十二時辰記〜平安悪役呪術師の現代転生物語〜

小夜時雨

第1話序章〜子の刻〜

満月が煌々と輝くが世の中の闇を煮詰めたような暗闇の中、その闇を切り裂くような轟音が都には響き渡った。


昼間では人々が往来する賑やかな道には人っ子一人いない。

誰にも邪魔されることなく馬に乗った人影が疾風のごとく走り抜ける。


馬上の男、三善清文は真剣な形相で貴族の証拠である狩衣の裾をはためかせ進んでいく。

髪も風圧によって崩れ酷い様である。


陰陽道に明るい三善家の文明の六男であり、三善清行を祖父に持つ。

交友関係のせいで三善家の変わり者とよく言われる清文ではあるが、性格は人よりお人好しであり常識人。


容姿には人並みに気を使っているので滅多に見ることがない有様だ。

先程まで参加していた宴会を催していた宮中での様子しか知らない上司や同僚が今みたら二度見どころか四回ほど見返すことだろう。

しかし、自分の姿など気にしている暇はないほど一心不乱に駆け抜ける。


そこまで必死になって向かっている目的地は轟音の発生地であろう屋敷、十六夜邸。

都の外れにある十六夜邸が見えてきたところでようやく速度を下げ、完全に停止する。


馬を繋ぐのも忘れ、路上に乗り捨てた所で白い着物の裾が屋敷の方から見えた気がし、式神の誰かはいると一先ず安堵したもののそれとこれとは別で屋敷の扉を乱雑にあける。


「道満いないのか!」

声をめいっぱい張り上げるが、いつもなら嫌味と共に速攻返ってくるであろう返事は一向に帰ってこない。

言い様のない嫌な予感が強くなり、靴を脱ぎ捨て屋敷の中へと足を踏み入れた。


「お邪魔するぞ」

家主を探す呼び声と共に貴族の典型的な寝殿造の渡り廊下にバタバタと慌ただしい足音が柱を伝って反響する。

その足音の主である清文は息をきらしながらも足を止めることはなかった。勿論足音などお構い無しだ。


「返事をしろ、鬼事をしている暇はないんだ」

息も絶え絶えに廊下を進み、部屋という部屋の襖をあける度に家主を呼びかけるも返事はない。

家は恐ろしい程に沈黙を続けている。


額に滲んだ汗を拳で拭うと、後に回していた中庭に続く障子戸の前の障子を壊すような勢いであける。


桃色の花弁と共に正明の視界に飛び込んできたのは、

「道満!」

何かが衝突したように木々の破片が飛び散っている酷い有様の庭。

つい最近まで美しく咲き誇っていた草花はことごとく根元から折られ、地面は所々抉られている。

まるで台風が発生して通り過ぎたあとのようだ。


清文はあまりにも変わり果てた庭に言葉を失う。

視線を庭の中央に向けると、そびえる桜の木の下に横たわる一人の姿が目に入る。


この家の家主であり巷で恐れられる平安京の呪術師。

清文からした幼き頃からの大切な幼馴染である蘆屋道満の変わり果てた姿だった。


道満は木に寄りかかり身体の至る所から血を流している。上の満開の桜が花弁を惜しげも無く道満に降り注ぐ様子は一種の屏風絵のようだ。


一瞬、見惚れてしまい立ち尽くす清文。最悪の予想が頭をよぎるがあの道満がありえないと頭を振ってかき消す。


どうせ動物の血で俺をからかっているだけなのだから笑って声をかけよう。心配して慌てるだけ無駄なのだということは昔からよく分かっているだろう。


すぐに道満の思惑通りのことを考えてしまったことを恥、けれど嫌な予感は拭えず足が汚れるのも構わずに足袋のまま道満の元へ駆け寄る。

「道満。今回の冗談はタチが悪すぎるぞ。心の臓に悪い。血の演出までして……道満?」


清文が声をかけるも道満の反応がない。巫山戯る時の潮時ぐらい弁えているはずなのに。

不審に思い、しゃがみこんで道満の肩を揺するが重力にしたがい横に倒れてしまった。

道満が巫山戯ている訳では無いとようやく理解した。


「道満っ!おいっ、何があったんだよ。」

清文は道満の体を抱えあげるが、肩を支えてないとズレ落ちてしまう。

固く目は閉ざされていて意識はない。

ピクリともしない人形じみた容姿も相まって本当の人形になってしまったようだ。


「目を開けろ、冗談がすぎるぞ。約束をしたのに。何時ものように悪どい笑みでも見せてくれ。お前は殺されても死なぬようなやつではないか。また、晴明のやつの鼻を明かしてやると息巻いていただろっ」


一心不乱に清文が声をかけ続けるも、道満の身体はピクリとも動かない。

いくら声をかけても道満には届かない。

それはそうだろう。心臓が止まり、息をしてない人間に届くわけがない。

頭のどこかでもう道満が息を吹き返すことはないのだと分かっているはずなのだが、清文に声をかけないという選択肢はなかった。


「死ぬな。死ぬなど許さないぞ。約束を忘れたとは言わせない。道満っ」

清文の悲痛な叫び声だけが辺りに虚しくこだます。


この日、京で最凶最悪と畏れられた呪術師、蘆屋道満はその命の灯火を消したのだった。

幼馴染が死に際に間に合うこともなく。


まるで主人の死を哀しむように庭の狂い桜が月の光に照らされて、これまで一度も散らしたことの無い花弁を散らしていた。













これは終幕ではない。因果は続いていくのだ。


後世では、悪役の呪術師蘆屋道満。これから始まるのは悪役と語られる原因でもある因縁を千年の時を経て、道満が清文を、時々清文が道満を、周りを巻き込みながら精算する物語。




どうぞお楽しみあれ。

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