120.武家屋敷の惨劇三
一体何が来たのかと、門番の男が恐怖しながら闇の中へと目を
それは一人の女であった。
長着を羽織り、袴こそ履いてはいたが、顔の柔和さか、それとも髪の長さか、何とはなしにその門番は相手が女であることを理解していた。
突然に見知らぬ
「どうも良いお晩ですね。」
夜の挨拶を口にしながら女は妙に
それは門番からしてみれば余りに奇怪な状況であり、慌てて後ずさりしながらその女へと問いを返す。
「だ、誰だ!?」
「先ほどお伝えしましたでしょう?
「な、なにを……。」
一瞬、門番は何を言っているのかが理解できずに、
曲がりなりにもこの男は、長年武家屋敷の門番を務めてきた人間であり、それなりに荒事へと巻き込まれたこともあれば、戦乱時を生き抜いてきたこともあって、戦場へと駆り出された経験もあった。ただこのように唐突に表れた相手など初めてで、門番はにじりと後ずさりしてしまいながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
「お……お前。な、何だ。
「外からですよ。」
くすくすと小さな笑い声をあげて、なんとも
得体が知れず、その身なりが異常であり、そしてまるで邪気のない笑顔に、門番は心底から怖いと言う感情が湧いてしまっていた。
そこで、はたと門番は気が付いて、近くに置いてあった護身用の棒を手に取った。それは七、八尺程の長さがあり、不審者が入り込んだときに抑え込むために渡された物であったが、それを使う時が正に今ではないかと門番は正気な思考を取り戻したつもりで手に棒を携える。
そうして女へと向かって棒を構えようとした時であった。
目の前の女がやにわに一歩踏み出して、すらりと体を開いた。
直後、閃光の如く闇夜の中へと刹那に光るものが走ったかと思うと、門番は自らの首に熱いものが通っていくの感じた。
「あぇっ……?」
「なにが。」
そう言葉にしたと思ったが、最早門番の喉からは声も漏れず、直ぐ様にその意識は暗く、淡く、途絶えていった。
* * *
どさりと音を立てて門番の男の体が崩れ落ちた。
その体からは既に首より上が失われ、放り出された男の頭は地面の上を転がるように落ちていき、庭園の一部をなす草原の上でぴたりと止まる。驚愕で口を開け見開いた目はまるで虚空を見つめているようにしていて、随分と間の抜けた表情を浮かべていた。
男の体が地面へとぶつかった音に、もう一方に控えていた門番が気が付いたのか、とたとたと向こうから駆け寄ってくる音が響いてくる。
「おい、どうした。」
まだ姿の見えない内から声を掛けてきたその男は、こちらで何が起こったのかを理解していないのだろう、無警戒なままに
そうして顔の見える距離にまで近づいた所まで至って、ようやく男は、はたと向かい合って立っている人間が、見知った男でないことに気が付いて、「はっ?」と
「あぅ、え?」
続けて戸惑っているのが良く分かる様な間抜けな声を上げた男は、見知らぬ
見つけた体は胴と頭が綺麗さっぱりと切り離され、首からはとぷとぷと弱々しく血が流れだしていると言った有様であったがために、男は途端に恐れおののいて体をふるふると震えると、酷く怯えたままに
そうして、
「ひぃっ――。」
情けなくも男はその場で腰を抜かしてしまい、その場にへたりと座り込んだ。
「おや、まあ。見てしまいましたか。致し方のないお方ですねえ。気が付かなければ良かったものを。」
にいっと笑みを浮かべて、
「ひいいいぃぃぃぃぃぃっ!!」
それはまるで絹地を引き裂いたかのような甲高く、暗闇の中へと大きく響き渡った。
途端と、
「あれ、屋敷の方々にも気づかれてしまいましたか。」
しれりとした口調でそう言いながら、男の方を一瞥にもせず、その体へと向かって刀を突きたてた。ずぷりと言う音がして、男の胸元に刀の切っ先が沈み込むと、そのままするすると刀身が体の中へと滑り込んでいく。
「ひっ――ぐぷ……。」
か細く悲鳴を上げ続けていた男は刺された瞬間に体をびくりと震わせたかと思うと、吐き出しそうに何かを口の中へと溜めて、そうして、どぷりと地面へと向かって赤くどす黒い
それでようやく、男の上げていた悲鳴は途絶えて、闇夜の中に静寂さが戻ってくる。それでも屋敷の方では悲鳴の途絶えたことに一層と慌ただしさを増して、板の間を走り渡る足音が聞こえてくる。
「まあ、どちらにしろ、この屋敷の方々も叩き切ってしまうつもりでございましたから、知れようが知れまいがどちらにしろ良いのですがね。」
屋敷の方を眺めていた
門から屋敷まで続く道の上で男は細かく震えて目に涙を
そうして細く開いた胸の穴からは勢いよく血が流れだして、門から屋敷まで続く道の上に
その血溜まりが男の頬へと触れるようになるほどに広がったころ、
刀を一度二度強く振って刃先に
今のうちにと
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