121.武家屋敷の惨劇四

 玄関の脇にある柱の陰に身を隠すと、ふでは刀の柄を握りしめて戸を見つめる。屋敷の中は未だに騒がしく、あちこちで男達がどこだどこだと問いあっては、どたばたと歩き回るような音が響いてくる。そうして様子をうかがっていると、どうやら悲鳴の出どころは外であると気が付いたのか、足音が一斉に玄関へと向かって集まってくるのが分かった。


 どんどんぱたりと、廊下から土間へと降りる音がして、直ぐにふでの潜む近くにまで人の迫ってくる音が響いてきた。戸を見つめながら、ふでは刀の握りを直して、ふっと息を止めた。


 次いで一瞬間が開くと、ガラッと玄関の戸が横へと滑って開く。


「おい!どうかしたのか!?」

 そう叫び声を上げ、慌てた様子の男が一人、玄関から勢いよく跳びだしてきた。


 男が玄関の敷居をまたいで、外へと足を一歩踏み出した瞬間、戸の脇からふでは思い切りに刀を振り下ろした。

 光沢を帯びながらも所々に血の滴を纏った刀身が、するりと滑らかに男の背中から足へと向かって一直線に通り抜ける。


 ざぱりと肉の中を刀の通り抜ける音がしたかと思うと、男の体は上半身と下半身に両断されて、その上半身は勢いをつけて家屋の外へと転がっていき、その下半身は敷居をまたいだままに玄関の中へと倒れ込んでいった。


 どすっと、低い音を響かせて、男の体が地面に転がっていく。


 不意と目の前で一人が叩き切られたのを目にして、同じように玄関に集っていた男達が、途端に足を止めてわたわたと戸惑い、板張りの廊下の上で踏鞴たたらを踏むような音を立て始めていた。


「な、なんだ!?何が起きた?」

「き、斬られたぞ!?」

「斬られたって何にだよ!?」

「知るかよ!」

「お、おい……お前確かめに行けよ。」

「いや、うえ、俺が?」


 ざわざわと玄関の中で男達が騒ぎ立てながらも、目の前で起こったことに狼狽ろうばいしているようで、銘々めいめいに好き勝手なことを言いあってはいるが、どうにも及び腰で、外へと出てこようとはしないようであった。


 聞こえてくる声色の違いから、ふでは丁度良いと中にいる人間の数を探っていく。比較的に高く細い声、太い響きのある声、たんが絡んで濁った声、と区別できるだけで三人は玄関の中にいるようであった。それでも当然、今喋っていない人間が居る可能性もあった。騒がしく響く声が更に重なっている合間を見計らって、僅かばかりに柱の陰から身をずらしてみると、ふではそっと顔を傾けて玄関の中を覗き込ませる。


 ちらりと見えた視界の中には、確かに男が三人。そしてその誰もが手に武器を持っているようには見えなかった。

 地面に向かって垂らしていた刀の柄を両手で握りしめて足の間に持ってくると、ふではその切っ先を見つめるように視線を下ろした。


「まあ、あれならば一息で行けますかね……。」

 中に聞こえぬように、小さく呟いた。


 基本的に屋内で戦うとき最も危険なのは部屋にしろ玄関にしろ、何かの中に入ると言った瞬間だった。入り込む側にとってみれば死角が大きく、しかも入り口では身動きの取れる余地が少ないために、そこを狙われるのが一番に危うい。だからこそ逆に、今ここでこの玄関の中へと入りこめるならば、もう後は楽だと言っても良かった。


 刀の握りを直すと、それですぐにふでは体をひるがえして、玄関の中へと踏み込んだ。


 両断された死体を一足飛びに越えると、土間から廊下へと勢いよく駆けあがり、頭の僅か上ほどまでに小さく刀を振りかぶって、踏み込んだところの最も近くにいた男へと思い切りに斬りつける。肩口から腰に向かって思い切り袈裟けさに男の体が切り裂かれて、玄関の中で赤い飛沫しぶきが噴き上がった。先までひのきの香りで満ちていた玄関の中に、赤錆あかさびを舞い散らしたような血なまぐさい匂いが一気に広がっていく。


「は……ぐぁ……?」

 何が起きたのか分からないと言った様子の男が瞬く間に倒れ込むと、床に張られた細かい木目の板へと向かって血飛沫ちしぶきが振りかかった。


 ふではそのまま返す刀で、理解が追いついていない隣の男に向かって刃先を滑らせる。刀がすうっと弧を描いて横薙ぎに振り切られると、光沢をもった刃先が男の喉元を撫でるように通っていく。それだけで、男の肌へ真横に切れ目が付き、次いですぐに筋肉の跳ねるように収縮してぱくりと首が上下に開いて、男の首が掻き切られた。


 そうして、すぐに、ころりと背中へと向かって首が転がり落ちていく。


 切り裂かれた断面からは激しく血がほとばって、天井にまで降りかかる。

 直ぐに天井で血溜ちだまりとなって、まるで雨漏りの如くに落ちてくる赤いしずくの中、ひらりとふでは切り裂いた刀をひるがえし、流れるような仕草で最後の男へと向かって刀を突き刺した。


「ぐがっ……!」

 状況も掴めぬままに胸元を貫かれたことに男は混乱して、咄嗟とっさに右手で自らの体に突き刺さる刀を握った。ただ、その指先は直ぐ様に血をにじみだして、ぽたぽたと指の狭間から赤い滴を垂らし始めていく。


「あっ……ぐぅぅぅぁ……ぁう……。」


 何度もうめきながら弱々しい動きで顔を上げふでを見つめた男は、どこかびるような表情を浮かべて、ふるふると震える左手を伸ばした。ただ、それもふでは冷淡な視線を返して小さく首を振ると、そうして、一気に腕を引き去った。ぐぽりと、まるで泡が湧いて弾けるような音を響かせながら、刀の切っ先が男の体から抜き去られる。それに伴って刀身を握っていた男の指が、人差し指から小指まで、ぽとりと音を立てて床の上へとばらばらに落ちていった。


 ごぽごぽっと口の中から血の泡を吹き出すと、男はふらふらと体を左右に揺るがして、そしてばたりと大きな音を立てて倒れ込む。勢い、床板が跳ねるように揺れて屋敷の柱がみしみしと音を立てた。その音が余りに大きかったせいか、家の中の他の男達が気が付いて、すぐに屋敷の奥から玄関へと向かって走ってくる足音が幾つも響いてくる。


 玄関から向かって真向かいに伸びる廊下から、ぱたぱたと忙しなく男達が走り込んできて、そうして土間近くの蹴上けあがりに見知らぬ女――ふでが居るのを見つけると、慌ててその場で立ち止まる。そうして更に、その足元に幾つもの死体が転がっていることに気が付いては、一層に困惑して「うおう!?」と奇妙な声を上げた。


 玄関に押し寄せた男達の殆どは、状況が全くつかめずにひたすらに戸惑とまどって、また血塗れとなっている現場に困惑してばかりであったが、その中の一人が気が付いたように火の出たような声を上げる。



「賊だ!賊が入り込んだぞ!!」


 男の叫び声が屋敷の中へと木霊こだまするの如くに響き渡ると、それで一瞬だけ周囲がしいんと静まり返り、そうしてすぐにざわりと方々から声が上がり始める。



「賊だあ!?」


「なんだなんだおい!誰だ今のは!?」


「は?泥棒?」


「おい!お前ら起きろ!起きろ!」


 にわかに屋敷のあちらこちらが色めき立つや、慌ただしく足音が行きかっていく。


 ただそんな騒がしさも、ふでにとっては何の関係もなく、殊更ことさらに無視して廊下の奥へと一歩足を踏み出す。



 足元に死体を転がした見ず知らずの女が血塗れの刀を携えて近寄ってくるものだから、それだけで途端に玄関へと詰め寄ってきていた男達は「うぉ……」と気圧けおされて見る見る間に後退あとずさっていく。


 その中の一人が、更に数歩後ろへと下がったところで、不意と後頭部が何かにぶつかるのに気が付き、慌てて顔を振り返らせる。


 廊下の奥へと体を向けた男は、そこにとある一人の男が立っているのを目にして、僅かに「おお」っと目を見張ると、次いで途端に安堵した表情を浮かべた。それに続くようにして、他の男達も色めきだって吐息のような声を漏らす。



 男達の群れが、狭い廊下の中で二つに割れた。

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