第2話丑の刻〜いち〜

時は現代、磨波留町。


一月下旬、まだ肌寒い日々が続いている。

東京の外れに位置する磨波留町も例外ではなく、道を歩くにはマフラーと手袋が役に立つ日々だ。


「さむ。早く入れてもらお。今日は確か家にいるよね」


播磨町の北にある住宅街を歩いていた僕も寒さには勝てずに呟きをもらし、少しでも暖を取ろうとマフラーを口元によせた。

送ったメッセージは結局返信がこなかったけど、今日、家にいることは余程のことがない限り確実なはず。


雪のように真っ白な髪に菫色の瞳に映える真っ赤なマフラー。


自分で言うのもなんだが、顔がいいのでこの瞬間を切り取ればポスターにでもなりそうな絵面だろう。


僕は、芦屋満。これでも巷で話題の転生者だ。


蘆屋道満という人物を知っているだろうか。

平安京の陰陽師であったが陰陽局には属さなかった変わり者。専ら呪術を使っていたため物語では、大抵悪役として描かれる。

宇治拾遺物語や峯相記などに登場するが後世からしたら謎が多いミステリアスな人物だ。

よく安倍晴明と敵対する人物として描かれている。


大体の話は歪曲されているが晴明が大っ嫌いだったというのはあっていると言っておこう。思い出すだけでも虫唾が走る。

僕はこの蘆屋道満を前世に持つ呪術師であり、好きなものは面白いことと甘い物。

輪廻転生に失敗したのか前世の記憶を持ちながらこの世に生を受けてしまった。


全くいいのだか悪いのだか。


正直、転生なんか面倒なことをするよりすっぱり死にたかったという気持ちのが強い。


何がよくて二回も人生を送らないと行けないんだ。

現在は前世の記憶と上手く付き合いながら株と自らが地主の土地代で悠悠自適に暮らしている。


世の中は大分変わったのに僕の生活はほとんど変わらないのは不思議だ。

適当な依頼をこなしたり旅をしたり変なしがらみに囚われたけど。


「着いた」


道に潜む妖を視界に捉え牽制しつつ淀みなく進めていた歩みが、ある家の前で完全に止まる。


目の前の一軒家を見上げた。周りの家と変わらないよくある形の何の変哲もない二階建ての家だ。

石で出来た表札には、三善と彫ってある。


思わず懐かしくなり口元を綻ばせると、目の前のインターホンを鳴らさず素通りして、玄関の門を簡単に開けて入っていく。


僕はインターホンを鳴らして呼ぶなど素人みたいなことはしないのだ。

玄関のドアの前に立つと息を吸って肺に空気を入れ思いっきり叫ぶ。


「零く〜ん、遊び〜ましょ」

僅かに周りにいた犬を連れたご婦人や配達員たちの訝しげな視線が集まるが、気にするまでもない。


近頃はなかったかもしれないが十数年前から続いているのだから慣れてくれているはずなのだ。


今は慣れていなくてもそのうち直ぐになれるはず。


目の前の家から人が出てくる様子もないのでもう一度叫ぼうと息を吸えば、二階の右側の窓が開き怪訝そうな表情をした黒髪の青年が顔をだした。


片手を上げて朗らかに挨拶をすれば、

「やあ、零。久しぶりだね」

「やっぱりお前だったか。何回も叫ぶな、近所迷惑だろ。今鍵開けるから待ってろ」


僕を見て、零と呼ばれた青年はため息を吐く。


「うん、よろしくね」


不機嫌そうな顔が引っ込んでからしばらくしてから鍵を開ける特有の音がし、横開きの扉が開く。

敷居を踏もうと踏み出せば、綺麗な拳が僕の左頬があった所に繰り出され後退る。


危ない。危機一髪で避けられたが、後一秒でも遅れていたら直撃していた。

久しぶりの左ストレートは物凄く痛そうだから当たらなくてよかった。


その暴力的な拳の主は先程の青年、三善零だ。

濡れ羽色の黒髪に切れ長の目を持つ、白髪紫目の僕とは違うタイプの美青年である。

僕とは違いあしらい方が下手なのでストーカーと憑かれることが後を絶たない馬鹿だ。

本人は覚えていないものの前世は、蘆屋道満の幼馴染の貴族、三善清文だった。


今世も僕の幼馴染であり、付き合いは何十年にも及ぶ。


僕と幼馴染で輪廻に成功するぐらい善人なのに今世も前世も僕と幼馴染なんて大変な苦労人だ。

僕の近くにいられるなんて光栄じゃないかとは言わない。

これでも振り回している自覚はあるし、零がお人好しで苦労人なのは覆りようのない事実だからね。


「何するんだよ。危ないじゃん」

「一年前に旅に出るって言ったきり消息不明だった奴がいきなり現れたんだから当たり前だろ」

「手紙とお土産は随時送ってたよ。届かなかった?」

「そういう意味じゃねーよ、言いたいことは色々あるけど一先ず中に入れ。」


どうせこういう奴だったなとイラつきと少しの懐かしさを感じているんだろう零。

言葉使いは少し乱暴になっているが、そんな顔をしている。

何十年も伊達に幼馴染やっていないのでそれぐらいは分かってしまうのだ。


玄関で言い争っていても仕方が無いと判断されたのか、やっと僕は家の敷居を跨ぐ事を許されたのだった。

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