138.顛末五 - 逃避行一
「いや……だって……。」
「あの寺で……夕時ごろにはもう十数人死んでたでしょうが……。そっから、まだ斬り殺したって言うんですか……?そんな、それじゃあ……。」
まるっきり気狂いではないか。
そんな軽々しく人など斬れてしまうものなのか。
技術や体力の問題もあるだろうが、そこに心理的に葛藤がないのか。
そんな溢れてきた疑問を、思わず
一方で、
「そうですね……。どうやら、彼女は私が思っていたよりも、明らかに頭がおかしい人みたいです。そして……私たちが思っていたよりも、よっぽどに強い……。」
それは初めてであったときの喧嘩を止めたことに、多少なりとも後悔を覚えていたからなのだろう、誰かに言うと言うよりは、自分自身を責めるように苦々しい表情で呟いて、
* * *
二十九
――同じ頃
名古屋の街の外れ、濃尾平野を北東から南西にかけて断ち切るように流れていく
不意に、ぴーよろろろと甲高い鳥の鳴き声が周囲へと響き渡って、土手を走っていた犬がぴたりと足を留めると、顔を上げて円らな瞳を上空へと向けた。
川から少し離れた田んぼの合間を走る街道で、同じように立ち止まった
視線の先で宙を舞っていた鳥は、長く幅広の翼を大きく広げ、曲がった短い嘴に茶色の体つきをしているため、一目に猛禽の類だろうとは
「あれは
酷く色濃く青を呈した空の真ん中で、翼の端を上下に
「あれは
鳥が舞うのを眺めたままに、へえっと
「お詳しいんですね。そうですか、あれが
「いえ、なに。大した事はありませぬよ。
「……なんかその言い方だと、微妙に私が馬鹿にされている気がしますが……。私なんか
「そんな。
そう言いかけて
「ああでも、そう言えば、馬鹿と言う言葉は、馬と鹿の区別がつかいような人のことを言うらしいですね。昔誰かに聞いた覚えがございます。」
何の気もなく
「やっぱり馬鹿にしてますよね。」
不満げに口を拗ねらせると、
それで固定していた腕が擦れたのか、
「痛っ……。」
軽く漏れた
「腕の方は大丈夫ですか?」
「まだまだ、痛いですけれどね。お医者さんには、ちゃんと布をとらずに置いておけば治るだろうとは言われました。」
言いながら
それでも、腕がくっついているだけ
「
「もし治らないなどと口にしていたら、その場であの医者の腕を叩き切るつもりでしたけれどねえ。治るのでしたら良かったです。」
「まあ、本当に治るのかは知りませんが。」
「治りましょうよ。あの医者は、そこらへんの当て推量は外したことはございませんから。」
「そうなんですか?」
「そうなのですよ。」
肩を
あの後、成瀬を斬り捨てて囚われていた家から逃げ出すと、二人はよたよたとした
出てきた医者も医者で、無精ひげも生えて、皺枯れた声のぶっきら棒な喋り方するために、どうにも胡散臭く見えたが、存外に腕は良くらしく、
そうして二人ともに傷の手当てをしてもらうと、夜の明けるのを待つこともせずに、すぐに
ひっそりと夜の
それははっきりと言って、大怪我を治した直後には無謀なほどの強引な移動だった。
骨が折れていた
一方で、
屋敷で暴れまわっておいて多少に傷が開いただけで済んだのが異常なだけであり、本来ならば歩くのやめて安静に過ごしているべきはずですらあった。
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