114.驟雨の乱闘六 - 嘆願一
「全くねえ……。本当に貴方は厄介な方ですよ。ああ、嫌ですねえ。何とも嫌です。」
そう言いながらも、不意と
「なにを……?」
「男と抱きしめ合う趣味はないんですがねえ。」
そういった瞬間、刀から片手を離した
一体何を――
と、
そして、大きく倒れ込むように傾いた
「ばっ!馬鹿かっ!?てめえっっ!!」
肺腑の奥から臓物の総てを吐き出すかの如くに
* * *
二十四
濡れてぬかるんだ地面の上へと更に勢いを増した雨粒が強く打ちつけていく。立ち並ぶ家の間を縫うようにして伸びていく道には、大きな水たまりが出来はじめ、往来を行く人たちは皆めいめいに家へと逃げ込んで、夜になったことも合わせてか人っ子と一人といないひっそりとした雰囲気を漂わせていた。ただ、建物の屋根に打ちつける雨の音が、ざざざと印象的に鳴り響いていく。
その最中を、
じゃりじゃりと水交じりとなった地面の砂で足先を鳴らし、
息は既に切れてしまい、大きく開いて息を吸い込んでいく口へと雨が飛び込んでくるのも構わず、往来を駆け抜けて、武家屋敷の立ち並ぶ区域まで
「えっと……。」
何度か左右の往来の先へと目を向けて、
「たしかこっちっ……。」
何とか成瀬の家の方向を思い出すや、
駆けて、駆けて、駆けて、そうして、吹き荒んでいた雨が止み始める頃に、ようやく
「成瀬様!
小さな雨音に紛れながらも、門を叩く、低く鈍い音が何度も周囲に響き渡る。
「成瀬様っ!!」
「なんだなんだ。誰だこんな夜中に。」
何度も
「なんだ、お主か。確か先日も来ておった奴だな。どうかしたか?」
「あっ……。」
小さく声を上げると門から手を離して、慌てて
「あ、あのっ……あのっ……。」
やにわに口を開こうとするが、慌てすぎて何を言えばいいのか分からなくなって、
「おいおい、落ち着け。どうかしたのか?」
言われてくっと喉を鳴らして一息をつくと、
「成瀬様に火急の用がございます。お目通しはなりませぬでしょうか?」
「おいおい、今が
「はい……それでも、どうか……どうかお願いできませぬか?」
「いや、そう頼み込まれてもなあ……。今、成瀬様はお出かけになられておる。どうもこうもできんぞ。」
「そんな……。」
思わず
そんな彼女の様子に慌てて門番の男もしゃがみ込み、その顔を覗き込む。
「おいおい。大丈夫か?」
「だ……大丈夫……です……。」
そう言いながらも、
今ですら、彼女が無事であるのかと言えば、危ういぐらいだと理解はしていた。そんな状況でいつ来るとも分からぬ相手を待って、じっとしているべきとは全く思えなかった。
欠片の見込みはなくとも、せめてこの目の前にいる番兵の男に助力を頼めないだろうか、動転した心でそう思いついて、口を開こうとした瞬間、不意に
「おお、そこにいるのは
聞き馴染みのある声に気が付いて、
手前の方に佇んでいた男は随分とひょろりと細身の若年の男であり、その身の何よりも目についたのは、右手の先に布を巻きつけていて指が三本ほど根元から先が無いように見えることであった。その特徴的な外見で直ぐに
ただ、先ほど聞こえてきた声は、こんな若い男の声ではなく、もっと年季のいった老人の
成瀬は穏やかな笑みを浮かべながら、僅かに腰をかがめて顔を覗き込むように首を傾げさせる。
「どうしたのだ、
思わず
「な……成瀬様っ!」
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