139.逃避行二
「充分に治るまで、あの療庵でゆっくりと出来ていれば良かったのですけれどね。」
その傍らでは、どちらかと言えばのんびりとした表情をした
「そう言うわけにもいかないでしょう。なにしろ藩の家老の屋敷を襲ったんですから。仕方ないです。今頃、市中をひっくり返して私たちのこと探している人たちもいるでしょうからね。あんな所でのんびりしていたら街から出られなくなってましたよ。」
「それはその通りでは、ございますがね。」
「そうですよね?」
小さく微笑みながら、
「そうではございますが……。」
頷きながらも、
「追われてると言いますか、逃げなくてはいけないと言いますか、兎も角も、そんな羽目に成っているにも拘らず、
問われて
「うーん……言われてみると、確かにあまり心配していないかもしれませんね。でも、それは何というか、
「そう見えますか?」
「いつも、そう見えますよ。仮にどんな事態になったとしても、どうとでもなると言う自信がありそうというか、あるいは、逆に死んでしまっても良いみたいな捨て鉢のようなものを感じることがあります。何というか、死にたがりと言いますか。」
「私が?そう見えますか?そうですか、そういうものでしょうか……。そんなこともないのですがねえ。」
ふむっと嘆息をつく様に小さく声を漏らして、
「ま……それでも私はいつも通りのことでしょうが、でも
言われて
それを見咎めて
「なんですかそれは?」
「なにがですか?」
「その、ふむと言うのですよ。そんなことしたことなかったでしょう。」
「
「
「しておりますよ。」
くすりと
「今あまり不安でないのは、何と言いましょうか。どうせ一度は死ぬと覚悟したばかりだからですかね、妙に命が惜しくないのですよ。後は、それと――。」
「それと?」
「例え何が起きたとしても、きっと
「信じるだなんて、そんなご勝手な。」
「そう、勝手な自分の思い込みですけれどね。でも、捕えられて腕を折られそうになって、どうしても駄目だと思った時、
「嬉しく、ですか?」
「はい。嬉しいんです。人の心とは不可思議なものですね。心と言う器の中を大きく占める誰かが、自分を助けてくれるって思えるだけで、なんだか嬉しくなるみたいです。」
左手で胸元を抑えると、
「それは、なんともまあ、まるで恋する乙女のようなことを仰いますね。」
どこかお
「恋する乙女と言うのは、そういうものなのですか?」
「さあ?言うてはみましたが、そもそも、私はそう言う経験がありませんのでね、分かりかねます。」
「そりゃ、
仕方なさそうに眉を顰めると、
「
肩を竦めていった
「その返しは酷くないですか。」
「怒りました?」
「まさか、こんなので怒ってたら、
「それはご
言いながら、不意に
「誰かいらっしゃいました?」
「居ませんですがね。ですが――」
そう言って
「まあ、警戒してし過ぎることはありますまい。何しろ、それほどのことをしでかしましたからね。誰かつけまわしてきていても不思議ではありません。」
そうは言いながらも、
「
「まあ、差しあたっては街から出て遠くまで行きましょうか。せめて追手の来ない所まで。」
逃げる時と言うのは、大抵の場合で、道一つ、川一つ、峠一つと、何かの境を越えるごとに見つかる可能性が低くなっていく。
しかも、越えるのにかかる労力が大きい程に逃げやすくなる。 例えば海を越えれば、ほぼ見つかることはなくなるだろう。
逆に、越えるのが難しいほどに、通過する場所が限られてしまうために、その直前で待ち伏せしやすく、捕えられやすくもなってしまうものだった。
海を越えるとなれば、船を見つけるのが難しくなるし、人の目につきやすくなるために、むしろそこで捕まる可能性も高くなる。
そのために、二人はこのまま陸路で進めるだけ進むつもりであった。
「長旅になりましょうが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます