134.緊縛の女囚十二 - 顛末一
「いやはや、生きておりますよ。そもそも死んでなぞ居りません。」
「生きて……生きていらっしゃるのですか……。本当に?」
「ええ、ええ。生きておりますよ。確かめましょうか?」
言いながら
そうして、すうっと
酷いほどに血濡れている指先が、
そうして、そのままゆっくりと開いた掌が優しく頬へと沿わされた。
触れた肌は仄かに温かく、僅かにトクトクと血管の跳ねて
「どうでしょうか?触れられるし、温かいでしょう?」
「あ……あぁ……
声を震わした
「本当に生きていらっしゃるんですね……良かった。」
余りにも感極まったように言う
「まさか
冗談めかした
「心配どころではありません……。
「絶望などと、また大げさなことを言いますねえ。」
「大げさではありません。本当のことです。」
「まあ、捕えられて拷問されているときに、人の死なんて聴かされれば誰でもそう思うかもしれませんかねえ。」
そう言って
「違います。違うんです……。
泣きそうになって首を振りつづける
「おやおや、それはまた。ふふっ。中々に
「こんな時に茶化さないでください。
不意に
助かったと言う安堵からか、
「痛みますか。」
そっと
ゆっくりと無事な小指へと触れただけではあったが、それだけでも酷く痛む様に
その表情を見て、
「すみません。
「そんなことを言わないでください。こんなのは痛いだけです。
痛みに顔を歪ませて脂汗を流しながらも、
「だから、そんな顔をしないでください。」
言われて、
「そうですか?」
「そうですよ。」
「わかりました……。
ふうっと大きな吐息を漏らして、仕方ないというように
「それにしても、
「流石に、そこまでは致しませんよ。逃げてきたのです。」
「逃げたって、あれだけの人数からですか?」
「そこはそれ、先程ご老人が仰ってたでしょう、崖から飛び降りたって。」
「それじゃあ死んじゃうじゃないですか!」
「意外と死なないものですよ。」
しれりと
「死にますよ。普通は。」
「まあ、細かいことは後で説明しましょう。とりあえず今は、この屋敷を出てしまいましょう。
納得いかないながらも、確かにその通りだと
それを見て
くっと力を籠めると、その分厚い板で出来た手枷を、
* * *
二十八
その男は
辺りには声だけでなく、人のひっきりなしに出入りする足音や、何か床や机に物を積んでいくような音が鳴り響いていて、兎にも角にも慌ただしく、そして
男の意識は水中をふらふらと立ち上る気泡の如くに、睡魔と覚醒との狭間へと辿りつくと、ぷくりと浮き上がり、そうしてぽんっと表面を軽く爆ぜさせた。
「かはっ……!」
不意に、男は目を見開いた。
かひゅっと喉を鳴らせると、今の今まで呼吸を止めていたような胸の苦しさを覚えて、慌てて肺腑へと息を吸い込ませていく。
浅く何度か呼吸を繰り返してくうちに頭に酸素が回ってきた男は、二三度瞬きを繰り返して、完全に目が覚めるのを感じた。
寝起きで視界は薄ぼんやりとしていたが、焦点の定まっていくうちに、景色はくっきりとなっていき、そのうち男は目を向けている先に板張りの天井があることに気が付いた。
それはどことなく見たことのある板目であって、それが何であったかを呆然とした意識の中で思い出していく。
不意と、僅かに胸元へと辛さのようなものを感じて、男は大きく息を吸い込もうとすると、埃を一緒に吸い込んでしまったのか、やにわに喉が疼いて、こほっこほっと思わず咳を出てきた。
途端、男の全身に激痛が走った。
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