130.緊縛の女囚八
そこで気が付いたように、急いで
血溜まりの中で床を踏みしめ、ぐちゃりと音を立てながら、部屋の外に佇む人影は更に一歩入口へと近づいてくる。戸の端からは体の一部が
そのまま体を傾けた人影は、部屋の中へと顔を向けると、にいっと口角を上げた。
「ああ、こちらに居らっしゃいましたか……。お探しいたしましたよ。」
そう妙に親し気に言って、部屋の中を覗き込んできた顔に成瀬は見覚えがあった。見覚えはあったが、そこに見えたのは、居てはいけないはずの人間であった。顔を合わせたのは一度だけであったが、その妙に妖艶で自信に満ちた顔を忘れたことはなかった。部屋の外から顔を覗かせたのは、紛うことなく、死んだはずの女、
ともに
頬にすらも鉄錆び臭い紅を纏わせた
垂れた
「お、お主は……。」
僅かに成瀬は言葉を詰まらせた。
考えていることを言葉に出してしまえば、今見ているものが夢幻の類ではなく事実として確定してしまいそうで、成瀬は恐る恐るながらに口を開く。
「お主は崖から飛び降りて死んだはずでは……。」
どこか怯えた調子の成瀬の言葉に、
「ええ。ええ。そうでございますとも。ですから化けて出てきた次第ですよ。」
口元を手の甲で隠しながら
「何しろ、貴方様がたが飛び降りざるを得なくさせたのでしょう?恨んで呪い殺しにくるには十分な理由じゃあありませんか?」
「な、なにを馬鹿なっ……!!」
その言葉は、飛び降りざるを得なくしたことを否定しているのか、それとも化けて出たのだと言うことを戯言として罵っているのか、どちらかは判然としなかった。
ただ成瀬は酷く
その傍らに、別の意味で自分の目が信じられぬと息を呑んでいる者がもう一人存在していた。
「
部屋の入口へと現れた
「
その発した声は先までとは打って変わって、酷く穏やかで風の
「本当に。本当に
「ええ。
「
情けない声を上げながら、その瞳からぽろぽろと
骨を折られた時に出し切ったとも思っていた涙であったが、それでも次から次へと
それはただひたすらに、彼女が無事でいてくれたことへの安堵と喜びからくるものであった。
「
「でも……だって……。」
「私を出迎えてくれるときは、笑顔が良いのですがねえ。」
しれりと
それでも
「全くね。全くですよ。ご老人。貴方様は随分とやってくれましたものですよ。私を裏切っておいて更にこんな……。裏切ったのは、まあ置いておきましょうか。
じろりと成瀬に向かって睨み付けると、老人は僅かに「ひっ」と喉奥から怯えた声を上げて腰を引かした。そこに今までの大物ぶった威厳は何もなかった。
ただ、その傍らから、ずいっと
「本当に化けて出てきたんでも、本当は生きてたんでも、どっちだろうが、お前が来てくれたって言うなら、俺にっては嬉しい限りだよ。これで、この指の恨みを本当に晴らせるってもんだ。」
そう言って
それは親指と小指のみが掌に繋がっていて、他の三本の指は各々に根元や第二関節から先が途絶えていた。
断面が露出せずに肌が丸まっているあたり、中の骨を切って肉を寄せ、そして縫い付けたのだろう。
それは
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