第3話丑の刻〜に〜

靴を履く所の棚にはこの家の住人である三善家の人々の写真が並べてある。


写真立てが独特でなかなか面白いが、防犯的に如何なものかと見る度に思う。

学生のとき毎日といってもいいほど通っていた見慣れた廊下を通っていき、客間に招かれた。


「つーか、メールぐらい事前にしろよ。帰りますよーって」

「したよ。届いてなかった?」

「そうだろ。えっ、あー、そっか。そうだったわ。送ったのって昨日だろ」


僕のことだからメールなんてしないだろうと思っていたようで、頷きかけた零だったが、予想外の返答を聞いて何かを思い出したように気まずそうな顔をする。


何か都合の悪いことでもあったのかな。


追求してからかってやろうとすると、

「うん。そうそう。でもさ、」

「せめて1週間前には送ってこいよ。じゃ、お茶いれてくるから」


追求をさせる間もあたえず、台所に消えていってしまった。


早足でお茶を取りに行った零の背を送って、ふかふかのソファーに腰掛ける。

暇を持て余したら周りの様子を観察する派の僕はゆっくりと部屋の中の様子を眺める。やはり1年前となんら変わった所は見当たらなかった。


目を閉じて家の中の気配を探れば、台所にいる零の気配しか感じられない。

この時間帯ならいると思ったんだけどな。


首を傾げ目を開ければ丁度お茶を持った零が廊下を歩いてこちらにきた。


「奈々ちゃんとおじさんは?」

「母さんたちは25回の新婚旅行中。今頃、熱海の刺身でも食べてるんじゃないか」

「夫婦仲は良好のようで何よりだよ」

「良好すぎるのも困りものだぞ」


お茶とお茶請けを木製の長机に置きながら遠い目をする零。

奈々ちゃんとは零の母親だ。近所でも評判の美人。

美女なんて見飽きるほど見ている僕でも美人だと思う。

多分、どの時代でも万人受けする美人である。


この子にしてあの親ありという顔立ちをしている。

性格も割と似ている。


そして、夫婦仲は新婚さんが砂糖を吐きそうになるほど良い。

あの夫妻に会うときは珈琲豆もしくは唐辛子を用意必須だ。

一人暮らしをしている個性的な姉も1人いるんだが今は割愛する。


直接話したことはないが、あの人のことを考えているとどこにいようと本当にやってくる気がして悪寒が走る。


純度100%の人間のはずなのに人外だと言われた方が納得出来るのだ。

長い付き合いになるが未だに僕でもあの人のことはよく分からない。


まあ、前世の零の家族関係を思い出すと零の姉も可愛く見えてきてしまうのが少し困りものだ。


零の父は普通の人だったが、叔父さん達は他称人外、自称人だった。

同じ親から生まれたか零の前世の父に確認して肯定された返事が帰ってきたときは、思わず聞き返してしまった。

何故、何時の時代も零の家族になる人は変な人が多いのだろうか。

やっぱり血筋なのか。


「で、お前は何処に行ってたんだ?」

「わあ、みたらし団子。久しぶりに食べる」


向こう側のソファー話を切り出した零を無視し、お茶請けに出されたみたらし団子を持ち上げて観賞する。


蜂蜜のようなとろみの黄金色に茶色い焦げ目。丸いフォルムはまるでニホンカワウソのつぶらな瞳ようで.......。


頭に衝撃を感じ、みたらし団子の魅惑の世界から引き戻される。

顔を上げれば手に持っていたお盆を僕の頭上で掲げた零が。


「いたっ。何するんだよ」

「話を聞け。団子見つめて何になるんだよ」

「ねね、このみたらし団子奈々ちゃんが作ったのでしょ」

「ひとの母親を同級生か年下の子を呼ぶように呼ぶな」

「本人から許可貰ってるんだからいいんだよ、で?」

「確かに作ったのは母さんだが、よく分かったな」

「僕は団子マイスターだからね、椿餅より遥かに美味しい。今度は三色団子つくってって言っといて」

「団子マイスターって理由になってないからな。で、どうしてたんだ?」

「ん?今までどんな団子食べていたか聞きたいの。えっとね〜、巨大胡麻団子に」

「巨大胡麻団子なんてあるのか……って、そうじゃねーよ。今までお前はどこにいたんだよ。旅に出ると言って次の日に姿を消してから1年だぞ。そもそもなんで旅に出た」


話題を逸らすのは失敗っと。


そう、零が言うように僕はちょっとした長旅に出ていた。

3日前、1年ぶりに我が家の敷居を跨いだぐらいだ。

日本に留まらず中国やイギリスなどにも行ったので3ヶ月で帰ってくるはずだった旅が大分遅くなってしまったのは予想外だった。


家には、ホコリが溜まっていて掃除するのが大変面倒だった。

妖達をお願いして大部分をやってもらったが、脅すネタが減るのでもうやりたくない。

それはさておきだからメールや手紙を定期的に送っていたものの実際に零の顔を見たのも1年ぶりだ。

二十数年毎日見ていた顔でも1年ぶりに見ると懐かしい。

高飛車な雪女と命懸けのダンスをしたり、胡散臭い商人とポーカーをしたり、偶然相変わらず面倒な性格をした旧知にも会うなど予想外のことも多くあったが、旅自体は有意義なものだったといえるだろう。


「色々あったの。絵葉書送ってたじゃん。そうだ、なんで返事毎回くれなかったのさ。僕はわざわざお土産まで送ってたのに」

「俺だって2週間に1回の頻度じゃなければ、毎回送り返してやったかもしれないな。土産は、あれって土産っていうのか。お前、自分が何を送ったのかよーく思い出してみろ」


指を使って零宛に送ったお土産の内容を数え上げてみる。

結構送ったはずだが、後の方は面白がって適当に買っていたのでなかなか覚えてない。


「トーテムポールに、錬金術の魔法陣、人形……あとはなんだっけ。まあいいや。とにかく全部立派な土産だったはずだよ」

「あの厨二病的な幾何学模様の図形は錬金術の魔法陣だったのかよ。道理で胡散臭かったわけだ」

「あれその場のテンションで買っちゃったんだよね、気に入ってくれて良かったよ」

「気に入ってねーよ。大体、お土産は相手を思って買うもんだろ」

「えっ、零ああいうの好きじゃなかったっけ」

「それはお前だろう」


何故か終始呆れぎみな零だったが、何がツボに入ったのか突然笑いだす。


えっ、まさかの情緒不安定。


もしかして、悪い妖に取り憑かれた後で感情の揺れ幅が大きいとかだったりしないよね?


「僕がいない間に何かに憑かれたの?僕が目視できないものって何?禍津日神たちにイタズラでもされた?」

「わるい、わるい。何にも憑かれてない。なんかこういうやり取り懐かしいと思ってな」

「吃驚させないでほしいんだけど」

「悪い、そうだ。禍津日神様といえば、もう挨拶に行ったか?」

「ううん。行ってない。3日前に帰ってきたばかりだし、後でいいと思って」


どうやら僕の取り越し苦労だったようだ。

それはさておき、零の実家は千年弱もの歴史を誇る由緒正しい神社である。

零の父は神主で、零も大学卒業後に家を継いだ。

神主歴はまだ3年程だが、小さい頃から家のことは手伝ってきたので、祭事はお手の物だ。


元々前世からそっち系の家柄だったしね。


記憶はないのだろうけど、魂の性質からしてもあっているのだろう。

因みに今日は週1回の定休日である。いい意味でも悪い意味でも地域の神社なので神主がいなくてもどうにかなるのだ。


まあ、神社を見守っているものがいるのもあるので、万が一もない。


その見守っているものの筆頭、禍津日神は零の実家の三善神社の主神だ。

伊邪那岐命が黄泉から帰った後の禊で、黄泉の穢れを祓ったときに生まれた神と言われている。古事記にも日本書紀にも登場する神だ。

災厄を司り、厄除けの守護神として崇められている神様である。

自分のことをまがつくんと読んでという陽気で悪戯好きで調子のいい時だけ神様特有の雰囲気を全面にだしてくる愉快な神様たちだ。


「今から行かないか?俺、どうせ忘れ物取りに神社行かないと行けないんだよな」

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