109.今際の二 - 驟雨の乱闘一
「まあ、生まれるのと、死ぬのはどうにも意のままにはならんかったが。」
「人間、誰しも死ぬものですよ。それだけはどうにもなりません。」
応えるように口にした
「そうだな。人は死ぬ……。それが決まっているのが嫌だから、俺は生きているうちに
「それはなんとも、周囲からすれば随分とはた迷惑な方だったんでしょうね。」
「
「はん。そりゃ、良うございます。」
「うん、良い。」
気分の良さげな言葉に際して、やはり嫌そうな表情を返す
それは、心の底からの言うているのが否が応でも伝わってくる笑みで、今にも死にそうな男の言葉とも思えぬ
「……そう言えば、一つ聞いておきたいんだが……。」
僅かばかり、口が動くのも重くなっていた。
不意と
「なんでしょうか?」
「いやさな……、あんたはあの家老に頼まれて……俺たちを斬りに来たのか……?」
途切れ途切れになっていく
「……そうですね。そういうことですよ。」
「そうかい……。」
「それがなにか?」
「余計なお世話だが……あいつはやめておいた方がいいぞ……。あいつに関わるのは……。」
「それは一体どういうことで?」
「あいつは藩の転覆を狙っているらしい……。それが江戸に伝わって……だから俺達が、殺すことになった……。」
「はあ?」
唐突な
「その調子だと……何も知らんようだな……。」
思わずもくくくっと小さく肩を揺らした後、腹の裂ける痛みで
「厳密には違うが……言わば俺達の方が
「そういうっ……。」
途端、
「あのご老人っ……!」
不意に溢れた殺意に、ふっと
「痛ぅっ……ま、隠し事だから……あんたが表だって江戸から狙われるこたねえだろうが……。これは一応の忠告だよ……。」
「……不本意ですがね、ありがたく受け取っておきますよ。」
「それで良い。」
言うて身を
「その代わりと言っちゃなんだが……あんた。なあ。ちょっと頼みたい。」
「嫌ですよ。」
何が言いたいのか言葉にされずとも理解していたのか、
「このままさっぱりとしたままに死にたいんだ。斬ってくれ。」
「……。」
少しばかり押し黙った後、頭を掻いて
「感謝するよ。」
「せんでください。してほしくもないことです。」
言いながら
「いやさせてもらうさ。あんたもさっさと来い。」
「まあ、そのうち……。いつかはお会いに行きますよ。」
ぽつりと呟いて
どこか甲高くて細い、金属で肉を裂く音がすると、首筋の中へと刀の先端が埋まっていった。
そうして肌と刀身との狭間からは見る見る間に赤黒い血が溢れだしていく。
更に強く
何度か
見る見る間に死体となっていく
「なんとも……。」
小さく呟くと、突きさした刀を握りながら、溜息交じりにそのまま独り言ちるように口を開く。
「他人を散々切ってきた人間が、さっぱりとした気分で死にたいなどと、
刀の
「十八で
何とはなしに顔を上げると、酷く暗くなった
途端、ふいと、ぽつりと小さな音がした。
続いて
指先で拭ってみると、それは先に頬から垂れていた血とは全く異なる透明な液体で、すぐにそれが水の
降ってきたか。
そう思った時には、
「そろそろ帰りますかねえ。」
斬られた腹部を抑えながら
彼女の服は水に濡れて、裂けた所に広がっていた赤い血が溶けたせいか、袴の裾には一筋の朱色が滴り始めていた。
*
二十三
もう近づいても大丈夫だろうかと、建物の陰から出ようと一歩踏み出したところで、ふと遠くから誰かが地面を踏みしめる音が聞こえてくる。ぎょっとして、
慌てて視線を向けてみると、寺へと続く道の一本に、二十人ほどの集団が歩いて迫っていくのが目についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます