に予想外の出来事だ。

少量だったが、思いっきり顔にかかってきたので髪が額に張り付いて気持ちが悪い。

夏なら打ち水とかあるけどこの時期に水なんて……


「って、光希じゃん。いつの間に東京では嫌がらせが挨拶代わりになったの?」


そこには煙管が似合いそうな胡散臭い優男が。

僕達の知り合いの妖狐、光希だ。


「この頃、流行ってるんよ。えらいいなかったさかい知らへんのも無理あらへんけどなぁ」

「サラッと嘘つくな、光希。この先、会う度に被害を受けるのは俺なんだぞ」


ふふふと着流しの袖を口元にあてて笑う光希。

足元には水の入った桶が置いてある。

この嘘つきめ、京都どころか関西圏出身でも無いくせに京都弁を話していることを知っているぞ、僕は。

水を掛けても嘘をついても悪びれない当たり、やはり狐だ。


「流石の僕も毎回はしないよ……。あー、寒いな。エセ京都弁狐のせいで濡れたから冷えるなー」

「清々しいほどの棒読みだな」

「満ならどうとでもなるやろ。まあ、でも僕がやったんだし、ほれ」


光希が指を鳴らすと妖火が現れ、僕の周りをふよふよと温めはじめる。

人差し指でつつくと火傷はしないが見た目通りに熱すぎるぐらい暖かった。

これなら直ぐに乾きそうだ。


「お詫びの気持ちをもう少し表してくれてもいいんだよ?」

「今度、着物のレンタルでもなんでもまけるわ。零くんもいつもご贔屓にしてくれてる分、おまけしたるね」

「ちっ、いらな」

「ああ、いつも助かってる。満も一応お礼ぐらい言っとけ」


光希は“おかげや”という呉服屋を営んでいるので、零の実家も何かと普段からお世話になっているらしい。

神社は、袴が基本正装だから、手入れなんかもやっているので頼むようだ。


「レンタルなんて始めたんだ。やっぱり一年もいないと変わるもんだね」

「そうそう、丁度半年前から始めたんよ。段々着物の需要も無くなってきとるから。……んで、何しとったん?」

「ちょっとした旅をね」

「そうやったんや。大分変わったし、困ることがあったらいってな」

「万が一もないと思うけど、そうさせてもらうよ」

「光希は、困ってることとかないのか?何でも相談にのるぞ?」

「今んとこ、大丈夫やわ。そうそう、満くんたち気ぃつけや」


光希が朗らかに微笑んでいた笑みを妖狐らしい妖しげな笑みにかえ、脅すように、


「この頃、この辺も物騒なんやで。特に零くん気ぃつけて、この前も女性が痴情のもつれとかなんとかで橋から飛び降りたんやわ。巻き込まれないようになぁ」

「お、おう。忠告ありがとう」

「零は本当に気をつけないと駄目だね」

「やかましいぞっ」


僕が目を離したら女性関係の問題に巻きこまれてる癖に。

ニコイチ扱いされてたのだって校内での女子の人気が僕と零に二分されていたという理由もあることを僕は知っているんだぞ。


「ってあれ?光希はどこいった?」

「見事に狐につままれたね」


零の相手をしていたら先程までいた所に光希の姿はなかった。

妖火もいつの間にか消えていて、帰ったようだ。

髪は乾いたけど、水桶を持っていた理由も聞き忘れたし、一言掛けてから帰ればいいのに。

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